ゴルフは、他のプレーヤーと接触することがないため、怪我は少ないと考えられがちですが、クラブをしっかり振り抜くため、首、肩、腕、背中、腰、手指など体の多くの部位において怪我のリスクを抱えています。

そこで、女子ゴルフ元世界ランキング1位の宮里藍氏をゲストにお迎えし、怪我の経験、そのメカニズム、正しいトレーニング法などについて整形外科の先生方とディスカッションしていただきました

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  • 宮里藍氏 プロゴルファー 1985年沖縄県国頭郡東村生まれ

腰痛をALIF で治療

松本 米国男子ゴルフの2018年シーズンの最終戦、ツアー選手権で、タイガーウッズ選手が5シーズンぶりに優勝を果たしましたが、この復活劇の裏にはウッズ選手を苦しめていた腰痛の克服がありましたので、ご参考までにご紹介します。ウッズ選手はそれまで腰痛で過去4回手術を受けましたが、痛みが取れず2017年4月に4度目の手術を受けその結果痛みが取れ、復活したわけです。その手術というのがALIF(腰椎前方椎体間固定術)と呼ばれるものです。患者の脇腹を小切開し、前方から腰椎にアプローチします。悪化した椎間板を全部取り除き、そこに自身の骨も含む人工骨を移植して固定するというものです。この術式は1932年に報告され、かつてはリスクの高い手技という認識もありましたが、次第に細かな術式の改良が進み安全性が高まりました。4度目でもあり受ける方もやる方も勇気が要る手術だったのではないかと思います。

石橋 ウッズ選手は2019年に左膝の軟骨損傷で関節鏡視下手術を受けています。前十字靭帯損傷が進展したとみられますが、軟骨を少し削り軟骨再生を促す「マイクロフラクチャー」や関節内のクリーニング手術といった姑息的な治療を受けたようです。本来は早い時期に再建術をしたほうがよかったかもしれません。

宮里 治療にどれくらいの時間がかけられるか、または治療後も試合を続けられるのかどうかなどを考えると、手術に踏み切る決断は本当に難しいです。

  • 松本守雄 先生 慶應義塾大学医学部 整形外科学教室 教授

石橋 そうですね。医療側もきちんとエビデンスを示してアスリートに説明する必要があります。例えば膝前十字靭帯損傷の場合、日本整形外科学会の前十字靭帯(ACL)損傷診療ガイドラインによると再建手術は受傷から6か月以内に行うことを推奨していますが(ACL損傷診療ガイドライン2019 改訂第3版. 南江堂; 2019.)、実は受傷後3か月を過ぎると半月板損傷や軟骨損傷が急激に増加しますので、基本的には3か月以内にやるべきなのです。手術するタイミングというのが重要だと思います。

松本 スポーツ障害における受傷後のリハビリテーションの考え方について、佐藤先生、お話しいただけますか。

佐藤 あまり患部に負荷をかけられないリハビリ初期にはアイソメトリクス(等尺性筋収縮)トレーニングが有効です。いわゆる身体を静止させた状態で行う筋トレで、負荷のかかる状態で身体を静止・維持させて筋肉を鍛えます。

コンディショニングの重要性

松本 最近のトレンドとして、アスリートのコンディショニングがトレーニングと同じくらい重要と考えられるようになってきたようですね。

佐藤 おっしゃる通りです。コンディショニングとは、試合の時に最高のパフォーマンスが発揮できるよう、心身の状態を整えることです。そして、コンディショニングを左右する要素としては、(1)身体的要因(筋力、柔軟性、持久力、瞬発力、疲労度等) (2)環境的要因(気候、時差、食生活、睡眠等) (3)心理的要因(不安、緊張、対人関係、プレッシャー、イップス等)などがあります。素晴らしい才能を持っているアスリートであっても、コンディショニングに失敗して本来の力を発揮できなかったり、怪我や故障に見舞われたり、早期の現役引退を余儀なくされたりといった例は少なくありません。

松本 怪我・故障の予防のためにはどのようなことが効果的でしょうか。

  • 佐藤和毅 先生 慶應義塾大学医学部 スポーツ医学総合センター 教授

佐藤 スポーツ障害や疲労の原因のほとんどはオーバーユースによるものといわれています。正しいトレーニングとともにストレッチングが極めて効果的です。硬くなった筋・腱などの柔軟性を回復させ、常にリフレッシュされた状態に導くことが可能となります。

石橋 ゴルフの練習の1つに「左素振り」があります。ゴルフスイングは一方向に体を強く振っていくために、故障につながる「身体の歪み」の原因となりますが、左素振りはその歪みの解消に役立ちます。また、いろいろな種目を混ぜながらトレーニングすることは同じ箇所に常に負荷をかけ続けることを回避する意味で怪我の予防につながると思います。

宮里 私の周りで怪我が少なく息の長い選手は小さい頃からサッカーや水泳などいろいろな競技を経験した人が多いです。

松本 アマチュアの方がプロのスイングを無理して真似て怪我をしてしまうケースが見受けられますが、宮里さん、何か良いアドバイスはありますか。

宮里 アマチュアの方は飛距離を伸ばすことに最も重点を置いていて、そのためにプロのスイングを参考にしているようです。飛ばすイコール力みというイメージが強いですが、実際は逆なのです。「飛ばしたいのであれば右腕の力を抜いてスイングしてください」ということをお伝えしています。脱力すると、逆にヘッドスピードが上がって飛距離につながります。

  • 石橋 恭之 先生 弘前大学大学院医学研究科 整形外科学講座 教授

ビッグデータやAI を活用

松本 スポーツ医学の最近の取り組みとしてビッグデータやAIなどを活用しているようですが、石橋先生、事例を挙げていただけますか。

石橋 米国の全米大学体育協会(NCAA)では、全てのスポーツ外傷・障害のデータ報告が義務付けられています。その膨大なデータを解析して有効な予防対策が提言されています。日本でもこのようなスポーツ外傷・障害データベースが構築されれば、それを活用して日本独自の予防ガイドラインなどが作成できると思います。また、日本では、AIを活用して前十字靭帯損傷を予防する研究なども進められています。

松本 最後に、宮里さんはゴルフ界に今後どのように関わっていかれるのか、お聞かせください。

宮里 ゴルフはメンタルのスポーツとよくいわれます。私のキャリアにおいて、メンタルトレーニングを取り入れたことはとても大きなことだったと思っています。今後は後進のアスリートのために、ゴルフの技術的な部分だけではなくメンタルの部分からも視野を広げるきっかけを作っていけたらいいなと思っています。

松本 本日はありがとうございました。

※本記事は「久光製薬スポーツ座談会 トップアスリートと考える、ゴルフで怪我をしやすい部位とその予防法」より転載しました。