棋聖と王位のタイトルを獲得し、棋戦優勝も2回果たすなど大活躍だった藤井二冠。その戦いを「指し手」で振り返る

2020年度も残すところあと数日。将棋界でもいろいろなことがありました。しかし後世にどのような年として伝わるかと言えば、それはやはり「藤井聡太が初タイトルを獲得した年」としてでしょう。

2020年度、棋聖と王位の2タイトルを獲得した上に、朝日杯と銀河戦という2つの一般棋戦で優勝した藤井聡太二冠。2回に分けて、その活躍を振り返っていきます。今回フォーカスするのは「指し手」です。

今年度も藤井二冠によって、観戦するファンはもちろん、対戦相手にも衝撃を与えるような絶妙手が放たれました。ここでは衝撃の一手5選と題し、特に筆者の印象に残った手をピックアップします。紹介する棋譜はすべて中継アプリの「将棋連盟Live」で見ることができます。是非当時を思い出しつつ、棋譜をご鑑賞ください。

第5位
逆転を引き寄せた冷静な一着「▲4四銀」
2021年2月11日 朝日杯将棋オープン戦決勝 対三浦弘行九段戦

第12回以来、自身3度目の決勝に駒を進めた藤井二冠。準決勝の渡辺明名人戦は勝率1%からの大逆転勝利でしたが、本局も苦境に陥ります。

玉を敵陣3三の地点にまでおびき出され、上からは玉・銀、下からは飛車に挟まれる形で絶体絶命の局面。ここで放たれた勝負手が「▲4四銀」です。この手は5四の飛車の横利きを遮るための一手ですが、それだけの一手とも言えます。相手に手番を渡してしまうため、怖すぎてなかなか指せません。実際対戦相手の三浦九段も「読んでない手を指された」と振り返っています。

この手は相手に勝敗を委ねる手です。次の瞬間寄せ切られても文句は言えませんが、もし寄せに失敗しようものなら、だだじゃ済まないぞ、という手なのです。そしてその寄せは1分将棋で読み切れるような簡単なものではありませんでした。

一時期は評価値98%まで追い詰めていた三浦九段は、ここで痛恨の失着。藤井玉は寄らなくなり、逆に三浦玉には即詰みが生じてしまいました。それを逃す藤井二冠ではなく、しっかりと詰まして勝利。3度目の朝日杯優勝を果たしたのでした。

第4位
二冠目を引き寄せた決断の一着「△8七同飛成」
2020年8月19・20日 第61期王位戦七番勝負第4局 対木村一基王位戦

挑戦者の藤井棋聖が3連勝で迎えた本局。1日目が終わろうとするころ、木村王位は▲8七銀と上がって、8六の飛車取りをかけました。

▲8七銀に対して考えられる指し手は2つ。1つは飛車を逃がす手、もう1つが飛車を切り飛ばす手です。無難な選択は前者ですが、藤井棋聖なら……とファンの期待は高まります。1日目は藤井棋聖が封じ手を行い、答えは翌日明かされることになりました。

そして2日目、立会人の中田功八段が読み上げた封じ手は、△8七同飛成でした。妥協する手を指すことがほとんどない、藤井棋聖らしい一手です。

その数手後の木村王位の失着に乗じて、藤井棋聖の攻めは加速。そして16時59分、80手にて藤井棋聖が勝利を収めました。18歳1カ月での複数タイトル保持は、羽生善治九段が持つ21歳11カ月を大幅に更新。また八段にも最年少で昇段を決めました。

藤井二冠の次のタイトル戦登場は、棋聖戦の防衛戦です。大舞台でどんな将棋を見せてくれるのか、今から楽しみでなりません。

第3位
タイトル奪取を予感させる圧倒的終盤力「▲1三角成」
2020年6月8日 第91期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第1局 対渡辺明棋聖戦

史上最年少でタイトル挑戦を決めた藤井二冠。その初タイトル戦の相手は充実著しい渡辺棋聖でした。渡辺棋聖は1月から始まった棋王戦と王将戦のダブルタイトル戦を共に防衛、さらにはA級順位戦で全勝し、名人挑戦を決めていました。

難敵相手の初陣で藤井二冠が選んだ戦型は予想外の相矢倉でした。当時の藤井二冠が先手矢倉を指すのはとても珍しいことだったのです。

本局は終盤、激しい寄せ合いとなります。飛車を打ち込み、王手をかけた渡辺棋聖。この王手が厳しく、藤井二冠としては合駒をして受けるしかないように見えます。ですが、それではただでさえ細い攻めがより細くなってしまいます。

これは渡辺棋聖が抜け出したか、と思われたそのとき、藤井七段の手は駒台を経由せずに盤上に伸びました。そして、金を引いて王手をしのぐ絶妙手が放たれたのです。この金には角1枚のひもしかついていません。危険極まりないように見えましたが、これでギリギリ耐えていました。

そしてその数手後、さらに目を見張るような一手を藤井七段は着手しました。それが「▲1三角成」の王手でした。この角は先ほど引いた金の唯一の命綱。これを敵陣に突っ込んで危険にさらすというのは凄まじい踏み込みです。しかし、これが勝利を決定付ける一手だったのです。

渡辺棋聖は馬を取り、香を金取りに設置して藤井玉に迫ります。藤井七段は渡辺玉に必死をかけ、あとは藤井玉が詰むかどうか。受けのない渡辺棋聖はもはや藤井玉を詰ますしかありません。ここからすさまじい王手ラッシュを繰り出します。

逃げ切る順は1通りしかないという難解な局面。しかし、藤井七段は詰まないことを読み切っていました。渡辺棋聖の実に16手に及ぶ連続王手にもすべて的確に対応し、タイトル戦初勝利を挙げました。王手ラッシュが始まる前は8八にいた藤井玉が、最後には3四にまで逃げ込むという大逃走劇でした。

絶好調の第一人者相手に凄まじい終盤力を見せつけて勝利した藤井七段。タイトル戦初勝利は初戴冠を予感させる内容でした。

第2位
「AI超え」と話題に! 意外すぎる妙防「△3一銀」
2020年6月28日 第91期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第2局

前述の▲1三角成からの鋭い踏み込みで第1局を制した藤井七段。本局は攻めではなく、受けの手で見る者を魅了しました。

先手の渡辺棋聖の矢倉急戦に対し、藤井七段は5筋の歩を突かない工夫の駒組み。5筋を争点にしないという狙いのほかに、さらに驚きの構想を秘めていました。

5筋からは仕掛けられない渡辺棋聖は、4筋から開戦。それに対し、藤井七段は△5四金という新工夫を披露します。四段目に金銀3枚を並べるという、今まで見たことがないような形ですが、これが好着想でした。さらには飛車も4筋に転回し、全力で相手の攻めを受け止めにかかります。

銀交換から角交換が行われ、渡辺棋聖が2二の金取りに▲6六角と打ちます。ここで△5四金に続く、絶妙手「△3一銀」が放たれました。この手は持ち駒の銀を打って金取りを受けただけの手。普通に考えれば先手好調です。しかし、ここで先手の攻めを食い止めてしまえば、後手からの反撃手段が多く、後手有望になるという深い読みに基づいた一着でした。事実、この手を境に渡辺棋聖の攻めは完全に止まってしまいました。

渡辺棋聖はこの手を以下のように振り返っています。
「△31銀は全く浮かんでいませんでしたが、受け一方の手なので、他の手が上手くいかないから選んだ手なんだろうというのが第一感でした。50分、58分、29分、23分という時間の使い方と△31銀という手の感触からは先手がいいだろう、と。(中略)感想戦では△31銀の場面は控室でも先手の代案無しということでしたし、控室でも同じように意表を突かれたと聞いて、そりゃそうだよなと納得したんですが、いつ不利になったのか分からないまま、気が付いたら敗勢、という将棋でした。」(渡辺明ブログより)

この手は「AI超え」として一躍話題になり、流行語大賞にノミネートされました。歴史を振り返っても「絶妙手」と呼ばれる手は攻めの手が多く、受けの手がこれだけクローズアップされるのは珍しいことです。

ただ受けただけに見える△3一銀。この手を指せるのは、「とりあえず金取りだから受けなきゃ」という理由で着手する、あまり将棋の強くないアマチュア棋士か、藤井二冠級の達人かに二極化するのではないでしょうか。

第1位
棋史に残る絶妙手「▲4一銀」
2021年3月23日 第34期竜王戦2組ランキング戦 対松尾歩八段戦

この手は1週間前に指されたばかりで記憶に鮮明に残っている方も多いでしょう。

先手の藤井二冠が横歩取り青野流を採用した本局。松尾八段は以前自身が使われて、敗れた作戦を採ります。自身が敗れたこの作戦に可能性を見出し、大一番に向けて準備をしてきたのでしょう。

持ち時間の使い方を見ると、途中までは松尾八段の敷いたレールの上で指し手が進行していたのは明らかでした。慎重に持ち時間を使いつつ指していく藤井二冠に対し、松尾八段はあまり使わずに指し進めていきます。持ち時間5時間の将棋で、一時は両者の消費時間には1時間半もの差がつきました。

ところが藤井二冠は相手のレールに乗っかりつつも、その一歩先を行っていました。相手の狙い筋にあえて踏み込み、それを上回る妙手を繰り出したのです。後の▲4一銀の布石となる、▲3四飛という一手でした。

この手は後手の8四飛に狙いをつけた手です。後手の4四角をはさんで、両者の飛車がにらみ合う格好となりました。4四の角が動けば、▲8四飛と飛車を取ってしまおうという狙いです。

ここまでは快調に飛ばしてきた松尾八段でしたが、この手を見て突如長考に沈みました。夕食休憩をはさんで2時間17分の考慮の末、敵陣の金を剥がす手を着手。藤井玉の守りを薄くしてから、かねてからの狙い筋の△8八角成を決行しました。

さあ先手は飛車が取れるようになりました。この飛車を取るために▲3四飛と浮いたのですから、当然藤井二冠はノータイムで▲8四飛を指すのだと誰しもが思ったでしょう。ところが藤井二冠の手はなかなか盤上に伸びません。

そして約1時間後、ついに棋史に残る絶妙手が放たれました。取れる飛車を取らずに、相手に手持ちの銀を差し出す▲4一銀。あまりにも鮮やかな一手です。

この手の意味は、「敵玉の退路を封じて、▲8四飛の威力をより強める」というもの。確かに指されてみればなるほどとなる一手ではありますが、非常にリスクの高い手です。

銀を渡すということは、その銀を使って受けられたり、反撃に出られたりする選択肢を相手に与えるということです。ただでさえ複雑な局面なのに、さらに相手に戦力を渡す。すっぽ抜けたら急転直下で負けになりかねない手に踏み込んでいく姿勢が、多くの将棋ファンやプロ棋士に感動を与えたのでした。

さらに言えば、そもそも▲4一銀の手前で立ち止まることが信じられません。△8八角成▲8四飛というのは当然ワンセットと思われていました。パッパッと素通りしても何ら不思議ではないのです。現代はAIが候補手を示してくれるので、この手の存在を我々観戦者は認識できました。しかし、もしAIがなく、対局者も素通りしていたとしたらどうだったでしょう。おそらくこの手は日の目を浴びることはありませんでした。

何かあると腰を据えて考え▲4一銀を発見し、そしてリスクを承知の上でその手を着手する。二重の困難を乗り越えた果てに生まれた絶妙手でした。

2020年度、ついにタイトルを獲得した藤井二冠。大活躍だった年度の最終局は、2021年度のさらなる飛躍を予感させる素晴らしい内容でした。

▲4一銀という歴史的妙手を繰り出し、年度最終局を勝利した藤井二冠(提供:日本将棋連盟)
▲4一銀という歴史的妙手を繰り出し、年度最終局を勝利した藤井二冠(提供:日本将棋連盟)