マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、米国の金融市場について解説していただきます。
2013年5月に起きた「テーパー・タントラム」は、米国の中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)のバーナンキ議長(当時)が量的緩和(QE=債券購入)の縮小を示唆したことで起きました。時期尚早な緩和縮小によって、依然として脆弱な景気回復が腰折れかねないと金融市場が懸念したことが背景でした。そのため、米国株は下落し、世界的な景気鈍化の懸念から新興国の通貨や金融資産の価格が目立って下落しました。
金融緩和長期化を示唆する「ドット・プロット」
現在の状況は当時と大きく異なっています。パウエルFRB議長は「(金融緩和の)出口の議論は時期尚早だ」との発言を繰り返し、金融市場の緩和縮小観測を打ち消しています。金融政策を決定するFOMC(連邦公開市場委員会)が3月17日に発表した金融政策見通し、いわゆる「ドット・プロット」からは、議長ら参加者のうち過半数が少なくとも2023年末までの「ゼロ金利」継続を想定していることが明らかになっています。
にもかかわらず、長期金利(10年物国債利回り)が大きく上昇(=国債価格は下落)するなど、金融市場は動揺しています。株価は比較的堅調に推移していますが、これまで株高を支えてきたIT関連株が軟化するなど、変調はみられます。
金融市場にインフレ懸念が台頭
金融市場が動揺しているのは、インフレ懸念が高まっているからです。昨年春の「コロナ・ショック」によって大きく落ち込んだ世界景気は、主要国政府や中央銀行の積極的な景気刺激策を背景に回復基調を強めています。さらに、コロナ・ワクチンの普及によって新規感染者数が抑制されれば、行動制限やロックダウン(都市封鎖)の解除によって景気回復が後押しされるとの期待が高まっています。
昨年春に急落した原油など国際商品市況は「コロナ・ショック」前の水準を回復。とりわけ、景気に対して敏感とされる銅価格は10年ぶりの高水準に達しています。3月のフィラデルフィア連銀製造業景況指数は1973年以来の高水準でした。
とくに目についたのは、内訳項目の中で仕入価格指数が石油ショック当時の80年3月以来の水準に達したことです。同指数は、製造業企業に前月からの変化をアンケート調査したもので、瞬間風速的な意味合いが強いです。ただ、それだけに足もとの価格上昇が強く実感されているのかもしれません。
今年のインフレ上振れは一時的!?
3月23日の議会証言で、パウエル議長は今年のインフレ率が上昇すると予想し、3月上旬に成立したAmerican Rescue Plan(追加経済対策)による景気加速、ペントアップ・ディマンド(繰り越し需要)の顕在化、比較対象となる前年が弱かったというベース効果などを根拠として示しました。
ただ、一方で、過去25年間に世界経済は強いインフレ低下圧力を受けてきたとして、「一時的要因がそれを顕著に変化させるとは考えていない」とも述べました。先のFOMCが示した経済見通しも、今年のインフレ率はFRBの目標である2%から上振れするものの、来年以降は2%近辺へ回帰するというものです。
同じ日の講演で、FRBのブレイナード理事は、「(従来の主軸だった)見通しに基づく予防的なアプローチでなく、(経済指標などの)結果に基づく慎重なアプローチが望ましい」と語り、少なくとも2023年末までの金融緩和継続を予想しました。
FRBと債券市場のどっちが正しい?
これに対して、債券市場は予想を織り込むのが「仕事」です。5年物の通常国債とインフレ連動国債の利回り格差は3月16日に2.65%まで上昇。これはブレークイーブン・インフレ率と呼ばれ、主に債券市場が織り込む今後5年間の予想インフレ率(平均)を示すものです。
今後の状況次第で、債券市場の織り込む予想インフレ率が下方修正されて、長期金利などの市場金利が落ち着きをみせるのか。それとも、インフレ率の上振れが続くことで、上述のブレイナード理事の言葉を借りれば、「結果的に」金融緩和の縮小や利上げのタイミングが早まるのか。大変興味深いところです。