台湾企業によるシャープ買収に象徴されるように、日本のメーカーはかつての勢いを失っているように見えます。自動車業界ではCASEやテスラの台頭など新たな潮流が生まれつつあります。日本のものづくりがかつての勢いを取り戻し、反撃の糸口をつかむには何をすべきか? ものづくりの現場に詳しい理系YouTuberものづくり太郎が技術オンチの人でもわかるように優しく解説します。
■日本の強みは「擦り合わせ力」
――戦後、日本はものづくりで躍進してきましたが、近年は鉄鋼、造船、家電、半導体などで凋落しています。なぜですか?
半導体の場合、1987年の日米半導体摩擦が遠因です。当時は日本の半導体の競争力が絶大で、市場シェアでもアメリカを追い抜きました。焦ったレーガン政権が、「日本の半導体が第三国市場とかアメリカ国内でダンピングしている」といちゃもんをつけて制裁を行いました。
日本の半導体メーカーは自社で価格が決められなくなり、販売する際に20%は海外メーカーの製品を入れないといけないという不平等条約を突き付けられました。そりゃ衰退しますよね。
他の液晶や白物家電、携帯電話などの場合は、作るのにそこまで高度な「擦り合わせ力」つまり、たくさんの部品を精度よく組み付ける技術力が要りません。
日本はこの「擦り合わせ力」と「ポジティブな設備投資」で戦後、高度成長を遂げたんですが、白物家電などは何万点とか部品があるわけではないので、装置さえ揃えれば誰でも製造できてしまいます。で結局、人件費などコストが安いところに取って代わられてしまったわけです。
――太郎さん、『ものづくり太郎チャンネル』でスマホを解体してましたよね。
はい。スマホの部品は約1000点ありました。もちろん最新の技術が使われてますが、作り方は割と簡単でそこに付加価値はあまりないんです。
――日本がまだ優位を保っているのはどんな領域ですか?
日本の優等生と言えるのは自動車やロボット、工作機械ですね。あと半導体製造装置(東京エレクトロン等)、精密加工装置(ディスコ等)、検査装置(アドバンテスト等)などの専用装置も強みがあります。
専用装置も膨大な部品を擦り合わせて作らないとできない分野です。要は工場の装置系が強いんです。精度を合わせるには、工場の装置自体の精度が高くないとダメなので。
――ここらへんのカテゴリーはまだ安泰?
いいえ、台湾の鴻海やヨーロッパのシーメンスなどの機器メーカーが進化、台頭してきています。いずれ、車や産業用装置、マシニングセンター(プログラミング制御に従って穴開けや平面削りなどを1台でこなせる機械)なども作れるようになってくるはずです。
――最後の砦もヤバイと?
そうです。しかし、この分野の高度な擦り合わせって、まだまだヒトの感覚でやっている部分が大きい。これをいわゆるDXで変革することができれば再び世界をぶっちぎることができると僕は考えています。
そして、幸運なことにそれができる土壌が日本にはあります。優れた設計者の数が多いし、装置を組み立てるSIerや専門装置メーカーも強い。あとはこれをデジタルで繋げて最適化すればいいわけです。
■「かんばん方式」の先にあるもの
――生産方式でいうとトヨタの「かんばん方式」とかが有名ですが?
「かんばん方式」は看板で在庫を管理し、徹底的に無駄を省き、効率良く自動車を生産するやり方です。トヨタではスループット(工場の入り口から出口までの工程でどれくらい時間がかかったかを示す値)を感覚で徹底的に突き詰めてきました。
スループットに関わる領域は、加工順番、組み付け順番、人の配置など多岐にわたり、これまで血のにじむような努力で限界値までスループットを高めてきました。自動車の部品は約3万点あり、その3万点のスループットの積み上げがトヨタの競争力に繋がっています。
僕の提案はそれをDXで見える化し、工場全体を俯瞰しながら装置の選択、配置、工程などを最適化しようということです。
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――それはまだ他の国ではやっていない?
まだ完全にはやれていないと思います。日本は装置を作る職人さんがいて、設計ノウハウの蓄積があるし、ロボットメーカーも強い。あとはデータで全体を「見える化」すること。もちろん、生産技術に携わる人たちも同様の発想はしてきたと思いますが、それはあくまでラインの改革。
僕はラインには限界があり、より上位の『工場レベル』で取り組まないとダメだと考えています。その分野で経験が豊富で、僕がいま最も注目しているのが、天野眞也さん率いる「Team Cross FA」です。
――現在の「擦り合わせ力」は、いまだにベテランの経験と勘に頼っているということ?
そうです。例えば大手メーカーの工場でベテランさんたちに「ラインで一番の改善点はなんですか」と尋ねれば、おそらく各自違った答えが返ってきます。どれが一番正しいかが分からない。
皆さん同じ答えならすばらしいですが、そんな工場はありません。それなら、最新のツールを使い、リアルを反映した仮想空間に設計図を描けばいい。
こう言うと、ベテランは「しょせん仮想空間でしょ。リアルの現場ではいろんな改善が起きて、棚が新しくできたり、改善が組み込まれて経路が変わるから意味がない」と取り合わないわけです。でも今はリアルの細かな状態まで全部、3Dデータで再現した仮想空間上に落とせるようになっています。
■突破口は「工場」にある
――要するに工場ごとDXしちゃおうということですか?
そのとおりです。これまで感覚で生産工程をデザインしてきたのを、仮想現実とリアルを統合してスループットを磨き上げる。これまでってどうしても利益率がいい生産ラインのほうが大事にされて、改善の予算が取りやすいといった傾向がありました。
しかし、実際は利益率の良くない別のラインを改善した方が工場全体の生産性が上がるということがあるはずです。全体を俯瞰できていないわけです。もう改革の土壌はあるわけなので、なんでやらないの? っていう話です。
――どうしても過去の成功体験にとらわれてしまう。
世界最強のラインですからね。だからどうしてもラインという価値観から脱却できないし、上位の工場を変革しようというといろんな抵抗がある。「どうデータを取ったらいいかノウハウがない」「儲かるビジョンがないから却下される」などなど。
そうした困りごとにまるごと応えられるのがさっきの「Team Cross FA」です。このチームはスマートファクトリー構築総合プロデュースのFAプロダクツなどを幹事企業として、公的機関や公式パートナー、日本各地のFA・ロボットSIerのほか、日本の国家戦略「コネクテッド・インダストリーズ」とも連携し、すべての製造業のスマートファクトリー化に寄与することを目指しています。
――工場から反撃ののろしを上げようということですね。
「CASE」の話をした際に、これからの車はサービスの一部になると言ったのですが、そうはいっても最終的にハードとしての車は必要になります。そこを握ってしまえば勝てるはずです。
何事もものづくりがないと動かないんだけど、いまはそこを経験と勘でやっている。これをDXすれば勝てるというのが、今のものづくり太郎のイチ押しです。
――太郎さんからは何か強い使命感のほとばしりのようなものを感じます。
こういう主張をするのって、日本人で僕と天野さんぐらいしかいないので、やるしかない。ものづくりが衰退してしまったら、日本が外貨を稼ぐ能力がなくなってしまいます。要するに国力の低下です。
海外からモノが買えなくなってしまって、どんどん生活レベルが下がっていきます。だったらできる人がやるしかない。YouTubeのネタとしては投資関係とか、ゲームの実況とかもっと儲かって楽な道もありますが、あえてそうはしたくありません。
一日本人として楽な方に逃げちゃ駄目なんです。もちろん、きれい事だけではなくて、僕の発信によって日本人の皆さんが良くなって少しのおこぼれや対価は頂きたいとも思ってますけどね(笑)。