観光情報のIT化が進む中で、観光案内所はどうあるべきか。横浜観光コンベンション・ビューローとNTT東日本 神奈川支店は、観光案内所の魅力向上と回遊性の創出に向けて、IoTセンサー「AIBeacon」を用いた人流データ分析を行った。
横浜市の観光案内所を運営する横浜観光コンベンション・ビューロー
横浜市およびその周辺地域における観光・MICEの振興を図ることを目的に設立された、公益財団法人横浜観光コンベンション・ビューロー。同財団は、来訪者に横浜で楽しく過ごしてもらうため、横浜駅・桜木町駅・新横浜駅の3カ所に直営の観光案内所を設置している。
この観光案内所の運営を行っているのが、公益財団法人横浜観光コンベンション・ビューロー 事業部 事業開発課だ。このほかにも、おもてなし研修としての英語研修、ユニバーサルツーリズム研修や都市デザイン研修を実施するなど、民間の案内所の支援も行っている。
同課は2020年10月から2021年1月末にかけ、NTT東日本 神奈川支店とともに、観光案内所3カ所において「AIBeaconを用いた人流データ取得の実証実験」を行った。この実証実験の目的、そしてNTT東日本の役割について、事業開発課 担当課長の宮本裕子氏にお話を伺ってみたい。
AIBeaconで3カ所の観光案内所の特色を知る
「横浜観光コンベンション・ビューローが運営している横浜駅・桜木町駅・新横浜駅の観光案内所では、これまで各所の特色を出せていませんでした」
宮本氏は、テストマーケティングを始めた経緯について話を始める。
「横浜駅の観光案内所は、2020年6月に駅構内から商業施設に移転し、新装オープンしました。それを機に、全体の空間とマッチングするよう内装を変えたり、ライブラリーやPCコーナーを新設したりして、横浜の歴史や文化も発信できる形を目指しています。桜木町駅はみなとみらいに直結する案内所ですし、新横浜駅の観光案内所は新幹線が停車するという広域のお客様の玄関口です。この3つの特性を活かし、それぞれの役割に応じた観光案内所を作らなければならないと考えていました」
こういった観光案内所のサービス向上という課題を解決するために求められていたのが、「各案内所を利用するユーザーがどのような行動を取っているのか」を客観的に把握するためのデータだ。
横浜駅観光案内所の電話移転などを担当したNTT東日本 神奈川支店が、そんな同課に対して2020年7月ごろに提案した試作のひとつが、「AIBeaconを用いた人流データ取得の実証実験」となる。
AIBeaconの特徴とデータ分析から得られた成果
「AIBeacon」は、Wi-Fiを利用して、匿名のアクセス情報を取得するIoTセンサー。個人情報を取得することなく、スマホユーザーのリアルな行動を蓄積・解析し、動線や行動をデータ化できる。
大きな特徴は、設置性の高さだ。手のひらに収まるほど小さなサイズを実現しており、かつUSB給電で動作するため、観光案内所のようなスペースが限られる空間でも容易にセッティングが可能。
宮本氏は「AIBeaconは非常にコンパクトな端末で、設置にあたって苦労は基本的にありませんでした」と、その設置のしやすさについて語る。
この「AIBeaconを用いた人流データ取得の実証実験」は、2月17日に最終報告会を終えており、すでにさまざまな傾向を読み取れていると宮本氏は述べる。
「コロナ禍で観光案内所のご利用数が少なく、平常時とは見え方が異なるという点を考慮しなくてはならないものの、AIBeaconによって来訪者の属性、滞在時間、リピート、そしてある程度の回遊性に関するデータが得られました。各案内所がどのような役割を持っているのかを推測できるデータが得られたことは、今後のサービスを考える上で大きな成果になったと思います」
例えば、横浜駅は神奈川県内からの来訪が多く数の面ではトップであること、桜木町駅は横浜市内からの来訪が多いこと。そしてこの2カ所は首都圏在住の来訪者がほとんどであることが可視化されたという。
また、新横浜駅では東海道新幹線沿いのエリアをはじめとした遠隔地からの来訪が多いこと、男性割合が若干多いこと。そして新横浜への来訪者が横浜駅、桜木町駅に回遊する割合が高い傾向にあることもわかったそうだ。
平常時であれば、海外から来訪する方も多い横浜市。だが新型コロナウイルス流行によって、海外からの渡航が自粛ないし制限されているため、今回の実証実験で取得されたのは基本的に日本在住者のデータとなる。
「インバウンドのデータが取れなかったのは残念ですが、実証実験の目的として『AIBeaconでどのようなデータを取得できるのかを知る』という点がありましたので、これはこれでわかりやすいデータが取れて良かったのかもしれません。お話をいただいたときは具体的に何ができるのかピンと来ていませんでしたが、今回の実証実験でAIBeaconを使ってどんなことができるかよく理解できました」
なお、今回の実証実験では調査範囲を半径10mとしたため、観光案内所周辺を通りがかった人のデータも取得されている。今後、対象範囲の設定を見直すことで、より目的にあわせた明確なデータを得ることも可能だろう。
観光とは『街作りそのもの』
横浜市は、観光面でも大きな魅力のある都市だ。なかでも観光案内所の設置された横浜駅・桜木町駅・新横浜駅は多くの人が訪れる。AIBeaconの人流データ分析をこれらの観光案内所の運営に活かし、有益な観光情報を周知するアイデアを考えていきたいと宮本氏は述べる。
「例えば、ビジネス街という見方をされがちな新横浜ですが、実は横浜アリーナや日産スタジアム、ラーメン博物館など、非常に大きな集客装置を持っています。また、横浜都心部以外にアクセスする際に経由する可能性がある場所です。大きなイベントが開催されたときに来訪者がどのように回遊されるのか、非常に興味があります」
最後に宮本氏は、観光に対する自身の思いを語ってくれた。
「私は、観光とは『街作りそのもの』だと思っています。横浜市はゆっくり散歩して心地よい街でもありますし、異国情緒漂う歴史的建造物のある街並み、港町らしさを感じるプロムナード、みなとみらいの新しい施設など、さまざまな魅力があります。新型コロナウイルスが流行していることもあり現在は積極的なアピールが難しい状況ですが、コロナ禍が落ち着いた際には、ぜひ横浜の魅力に触れていただければと思います」