マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、米国の長期金利について解説していただきます。


米国の長期金利(10年物国債利回り)が2月以降、目立って上昇しています。それに引っ張られる格好で世界の長期金利も上昇しており、金利上昇が脆弱な景気をさらに下押しするとの懸念が広がっています。NYダウなど主要株価は高値圏で推移しているものの、金利が上昇する場面では大きく下げるなど、株式市場も長期金利の上昇を気にしていることが分かります。

2013年の「テーパー・タントラム」

投資家の間では、「テーパー・タントラムの再来ではないか」との声も聞かれます。

テーパー・タントラム(先細りの癇癪=かんしゃく)とは、2013年5月22日の議会証言で、米国の中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)の議長だったバーナンキ氏がQE(量的緩和=債券購入)の縮小を示唆したことを受けて、長期金利が大幅に上昇するなど金融市場が大きく動揺した出来事を指します。

当時のFRBは、2008年に起きたリーマン・ショック後の景気低迷が長引くなか、「ゼロ金利」とQEによる強力な金融緩和を続けていました。金融市場では、そうした状況が長期にわたって続くとの見方が一般的でした。そのため、バーナンキ議長がQE縮小の可能性に言及しただけで金融市場は意表を突かれた格好となり、パニック状態となったのです。

世界的な景気回復期待の高まり

昨年春のコロナ・ショックによって大きな打撃を受けた世界経済は、主要国政府による大型の財政出動や主要中銀の思い切った金融緩和によって回復基調にあります。また、コロナワクチンの普及によって新規感染者数は減少傾向にあり、コロナ感染対策の行動制限やロックダウン(都市封鎖)の解除によって景気回復が本格化するとの期待が高まっています。とりわけ、米国においてそうした期待が強まっています。

そのため、金融市場ではFRBによるQEの縮小や利上げが以前に想定したよりも早いタイミングで実施されるのではないかという観測が浮上してきました。

パウエルFRB議長は早期の金融緩和縮小観測にクギ

もっとも、2012年5月にFRBの理事に就任したパウエル議長(議長就任は2018年2月)はテーパー・タントラムの苦い経験を繰り返したくないはずです。実際、パウエル議長は議会証言や講演の場で、金融緩和からの「出口の議論は時期尚早」、「そのタイミングが来れば、前もって十分に金融市場に伝達する」と繰り返しており、早期の金融緩和縮小観測にクギを刺しています。

つまり、現在進行しているのは、「テーパー(=QE縮小の示唆)」のない「タントラム」と言えるかもしれません。ここで視点を変えて、外為マーケットからテーパー・タントラムを振り返ってみましょう。

2013年の外為マーケットはリスクオフ

  • 2013年の「主要通貨」対米ドル騰落率

Bloombergが定義する「主要通貨」について、2013年5月21日(バーナンキ発言前夜)から長期金利がいったんのピークをつけた同年7月8日までの対米ドル騰落率をみると、対米ドルで上昇したのは円とスイスフランのみ。そして、カナダドルや豪ドルなどの資源国通貨、メキシコペソや南アランドといった新興国通貨は軒並み対米ドルで下落しました。リスクを回避する投資家が好む通貨は買われ、リスクを取る投資家が好む通貨は売られました。典型的なリスクオフ相場であることが分かります。

この状況は、景気が引き続き脆弱ななかで、FRBが時期尚早な金融緩和の縮小に踏み切ろうとしていると市場が判断したと解釈できます。通常の10年物国債利回りとインフレ連動型の10年物国債利回りの差でみるブレークイーブン・インフレ率(金融市場が織り込む予想インフレ率)は上記の期間に低下しています。つまり、金融市場はデフレ圧力の高まりを予想したのです。

現在の外為マーケットはリスクオン

一方、今年2月1日から3月11日までの「主要通貨」の騰落率をみると、円やスイスフランは対米ドルで大きく下落。資源国通貨は対米ドルで上昇しており、リスクオン相場であると言えそうです。なお、新興国通貨は対米ドルで下落していますが、理由の如何を問わず米長期金利の上昇は新興国にとってネガティブであると言えるのかもしれません。

この期間にはブレークイーブン・インフレ率も上昇しているので、景気回復期待が長期金利を押し上げていると言えそうです。パウエルFRB議長は2月23日の議会証言で、長期金利の上昇は景気回復に対する市場の「信頼の証し」だと述べました。あながち間違いではないでしょう。

もちろん、現在のリスクオン相場が今後も続く保証はありません。米長期金利の上昇が続けば「テーパー」がなくとも、株価の大幅下落など「タントラム」は起こるかもしれません。そうなれば、リスクオン相場がリスクオフ相場に転換しても不思議ではありません。今後の状況、とりわけ米長期金利の動向を注意深く見守る必要はありそうです。