給与所得者にとって経費精算の意味をもつ給与所得控除。給与所得控除は2020年の税制改正によって従来の控除金額や制度が変わりました。給与所得控除計算方法や、制度変更のポイントなどについてご説明します。
給与所得控除とは
「給与所得控除」とは、会社員や公務員などの給与所得者が適用される所得控除で、「負担すべき税金の計算をする際に、税金の金額を計算するベースとなる給与収入額から差し引かれる控除額」のことです。
個人事業主の場合、売上額に対して課税されるのではなく、「売り上げから経費を差し引いた残りの事業所得」に対して税金が課されます。
同様に給与所得者も、給与収入額から給与所得控除を差し引いたものが課税対象となり、その金額をもとにして所得税や住民税が決まります。給与所得控除金額は給与の収入額によって変動し、収入が多いと控除額は増えますが、控除率は下がる仕組みです。
給与所得控除の意義と目的
給与所得控除には、2つの意義があります。ひとつは「給与所得者が経費を計上する意義」もうひとつは「給与所得者の公平性を維持する意義」です。
給与所得者の場合でも、仕事用のスーツや筆記用具、交通費など仕事のために負担しなければならない費用を個人的に支払うケースがあります。給与所得控除は、このような給与所得者の事情を考慮し、事業主よりも不利にならないように課税所得を算出することを目的としています。
上記の考えに基づけば、「すべての給与所得者が事業主同様、実際に個人負担した経費を給与収入額から差し引けばいいのでは? 」という意見もあるでしょう。
しかし、給与所得者は日本全国にかなり存在します。そのため、一人ひとり個別に申告処理をすることは、税務署の負担や各企業の総務・経理部門のマンパワーを鑑みると現実的ではありません。
また申告する給与所得者本人にとっても1年分の領収書を保管し申告作業をすることは大変な労力がかかり、人によっては正確に経費を申告するのは困難です。そのため給与所得控除の制度を設けることにより、収入に応じた一定の控除額を差し引くことによって、スムーズかつ公平に経費処理をすることが可能になります。
令和2年(2020年) の税制改正で給与所得控除計算はどう変わった?
税制改正大網の影響により所得に対する税制が改正されたことは、2020年以降、給与所得控除計算にどのような影響があったのでしょうか。制度の変更点について解説します。
令和2年(2020年) の税制改正のポイント
今回の税制改正は、「働き方改革を後押し」する観点と、「子育て世帯など特定の納税者層に対する配慮」をポイントに見直しがなされました。ポイントに基づいた変更点は、次のとおりです(※1)。
2020年からの税制改正のポイント
・給与所得者控除/公的年金等控除から基礎控除への振替
・年間の給与収入が850万円超の者の給与所得控除を引き下げ(子育て世帯に配慮)
・年間の年金収入が1,000万円超又は年金以外の所得が1,000万円超の者の公的年金等控除を引き下げ
・基礎控除を逓源(ていげん)/消失(年間所得2,400万円超から逓源、2,500万円超で消失)
給与所得控除計算の変更点
上記に基づき、給与控除計算に関わる変更点は「令和2年(2020年)以降、給与所得控除金額が一律で10万円引き下げられた」ほか、「給与所得控除の要件である所得上限が1,000万円から850万円に変更」となりました。また給与所得控除の上限も220万円から195万円に変更されました。
ただし、23歳未満の扶養家族を有する子育て中の納税者や、納税者本人または扶養する配偶者や親族に特別障がいがある納税者などについては「所得金額調整控除」が設定されています。
変更前後の給与所得控除金額の相違は下記の通りです(※2)。
給与等の収入金額 (給与所得の源泉徴収票の支払金額) |
給与所得控除額 | |
---|---|---|
2020年以降 | 2019年まで | |
162万5,000円まで | 55万円 | 65万円 |
162万5,001円~180万円まで | 収入金額×40% -10万円 | 収入金額×40% |
180万1円~360万円まで | 収入金額×30% +8万円 | 収入金額×30% +18万円 |
360万1円~660万円まで | 収入金額×20% +44万円 | 収入金額×20% +54万円 |
660万1円~850万円まで | 収入金額×10% +110万円 | ※660万円~1,000万円まで |
850万1円以上 | 195万円 | 設定なし |
1,000万1円以上 | 設定なし | 220万円 |
この税制改正により、給与所得控除は実質的に引き下げられ、基礎控除は引き上げられました。そのため納税者の状況によって、増税となる人もいます。
増税となるケース
・給与収入が850万円超
・独身者又は23歳未満の扶養親族がいない
(例) 年収1,000万円の場合
改正前 : 給与所得控除 220万円
改正後 : 給与所得控除 195万円
※給与所得控除の減額分と基礎控除の増額分において、課税対象所得が15万円増える
変化がないケース
・給与収入が850万円以下
※給与所得控除で10万円の引き下げ、基礎控除で10万円の引き上げがありプラスマイナスゼロ
そのほかの主な変更点
【所得金額調整控除の新設】
また給与所得控除に関節的に影響があるものとして、介護や子育て世代を考慮した「所得金額調整控除」が新設されました。給与所得控除の引き下げによって年収850万円を超える場合は所得税が増税となってしまいますが、条件に当てはまる納税者は、一定金額の控除を受けることができます。
【所得金額調整控除制度の概要(※3)】
対象者 | 控除額 | |
---|---|---|
子ども・特別障害を有する者等の給与金額調整控除 | 年収850万円を超える納税者で、下記いずれかに該当する場合 ・本人に特別障害がある ・年齢23歳未満の扶養親族を有する ・特別障害者である同一生計配偶者又は扶養親族を有する |
[給与等の収入金額(1,000万円超の場合は1,000万円) - 850万円] ×10% =控除額 ※1円未満の端数は切り上げ |
給与所得と年金所得の双方を有する者に対する所得金額調整控除 | その年分の給与所得控除後の給与等の金額と公的年金等に係る雑所得の金額がある給与所得者で、その合計額が10万円を超える者 | [給与所得控除後の給与等の金額(10万円超の場合は10万円)+ 公的年金等に係る雑所得の金額(10万円超の場合は10万円)]-10万円=控除額 ※子ども・特別障害を有する者等の所得金額調整控除の適用がある場合はその適用後の給与所得の金額から控除 |
子ども・特別障がいを有する者等の所得金額調整控除は、扶養控除と異なり同一生計内のいずれか一方のみの所得者に適用するという制限はありません。夫婦ともに給与等の収入金額が850万円超で23歳未満の子である扶養親族がいる場合は、夫婦それぞれがこの控除の適用を受けることができます。
なお、特別障がいを有する者とは、下記の方を対象としています(※4)。
特別障がい者とは次に該当する方です
・身体障害者手帳に身体上の障害の程度が一級又は二級と記載されている方
・精神障害者保健福祉手帳に障害等級が一級と記載されている方
・重度の知的障害者と判定された方
・いつも病床にいて、複雑な介護を受けなければならない方 など
【基礎控除の引き上げ】
給与所得控除の変更と合わせてポイントとなるのは、「基礎控除」の引き上げです。基礎控除は所得金額や扶養家族の有無に関わらず、誰でも一律で受けられる控除ですが、この控除金額が実質10万円引き上げられました。ただし所得が大きい納税者に対しては、控除金額が所得に応じて段階的に引き下げられています。
合計所得金額 | |||||
---|---|---|---|---|---|
2,400万円以下 | 2,400万円超 2,450万円以下 |
2,450万円超 2,500万円以下 |
2,500万円超 | ||
控除額 | 改正前 | 一律38万円 | |||
改正後 | 48万円 | 32万円 | 16万円 | 0円 |
【配偶者・扶養親族などの合計所得金額要件の引き上げ】
そのほかにも「未婚のひとり親に対する税制上の措置及び寡婦(寡夫) 控除の見直しなど、所得税に関わる税制が改正されました。これらの変更に伴い、年末調整や確定申告書類の記入欄も変更されていますので、申告書類は必ず新しいものを使いましょう。
給与所得控除の計算方法
それでは給与所得控除の計算方法についてみていきましょう。
収入別給与所得控除の計算方法
前述のとおり55万円を給与所得控除の下限、195万円を上限とし、年収に応じて計算式が異なります。先の表を参考に、実際の例で計算してみましょう。
収入金額が150万円の場合
計算式 : 一律55万円が控除される
150万- 55万=95万円が給与所得として課税対象
収入金額が300万円の場合
計算式 : 収入金額×30% + 8万円
90万円 + 8万円=98万円が控除
300万円 - 98万円=202万円が給与所得として課税対象
収入金額が600万円の場合
計算式 : 収入金額×20% +44万円
120万円 + 44万円=164万円が控除
400万円 - 164万円=236万円が給与所得として課税対象
収入金額が800万円の場合
計算式 : 収入金額×10% +110万円
80万円 + 110万円=190万円が控除
800万円 - 190万円=610万円が給与所得として課税対象
収入金額が1,200万円の場合
計算式 : 一律195万円が控除される
1,200万 - 195万=1,005万円が給与所得として課税対象
税制改正により給与所得控除の下限や上限、控除金額の計算式が変更になっていますが、基本的な考え方は変わっていません。収入が増えれば増えるほど、控除率は下がります。
収入を複数から受けている場合は?
会社役員や副業をするなどして複数の会社から給与を支給されている場合は、まずどの給与が「主たる給与」になるかを決めます。
通常は一番支給が多い会社からの給与を主たる給与・それ以外を従たる給与とし、主たる給与の支払企業で給与所得控除の計算をし、年末調整をします。従たる給与については年末調整をすることはできないため、納税者本人が確定申告をする必要があります。
また、二箇所以上からの給与がある人でも、確定申告の必要がない場合があります。
確定申告は給与所得および退職所得以外に20万円を超える所得がある場合に必要で、従たる給与が年20万円以下の場合は原則必要ありません。ただし、医療費控除の還付申告や、災害などによる所得税の軽減免除などの適用を受ける場合には、従たる給与が年20万円以下の場合でも確定申告が必要になりますので、注意しましょう。
確定申告には従たる給与の支払者だけでなく、主たる給与の支払者の源泉徴収票も必要です。
給与所得控除と特定支出控除
給与所得控除に加え、給与所得者がさらに収入から課税対象となる所得算出のために控除できる「特定支出控除」。特定支出控除とはどのような控除なのか、くわしくみていきましょう。
特定支出控除とは?
「特定支出控除」とは、場合によって通常よりも多くの経費支出があった場合で給与支払者が認めた場合に、給与所得控除に加えてさらに控除することができる制度です。
通常よりも多くの経費支出として特定支出控除額の適用判定の基準となる金額は、「その年中の給与所得控除額×1/2」とされています。
特定支出控除に該当する支出は、次のとおりです(※5)。
特定支出控除に該当する支出
1. 業務・職務に関わる通勤費
2. 業務・職務に関わる旅費出張費
3. 業務・職務に関わる転勤にともなう転居費
4. 業務・職務に関わる研修費
5. 業務・職務に関わる資格取得費
※2013年分以後は、弁護士・公認会計士・税理士などの資格取得費も特定支出の対象
6. 単身赴任などの場合の帰宅旅費
7. 次に掲げる支出(上限65万円)で、その支出がその者の職務の遂行に直接必要なものとして給与等の支払者より証明がされたもの (勤務必要経費)
・書籍、定期刊行物その他の図書で職務に関連するものを購入するための費用(図書費)
・制服、事務服、作業服その他の勤務場所において着用することが必要とされる衣服を購入するための費用(衣服費)
・交際費、接待費その他の費用で、給与等の支払者の得意先、仕入れ先その他職務上関係のある者に対する接待、供応、贈答その他これらに類する行為のための支出(交際費等)
特定支出控除の計算方法
特定支出控除が認められる場合、給与所得の計算式は次のとおりです。
給与所得 = 給与収入 - 給与所得控除-特定支出控除
なお特定支出控除の適用には、給与所得者も確定申告が必要となります。確定申告時には特定支出に該当することを給与支払者が証明した書類などを添付する必要があります。
給与所得控除のポイントと注意点
ここまで給与所得控除や関連する制度などについて紹介しました。給与所得控除において注意しておきたいポイントについてみていきましょう。
給与所得控除と所得控除は違う!
所得控除とは、「一定の要件にあてはまる場合に所得の合計金額から一定の金額を差し引く制度」のことです。
医療費控除、生命保険料控除、社会保険料控除、寄附金控除など15種類の控除の総称で、給与所得控除によって控除分が差し引かれた所得から、所得控除分をさらに差し引いて課税所得を計算します。
収入 - 給与所得控除=給与所得額
給与所得額 - 所得控除(医療費控除・生命保険控除・社会保険料控除など)=課税所得額
課税所得額に所得税率をかけ算することで、所得税額を計算することができます。言葉自体は類似していますが、給与所得控除とは異なりますので注意しましょう。また、原則として、所得控除は自分で申告をしないと受けることはできません。控除要件があっても自分で申し出をしないと損をしてしまうので、忘れずに申告しましょう。
***
税制改正により、給与所得控除の計算式が変わりましたが、考え方そのものは変わらずシンプルです。
給与所得控除には会社員や公務員など、給与所得者のための経費精算という意味合いがあり、給与所得者の税額計算に関わります。そのほかにも特定支出控除や、基礎控除など課税対象所得を求めるためのさまざまな控除があります。一つひとつの控除の違いを理解していきましょう。
参照 :
(※1)財務省「年度改正」
(※2)国税庁「給与所得控除」
(※3)国税庁「所得金額調整控除」
(※4)国税庁「特別障害者」
(※5)国税庁「給与所得者の特定支出控除」