「『パパは、ひげだんしゃくっていうんでしょー?』と娘に正体を嗅ぎ付けられそうになる危機は無くはなかったが、『違うよー? 似てる人だよー?』と、その都度、水際で止めてきた」 『パパが貴族 ~僕ともーちゃんのヒミツの日々~』(双葉社)より
「ルネッサーンス!」で一世を風靡したお笑いコンビ・髭男爵の山田ルイ53世。同書では、貴族衣装を脱いだ生身の山田順三(本名)が、2012年に生まれた長女・もーちゃんに「職業を隠し続ける日々」をユーモアたっぷりな筆致で描いている。
“バレそうになる瞬間”は緊張感が漂いつつも、やがては2人だけの秘め事として、父と娘の掛け替えのない時間に。そんな山田にとっての結婚・出産・家庭とは。そして唯一心に決めている「育児のこだわり」、2人の娘を持つ“一発屋芸人”だからこそ痛感した「父親としての生きづらさ」とは。
■結婚は良い意味で諦めて削っていく作業
――奥さんも、すごく魅力的なキャラクターとして描かれていました。奥さんは「一発屋」をどのように受けとめていらっしゃるんですか?
聞いたことはないですけど、悪くは思ってないはずです。正直、ちゃんと稼いで、家にお金入れてますし(笑)。今日もここまで(取材場所)車で送ってくれました。シルクハットにスチームアイロンをあててくれたり、支えて頂いております。いや、有難い。
僕、もともとが神経質なんですけど、ひきこもっているときは、特に酷くて。お医者さんに診てもらったら、多分正式に病名がついてたと思うんですが、ノートや本の角を揃えないと気が済まないとか、折れたシャーペンの芯が絨毯に紛れ込んだら、それを発見するまでは次の行動に移れないとか。もう30コぐらいのルーティンみたいなものに縛られてて、しんどかったですね。
20歳手前で、たまたまテレビで見た成人式のニュースに、「今逃したら、同世代に追い付けなくなる……」と焦って。大検取って大学行こう、この状況から抜け出そうと、“とりあえず”動こう、“とりあえず”やろうと強引に考え方を切り替えた。後に精神医学の専門家と話す機会があったんですが、「“自分で切り替えた”っていうのは珍しいケース。山田さんを研究したい」と言われました。以来、“とりあえず”って言葉を大事にして“とりあえず”生きてますね(笑)。
僕とは対照的に、奥さんは結構、大雑把な人で。皿溶けるんちゃうかというくらい、つけ置き洗いしますし、警察が犯罪の証拠をブルーシートに並べる感じで洗濯物を床に置きっ放しにしたりする。一緒に暮らしてるうちに、僕も自分の机まわり以外は、散らかっててもそこまで気にならなくなった。精神衛生上すごく良いんです。
――お子さんが生まれてから、そのことに気づくことができたんですか?
そうですね。奥さんと2人のときは、僕まだ角揃えてましたから(笑)。僕にとっての結婚や出産、家族というのは、世間一般で言われる「絆が深まる」とか「お互いの実家の味噌汁の味が一緒になって……」とかじゃない。どんどん諦めていく作業というか削っていく感覚。もちろん、いい意味で。
■「この世界は君に反応するんだよ」
――一方で、子どもに職業を明かさないというのも、最初は奥さんと温度差があったそうですね。
『ゴセイジャー』という戦隊モノの番組に、博士役で出てたことがあって。娘が幼稚園の頃、僕が仕事から帰宅すると家にその戦隊のムック本があるんです。ただ、僕が番組に出演していたのは、その時点で既に何年か前の話。わざわざ古本屋で買ってきたみたいで(笑)。娘にそれを見せたような気配もあった。一応、僕の顔を立ててくれてはいますけど、たまに娘のリアクションを楽しむために、そういう“チラ見せテロ”みたいなことをする。クレイジーな方です(笑)。
――ヒミツを脅かす存在でもあるんですね(笑)。子育ての中で唯一のこだわりが、「子どもの言動には必ずリアクションを取ること」と書いてありました。何かきっかけがあったんですか?
こじつけではなく、やっぱり芸人は滑ったときの気まずさとか、自分のコメントに周りが何もツッコんでくれなかったときの寂しさを知ってるんで。「この世界は君がしたことに、ちゃんと反応するんだよ」ってことを肌感覚で染み込ませておいてあげたい。
次女(1歳半)にも同じスタンスで接してますが、やっぱり子どもって、「自分がこうしたから、この人はそうしたんだ」っていうのが、もう2、3回も繰り返せば分かる。“ノリ”の理解が早いというか、ちょっとミニコントを作る感覚に似てますね。
ただあんまりベタベタし過ぎるのもなぁと躊躇する気持ちもある。というのも、娘に自分の性質みたいなものが移るのが嫌なんですね。おぞましいというか。僕は、「いえーい!」とか「フー!」とか日常生活では全く言わない人間。そうなって欲しくない(笑)。
長女が幼稚園の頃、他のパパさんたちを観察してたんですが、皆ものすごくひょうきんなんですよね(笑)。こっちは、芸人のくせに、陰気に淡々とビデオを撮ってる。他のパパさんたちは、よそのお子さんにも愛想振りまくんですよ。多分娘は僕のことをつまらない親だなと思ってるかもしれない(笑)。こっちはこっちで、「パパ、ラジオとかではトーク力に定評あるんだよ? 他のパパは楽しいかもしれんけど、面白くはないんだよ? 本当はパパの方が面白いよ?」って心の中でブツブツ言ってる(笑)。