東京の街にあふれる無数の書き込みの表現やタイトルバックのセンスもいい。香取慎吾主演『アノニマス~警視庁“指殺人”対策室~』(テレビ東京 毎週月曜22:00〜)がはじまった。タイトルにふたつの現代的なワードが躍る。「アノニマス」と「指殺人」。

  • 香取慎吾

    香取慎吾

「アノニマス」は匿名という意味で、SNS特有の匿名性を表す言葉でもある。「指殺人」は 指1本でケータイやパソコンの書き込みを通して、人を死に追いやる行為を言う。匿名で、指1本で、リスク少なく他者を殺めていく時代に特化した部署が警視庁に誕生した。指殺人対策室、略して「ゆびたい」。

意義深い最新の仕事であるはずの部署が、なんだか薄暗い倉庫のようなところで、掃き溜めみたいな雰囲気も……。室長・越谷真二郎(勝村政信)はなんだか気のいいおじさんという感じだし、元総務で情報収集が得意だからと配属された菅沼凛々子(MEGUMI)や、若手の碓氷咲良(関水渚)など、なにか最新の部署にふさわしくない、寄せ集めな印象。でもこういう一見ダメそうに見える人達が活躍するのがドラマの常。香取慎吾演じる万丞渉も、元捜査一課の切れ者だったがある事件がもとで「すっかり牙が抜かれた」と噂されている。

しょっぱなの万丞、みごとにやる気が感じられない。支給されたタブレットを使わず、手帳を使うという、アナログ人間なのはいいが、指殺人の捜査にネットを活用しない反抗的な態度。そんなだから、バディを組まされた咲良ともうまくいかない。だがこのようなぎくしゃくした感じもドラマの常である。咲良はやる気に満ちた若手。ネットも当たり前に使う。でも捜査の基本は知らない。万丞とは正反対だからこそ補い合えるいいバディになりそうな予感。

最初の事件は、ひとりのモデルの自殺。ネットでひどい中傷を浴びていた。発端は、テレビの発言を悪意のある切り取りをしてネットに投稿されたこと。投稿元を追跡すると、一見ちゃんとした社会人が浮上してくる。発言の意図からずれた切り取り、そこに無自覚に踊らされる人達、振り回される正義感、暴走する感情、ふだんは社会性のあるように見える人の匿名になった途端の豹変など、いまそこにある問題そのもの。

ゆびたいで唯一期待できそうなハッカー・四宮純一(清水尋也)によって書き込みの出どころなどはすぐに判明するが、情報開示請求だとかそういうことがお役所的でいちいち時間がかかる。そのうち、警察が動いていることによって、他殺じゃないかとまたネットが勝手に想像を膨らませ騒動に。亡くなった女性の母が殺したのではないかという書き込みがネットを賑わせはじめる。

ゆびたいが二次被害を生み出していると、捜査一課の羽鳥賢三(山本耕史)が嫌味を言いにくる。この羽鳥と万丞は因縁がありそうで……。かつて大河ドラマ『新選組!』の近藤勇(香取)、土方歳三(山本)で共演した信頼関係が演技に滲み、見応えがあった。

■諦念と共生する香取の魅力

匿名の誹謗中傷は人の心のなかに秘めたものを吐き出すもので、それは不特定多数の読者の心を刺激して表に出していく。それは苛虐性だったり、ふだん気に病んでいる部分だったり、負の感情の増大で、人間を闇の方向へと導いていく。

万丞は咲良に「強い人間なんていない」と言った。万丞自身がかつて、相棒(シム・ウンギョン)を亡くし、それを自分のせいだと思って苦しんできた。匿名で人を傷つける人間の弱さも、それによって追い詰められる人の弱さも、淡々と見つめているような万丞。香取慎吾が演じるこういうある種の諦念と共生している人物はなぜこんなにも魅力的なのだろう。慎吾ママなどの底抜けに明るいキャラクターとの大きなギャップだろうか。民放ドラマ出演は5年ぶりという香取慎吾だが、その存在感が薄れていない。いやむしろ重みが増しているようでもある。とりたててなにかしないでもそこに立っているだけで画になるのは選ばれたひとのみ。このドラマでは静かにしているけれど、例えば、三谷幸喜の舞台などではいろんなことができるのも見せ、幅も広いのである。

「捜査一課の狼」と呼ばれていたというところに、かつて演じたハードボイルドドラマ『蘇える金狼』を思い出した。万丞も家ではトレーニングしているんだろうか。過去の事件がどのようなものなのか。万丞の過去と「ゆびたい」での事件がなにか関わりがあるのか。謎を多く残す第1話。

なにより、やられた! と思ったのは、モデルの死の真相はなんとなく最初に想像できて、これはネット社会を舞台にした1話完結の推理ものなのかなと思っていたら、ドンデン返しがあったこと。ホラー映画のようなこわさがあった。

いまや、幽霊よりもネットの匿名アカウントのほうがこわいかもしれない。ひとつのアカウントを突き止めても、あちこちからまた沸いてきてキリがない。この限りなく解くことがむずかしい謎と万丞はどう闘うのか。単なるネットあるあるを楽しむだけでなく、ドラマを通してなにかひとつの考え方を提示するドラマになることを期待する。