PC製品を主力とする富士通クライアントコンピューティング(FCCL)は、13.3型ノートPCとして世界最軽量となる「FMV LIFEBOOK UH」シリーズなど、意欲的な製品を市場に投入している。FCCLがレノボグループの一員となって、新たに事業を開始したのは2018年5月2日。FCCLの齋藤邦彰社長は、最初の会見で、新生FCCLがスタートした日を「Day1」とし、約3年後の「Day1000」で進化した姿を報告することを約束した。Day1000は2021年1月25日。この短期連載では、Day1から続くFCCLの歩みを振り返るとともに、Day1000に向けた挑戦を追っていく。

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富士通クライアントコンピューティング(FCCL)の特徴と強みは、日本に本社を置く企業であり、日本で開発し、日本で生産し、日本でユーザーサポートできること。そして日本に根を下ろした強みを生かしながら、海外での事業にも取り組んでおり、Day1000の時点で事業全体の約3分の1を海外が占める。FCCLにとっても、海外事業は重要な意味を持つビジネスだ。

FCCLの海外事業は大きく2つで構成される。

欧州に構築した強固な開発・生産基盤

ひとつは、欧州における法人向けPCおよびワークステーション(WS)の開発・生産だ。開発拠点として、ドイツのアウグスブルグに「FCCL GmbH」を2019年8月に設立。2020年4月1日から120人体制で稼働し、欧州市場を中心とした法人向けPC・WSの開発を行っている。社内には試験設備などを設置し、製品開発だけでなく、欧州地区の生産に関わるサプライチェーンや品質管理といった業務も担う。

  • 2019年12月、FCCL GmbHで行われたオールハンズミーティング

富士通クライアントコンピューティング 執行役員 プロダクトマネジメント本部長の広末庸治氏は、「FCCLは市場の声を聞き、人に寄り添うPCを開発、生産し、市場に提供している。その体制はドイツでも同じ。現地のお客さまの声を聞いて製品化している。今後もこの体制を強化していきたい」と語る。

たとえば、ドイツで開発したデスクトップPCやWSは、メンテナンス性が高い設計となっているのが特徴だ。ケーブルレス設計やモジュール構成を採用しており、交換や増設といった作業が行いやすい。この仕様は欧州で高く評価され、製造業や公共分野など多くのユーザーへの導入実績を持つ。また、PCの起動時に、ユーザー企業のロゴマークを画面に表示したり、管理シールを貼付して出荷したりといったカスタマイズにも対応している。現地のチームが現地の言葉を使って、現地のニーズに対応したモノづくりができる体制を構築しているわけだ。

  • 富士通クライアントコンピューティング 執行役員 プロダクトマネジメント本部長 広末庸治氏(前列中央、前列左はFCCLの齋藤邦彰社長)

一方、PC・WSの生産拠点であるICZ(Inventec Czech Factory)は、隣接するチェコ共和国に設置。2020年3月から稼働させており、年間100万台のデスクトップPCを生産できる体制となっている。良質な労働者を確保しやすい環境によって、品質が高く、コスト競争力を持った生産が可能であり、欧州各国へのデリバリーという点でも有効な立地にある。

ここでは、島根富士通や中国の拠点で生産したマザーボードを利用。立ち上げ時には島根富士通の生産ラインや品質管理の担当者が参加し、現場指導を行うなど、島根富士通が培ってきた生産ノウハウやスピリットを注ぎ込んでいる。BTO対応で生産しており、カスタマイズにも柔軟に対応できるモノづくりが行えるのも特徴だ。

「地産地消のメリットを最大限に生かした生産拠点になっている」(広末執行役員)

  • FCCLの国内生産拠点となる島根富士通

欧州からは離れるが、海外拠点という面では、台湾に開設(2019年9月)した調達機能を持つ拠点がある。ODMや部品メーカーとの連携、日本およびドイツの生産拠点との連携、部品調達などに伴う開発初期段階のサポートなど担当している。FCCLにとっては重要な拠点のひとつだ。

これらの海外拠点はすべて2019年度中に設置されたものであり、FCCLにとって、Day1000までの歩みのなかで重要な投資となっている。

FCCLと欧州の関係

なぜFCCLは、欧州市場において、これだけ強固な開発、生産の基盤を築いたのだろうか。

実は、富士通ブランドのPCは欧州市場で長い歴史を持つ。富士通は1999年4月、独シーメンスAGと50%ずつ出資するジョイントベンチャー、富士通シーメンス・コンピューターズ(FSC)を設立。欧州市場向けにサーバー、ストレージ、PCの開発、生産、販売を行ってきた。20年以上にわたり、欧州でPC事業を推進してきた実績を持つのだ。

もともと10年間の契約でスタートしたこのジョイントベンチャーは、契約満了に伴い、IT分野におけるグローバル戦略を加速したい富士通が2009年4月に全株式を取得し、100%子会社化。社名を富士通テクノロジー・ソリューションズ(FTS)へと変更し、引き続きサーバーやPCの開発、生産を行ってきた。当初は「FUJITSU-SIEMENS」だったブランドも、このときから「FUJITSU」に統一しており、ドイツ国内では法人向けPCブランドとして「FUJITSU」が定着している。

2018年5月にFCCLがレノボとのジョイントベンチャーをスタートした一方で、富士通は構造改革の一貫として、2018年10月にドイツの生産拠点を2020年前半までに閉鎖することを決定。新たにFCCLが主体となって、欧州市場向けPCの開発、生産を行う体制へと移行することになったのだ。

  • ドイツのバイエルン州アウグスブルグにある「FCCL GmbH」

こうした経緯から、ドイツの開発拠点およびチェコの生産拠点が開設されている。注目しておきたいのは、新たなドイツの開発拠点には、これまで勤務していたエンジニアの多くがそのまま残ったことだ。富士通時代の開発拠点も同じアウグスブルグにあったが、アウグスブルグがあるバイエルン州はテックカンパニーが集結していたり、ドイツの自動車産業でも重要な役割を果たす企業が集中していたりする地域。エンジニアが働く場所としても恵まれている。言い換えれば、開発拠点が富士通からFCCLへと移行するタイミングは、エンジニアにとっても様々な選択肢が生まれた機会だった。

結果として、多くのエンジニアがFCCLに残った。「プライドを持って、PCを開発してくれたエンジニアが多かった。その人たちが残ってくれた。これは、FCCLにとって大きな財産であり、心強いことだった」と、広末執行役員は振り返る。

2020年4月1日、FCCL GmbHの稼働にあわせて、FCCLの齋藤邦彰社長は、クラフトマンシップの意味を持つ「匠」の漢字を入れたマグカップをFCCL GmbHの全社員に配った。そして漢字の「絆」を使って、意味を説明。FCCL本社とFCCL GmbHとの結束の強さを示してみせた。広末執行役員は「ドイツと日本がOne R&Dの体制で、開発を推進できる体制が整った」と自信を見せる。

  • FCCL GmbHでスピーチするFCCLの齋藤邦彰社長(写真左)、広末庸治執行役員(写真右)

欧州の開発拠点と生産拠点の開設は、新型コロナウイルスとの戦いでもあった。

「2019年後半までに6割程度の作業は完了した。しかしそれ以降、すべての作業をリモートで行うことになった。日本と欧州の往来ができなくなっただけでなく、一時はドイツとチェコの国境も閉鎖された。若干の遅れは生じたが、ドイツとチェコのチームがそうした困難を乗り越えてくれたことで、立ち上げることができた」(広末執行役員)

新たな拠点の稼働に向けて、現場で中心的な役割を果たしたのが、FCCL GmbHのDieter Heiss社長である。

「方向性で合意していたというだけでなく、人の心がつながっていたことが成功の原動力になった。これまでの長年のつながりがあったからこそ、過去に経験したことがない厳しい環境のなかでも、スムーズな稼働を実現できた」(広末執行役員)

2011年以降、開発体制の一本化に取り組んできたことや、ドイツから日本(神奈川県川崎市)の開発拠点へ出向といった人的交流もプラスになっている。

また、欧州のエンジニアたちが、ウェブ会議システムなどを活用したコミュニケーションに慣れていることも大きかったという。欧州では、上司が違う国にいるのは当たり前だったり、複数の国にまたがって拠点があったり、複数のタイムゾーンを結んで仕事をするということも日常的だ。現地に出向かなくても、効果的なコミュニケーション手法を活用したことは、新たな拠点の稼働を成功に導いた隠れた要素のひとつといえる。このようにFCCLは、新型コロナウイルスが猛威を振るうなかでも、120人規模の開発拠点、年間100万台規模の生産拠点を立ち上げてみせたのだ。

  • ドイツのFCCL GmbHと、日本のFCCLや島根富士通は密接に連携

アジア地域のコンシューマPCビジネス

FCCLにとってもうひとつの海外事業が、アジア地域におけるコンシューマPCビジネスの展開である。2018年5月にスタートした新生FCCLにとって、新規事業といえるものだ。

レノボグループの販売網を活用し、2019年9月から香港での販売をスタート。現在、台湾、シンガポール、マレーシア、タイ、ベトナムにも拡大し、6つの国と地域で展開している。

「FCCLが企画、開発したPCを、アジアのレノボの販売網を通じて現地で販売する新たな事業。プレミアム領域の製品を投入している」(富士通クライアントコンピューティング プロダクトマネジメント本部セールスフロント統括部 神林公統括部長)

  • 富士通クライアントコンピューティング プロダクトマネジメント本部セールスフロント統括部 神林公氏

まずは、世界最軽量を実現したLIFEBOOK UHシリーズを販売。2021年1月からは、スタイリッシュデザインの13.3型モバイルノートPC「LIFEBOOK CHシリーズ」を投入した。

「店頭展示では、レノボのコーナーにFCCLのPCを展示する場所を用意し、レノボの製品ラインナップにおけるプレミアムセグメントの製品という位置づけで展開している。国によってはウェブ販売に注力しているケースもある。各国のセールスが、それぞれの国にあわせた販売を行っている」(神林統括部長)

2019年9月から先行して事業を開始した香港では、2019年10月に1kg未満のノートPCでいきなりトップシェアを獲得(LIFEBOOK UHシリーズ)。4カ月間にわたってトップシェアを維持したという。

  • 香港で店頭に並ぶFMVシリーズ

「アジア各国では、軽さに対するニーズはもともとあったが、中心となっていたのは1kgを切ったレンジ。そこに700g台という圧倒的な軽さのLIFEBOOK UHシリーズを投入したことで、驚きとともに高い評価が集まった。極端に軽いというプレミアムモデルがアジアにはない。香港ではいいスタートを切ることができた。尖ったモバイルPCの提案が受け入れられており、強い手応えを得ている」(神林統括部長)

LIFEBOOK UHシリーズの最軽量というインパクトを訴求するために、ウェブを中心に展開している国でも、今後は実機のタッチポイントを増やすといったの取り組みを加速する考えだ。

各国のサポート窓口は、レノボが担当。FCCLとともに、現地でサポートを行うパートナーとタッグを組んでいる。また、現地のレノボ営業チームと、日本のプロモーションチームが連携した提案も行っており、こうした取り組みにおいても、レノボとFCCLの緊密な関係が生かされている。

  • FCCLがアジアで展開するコンシューマ向けPCのビジネスは、今後のFCCLにおいて成長の柱となる

「海外コンシューマ事業は、FCCLにとってはチャレンジャーの立場。シェアはゼロだが、やれば伸ばせる領域でもある。今後の成長領域としてしっかりとやっていく」(広末執行役員)

「アジア市場には、FCCLが得意とする『薄軽』のニーズがある。日本で生産された製品に対する関心の高さもある。今後は、海外コンシューマ市場向けの製品ラインナップを積極的に増やしたり、新たな国への展開を開始したりといったように、事業拡大に向けた取り組みを強化したい。軽いという領域では、海外でも勝ち続けたい。今後は、ホームユースで使いやすい、インテリアに合っているといった提案にも力を注ぐ。日本で定着しているFMVシリーズのイメージを、アジア市場でも定着させたい」(神林統括部長)

今後の具体的なラインナップ拡充や、アジアのどの国に展開するのかといったことは明らかにしていないが、より広い範囲で、レノボの販売網を活用していく話を進めている。「まずは先行した6カ国で成功事例を作り、その実績をもとに広げたい」という。

FCCLの海外コンシューマ事業は、Day1000までの期間でレノボとの協業体制を立ち上げ、それが一部地域で成果としてあがってきた。事業を拡大するための土台ができあがったともいえる。

「海外コンシューマ事業は、Day1000までは助走段階。Day1000以降は真価が問われる段階に入ってくる。ビジネスとして確立させ、FCCLの成長の一翼を担う事業にしていきたい」(神林統括部長)と意気込む。

日本で開発、生産する強みを、海外コンシューマ市場で生かすことができるか。FCCLにとって、Day1000以降の大きな挑戦となる。