PC製品を主力とする富士通クライアントコンピューティング(FCCL)は、13.3型ノートPCとして世界最軽量となる「FMV LIFEBOOK UH」シリーズなど、意欲的な製品を市場に投入している。FCCLがレノボグループの一員となって、新たに事業を開始したのは2018年5月2日。FCCLの齋藤邦彰社長は、最初の会見で、新生FCCLがスタートした日を「Day1」とし、約3年後の「Day1000」で進化した姿を報告することを約束した。Day1000は2021年1月25日。この短期連載では、Day1から続くFCCLの歩みを振り返るとともに、Day1000に向けた挑戦を追っていく。
富士通クライアントコンピューティング(FCCL)の国内生産拠点となるのが、島根県出雲市にある株式会社島根富士通だ。1990年10月に操業を開始した島根富士通は、2019年5月にPCの累計生産台数が4,000万台を越えた。国内最大の累計生産台数を誇るPC生産拠点となっており、2020年10月には30周年の節目を迎えたところだ。
多くのPCメーカーが海外で生産を行うなか、日本国内において基板実装から組み立てまでの一貫生産体制を確立。高い品質を維持しているのはもちろん、柔軟なカスタマイズ対応や短納期といったメリットを生み出すだけでなく、研究・開発部門との連携、販売・マーケティング部門との連動によって、迅速な製品開発や日本のユーザーに寄り添ったモノづくりを実現している。
FCCLの齋藤邦彰社長は、島根富士通の強みを「匠の技」と表現するが、それは島根富士通の生産ラインで随所に見られる。たとえば、13.3型ノートPCとして世界最軽量の「LIFEBOOK UH-X/E3」は、島根富士通で生産。最軽量のために必要な液晶パネルは、そのまま生産工程に投入するとすぐに割れてしまうほどの薄さだというが、生産現場の様々な工夫によって、量産が可能な仕組みを構築している。また、軽量化とタイピングしやすいキーボードのために、約70本のネジを裏面から固定するという構造においては、LIFEBOOK UH-X/E3専用のネジ締め機を複数台導入。品質の高さと効率性を両立している。
島根富士通の神門明社長は、「世界最軽量のノートPCを量産するために、島根富士通と開発部門がより緊密に連携し、開発部門の工夫によって解決する部分、島根富士通の匠の技で解決できる部分を、高い水準でせめぎ合いながら、量産時の品質向上や生産性向上につなげることができている」とする。
振り返ると、FCCLが世界最軽量の13.3型ノートPCを初めて実現したのは、2017年1月に発売した「LIFEBOOK UH75/B1」。重さは777gだったが、2020年の最新モデル「LIFEBOOK UH-X/E3」は634gと、4年間で143gも軽量化している。
「日本の開発拠点と、日本の生産拠点が緊密に連携して開発、設計を行ったことで、世代を追うごとに作りやすくなっている。初代モデルに比べると量産品質が高まり、さらに、2~3割も短い時間で作れるようになった」(神門明社長)
世界最軽量モデルを量産するという高いハードルをクリアしながらも、品質や生産効率を高めることに成功している点に、島根富士通が持つ「匠の技」の強さを感じる。
そして、FCCLが新規事業創出プロジェクト「Computing for Tomorrow」によって生み出すPC以外のコンピューティング製品についても、島根富士通には生産できる柔軟性がある。FCCLの成長戦略において、国内生産拠点である島根富士通は欠かせない存在だ。
匠の力 + 3つの力
島根富士通には、モノづくりを支える匠の力に加えて、たゆまぬカイゼン(改善)を行う「現場力」、自動化による人と機械の協調生産を行う「技術力」、国内一貫生産によるキメ細かなサービスを実現する「創造力」、この3つの力があるという。そして、さらに強化する姿勢も見せる。
ひとつめの現場力では、スマートモノづくりに向けたデジタル革新を目指す考えだ。
「モノづくりにおけるすべてのデータを収集、分析し、現場をデジタル化することで、データに基づくカイゼンや品質管理を実現する」(神門明社長)
現在、基板実装ラインの自動化率が約90%に達している。一方の組み立てラインでは、協働ロボットの適用や検査工程の自動化などによって、2019年度には30%台だった自動化率を、2020年度中に55%にまで引き上げる計画だ。
たとえば、組み立てラインに自動外観検査機のAVISを導入。12部品26カ所の検査を可能にした。加えてAGV(自動搬送車)の導入などによって、構内物流における自動化率を30%に拡張。今後は、島根富士通で稼働している約700台の設備からデータを収集し、機械学習によるデータ分類・予測・判定を行い、生産性向上や品質向上につなげるという。
「島根富士通では、部品情報や在庫情報、歩行動線、設備ログ、商談情報など、あらゆるデータを活用したスマートなモノづくりを目指す」(神門明社長)
2021年度以降はAIをより積極的に採用し、検査精度の向上や、マルチハンド型ロボットの導入によって、より多くの作業を自動化していく。AIとロボットを活用する場面を広げ、人の判断に頼らない品質保証や、生産性の効率化などを実現するとしている。さらにここでは、熟練者のノウハウをもデータ化し、蓄積することで、人材育成における匠の技術の伝承にも活用する考えだ。
2つめの技術力では、「人とロボットがシームレスに共存する工場」を目指す。島根富士通が長年目指してきた、「人とロボットの協調生産」をさらに進化させた取り組みとなる。
「単純作業はロボット化する一方で、人間はロボットのソフトウェア開発や、新しいコトの創造といったクリエイティブな部分に集中して仕事ができるようにしたい。これまで取り組んできた生産現場における人とロボットの協調に加えて、仕事のすみ分けによる人とロボットの協働範囲の拡大にも努めたい」(神門明社長)
3つめの創造力では、イノベーションから新しいコトを生み出す。島根富士通では、ユーザーのニーズにあわせて、細かなカスタマイズにも柔軟に対応した生産を行えるのが特徴だが、今後はその枠を拡大して、サービスを含めた提案や、サブスクリプションモデルによる提案などにも踏み出す考えだ。ここでは、島根富士通が培ってきたMade In Japanのノウハウをサービス化したり、工場のシェアリングなども視野に入れている。
「島根富士通のすべてをサービス化することで、日本のモノづくりに貢献することも考えたい」(神門社長)
さらに「5つの力」へ
このように、現場力・技術力・創造力という3つを推進力とする島根富士通だが、30周年の節目にあわせて、新たに2つの力を加えたいと神門社長は語る。
そのひとつは、環境の変化に追随する「変動力」だ。これまでの「多品種少量生産」から、一歩進めた「変種変量生産」へのシフトを図る。
「オーダーに応じて、人や設備、レイアウトが自在に可変するフレキシブルでコンパクトな製造ラインの構築を目指す」(神門明社長)
現在でも、月間で8,000品目以上の製品を1台~数万台まで変量させて生産できる体制を確立しているが、これをさらに進化。生産ラインの構成をより柔軟に変更し、需要変動にも対応しやすい環境を作るという。
また、AIを活用した未来予測機能によって、過去のトレンドをもとに未来のオーダーを予測し、在庫の最適化とジャストインタイムの実現を図る。2030年までに、1人当たりの生産性を2倍に高める考えだ。
もうひとつには、逆境を乗り越えて、それを糧にする「逆境力」を掲げる。あらゆる壁を乗り越える、しなやかな力強さを備えることを目指す。
「自然災害など想定外の出来事があったとしても、確実に対応できる新たなBCM(Business Continuity Management)の策定や、それに耐えうる工場インフラの強化に取り組み、持続可能な筋肉質な企業への変革を目指す。
そのためには、人が常に高いモチベーションを持ち、能力を発揮し続けるとともに、ジョブ型やワークシェアリング、テレワークなどのニューノーマルな働き方改革を実践。人や組織、企業がレジリエンスを向上できる力を持つ必要がある」(神門明社長)
島根富士通が目指す「付加価値ある工場」とは
島根富士通は、コロナ禍においても生産を一度も停止することなく稼働を続けている。これも逆境力のひとつといえるだろう。「5つの力が島根富士通の新たな強みになる。これにより、変化に強く、しなやかな工場への進化を目指す」と神門社長は宣言する。
その上で、30周年を迎えた島根富士通は新たなビジョンとして、「お客さまのご要望に、すばやく、柔軟にお応えすること」、「市場に最適なスマートファクトリーへの進化」を掲げたことを明らかにした。
「島根富士通が担う役割は、お客さまが望む豊かで夢のある未来のために、30年間培ってきた匠の技と、人と人をつなぐ絆によって、このビジョンを実現すること。
飛躍的な技術革新によって、デジタル社会が到来することを前提とした場合、島根富士通はどういう工場でありたいのか。目指すべきモノづくりは、デジタル社会をリードするスマートファクトリーであると考えた。生産そのものや工場としての役割において、付加価値を高めていくことが大切になる」(神門明社長)
テレワークや教育現場のPC需要が伸びたとはいえ、今後、国内のPC需要がこれ以上大幅に拡大することはないだろう。また、FCCLがPCの企業からコンピューティングの企業に進化するなかで、島根富士通に求められる役割はさらに広がっていく。そのために必要なのが、現場力、技術力、創造力、変動力、逆境力という5つの力を強化することだ。
「個人のニーズや需要変動に対応し、ダイナミックでフレキシブルに、形を変える工場であること、データを活用して新たな価値創出を目指し、市場のトレンドから顧客が望むコトをいち早く、サービスとして提供する付加価値のある工場を目指す。加えて、人・モノ・設備がつながるだけでなく、世界とつながること、他の工場とつながること、顧客とつながることも、今後の島根富士通にとって重要な要素になる」(神門明社長)
工場としての付加価値を高めていくことには、これまでの枠を超えることも視野に入る。たとえば、島根富士通のなかには、生産からカスタマイズ、修理、保管、廃棄までを提供できる体制が整っている。これらの仕組みを活用して、サブスクリプション型ライフサイクルマネジメントサービスを、島根富士通がワンストップで提供することも可能だ。
こうしてみると、島根富士通は、生産拠点としての役割に加えて、今後はサービスの創出と提供の拠点としての役割も担うことになりそうだ。市場環境の変化とFCCLの成長とともに、島根富士通の戦略的拠点としての役割はますます高まる。