PC製品を主力とする富士通クライアントコンピューティング(FCCL)は、13.3型ノートPCとして世界最軽量となる「FMV LIFEBOOK UH」シリーズなど、意欲的な製品を市場に投入している。FCCLがレノボグループの一員となって、新たに事業を開始したのは2018年5月2日。FCCLの齋藤邦彰社長は、最初の会見で、新生FCCLがスタートした日を「Day1」とし、約3年後の「Day1000」で進化した姿を報告することを約束した。Day1000は2021年1月25日。この短期連載では、Day1から続くFCCLの歩みを振り返るとともに、Day1000に向けた挑戦を追っていく。

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FCCLはDay1000に向けて、2つの方向性を打ち出している。ひとつはPCの正常進化で、祖業であるPC事業をいかに成長させるかというものだ。そしてもうひとつは、これまでにない新たな領域において、FCCLの特徴を生かす製品やサービスの創出である。

後者の取り組みにおいて中核となるのが、新規事業創出プロジェクト「Computing for Tomorrow」(以下、CFT)だ。

CFTは、2016年2月に、富士通の100%子会社としてFCCLがスタートしてから2カ月後の2016年4月に開始したプロジェクト。若手技術者などの自由な発想をもとに、PCやタブレットといった既存製品の枠にとらわれない製品やサービスの創出を目指してきた。目標としたのは、2020年までに新たな柱となるビジネスを確立するということだ。

  • 「Computing for Tomorrow」プロジェクトとは

FCCLの齋藤邦彰社長は、「2020年1月14日にWindows 7のサポートが終了したあと、国内PCの需要は低迷することが予測されていた。結果的には、コロナ禍におけるテレワーク需要やGIGAスクール構想などによって、国内PC市場は大きく落ち込まなかった。一方で、2020年度という節目に向けて、これまでのPC事業とは異なる新たなビジネスを創出し、次代の事業の柱に育てることを目指した」と語る。

齋藤社長はPCメーカーのトップでありながら、「PCがいつまでもコンピューティングの中心にいるわけではない」という考えを持っている。

社名に「コンピュータ」という言葉を使わず、「コンピューティング」としているのも、パーソナルコンピュータのメーカーではなく、より広い範囲をとらえた「コンピューティング」によって、社会に貢献していくという姿勢を反映したからだ。齋藤社長は、CFTを以下のように位置づける。

「日常的にスマホが利用されるようになっているが、このなかにはPCで実現していた機能が数多く取り込まれている。健全な技術革新が行われていることの証しであり、スマホの存在を否定するものではない。むしろ評価している。

しかし、PCにしかできない領域や、PCによるコンピューティングが役に立てる領域を増やしていく必要がある。一方で、PCよりも使いやすいコンピューティング領域や、PCとは違う姿にしたほうが威力を発揮できるコンピューティングといったものが存在する。そこにアプローチしていく取り組みのひとつがCFT」(齋藤社長)|photo_center

  • CFTから生まれた成果のひとつ「クアデルノ」を持つ齋藤社長

FCCLは、富士通のPC事業として展開していた10年以上前から、PC以外のコンピューティング領域へアプローチしていたという。社員から新たなアイデアを募集して発表する機会を設けたり、優秀なアイデアには社内表彰をしたりといったことが行われてきた。ただ、その活動には製品化や事業化を視野に入れた仕組みが構築されていなかったため、ブレインストーミングの範囲に留まっていたのが実情だった。

CFTは、アイデアをアイデアだけで終わらすのではなく、事業化に向けた投資を伴うプロジェクトに位置づけた点が、それまでの取り組みとは大きく異なる。

「例えれば、参加することに意義があるというところから進んで、しっかりとメダルを取ってくることが課せられたプロジェクト。そのために投資を行い、一定期間でリターンを得ることを前提にした」(齋藤社長)

FCCLのCFTは、齋藤社長が全社員に発信した「情熱・やる気のある人募集します」というメッセージから始まった。社員から50以上のアイデアが集まり、3期にわたって各期それぞれ3~4つのアイデアを選出。プロジェクトチームを編成し、新たな事業の開発に取り組んだ。

1チームあたりの参加人員は、5人程度。プロジェクトチームの参加者は半年間ほど現業を離れ、プロジェクト専任で仕事をするという本気の取り組みだ。FCCLが掲げる「人に寄り添うコンピューティング」の実現をテーマに掲げ、毎月、役員にプロジェクトの進捗を報告し、半年ごとに行われる社長出席の会議で評価。そこで開発の継続や中止が決定する仕組みとなっている

2016年から2年間の間に、製品化にまで至ったのは、3つのプロジェクトだ。

エッジコンピュータ「Infini-Brain」

ひとつは、開発中のエッジコンピュータ「Infini-Brain」(開発コードネーム:KEN)である。コンビニエンスストアやスーパーマーケットといった小売店内に設置したカメラの映像をもとに、人の挙動や物の状態を検出。店内の万引き抑止や販売機会の損失低減など活用する目的で開発が進められてきた。

  • エッジコンピュータ「Infini-Brain」

FCCL独自のアーキテクチャーであるブリッジコントローラーを置き、CPUとGPUの双方向通信や、GPU間の双方向通信をシームレスに行えるのが特徴だ。エッジ環境におけるAIの活用など、高速処理が求められる環境に適している。

コロナ禍において小売店向け商談が止まっている状況にあるが、これまでも試作として公開したタワー型筐体の製品としての提案に加えて、富士通製ワークステーションへの搭載や、モジュールとしての製品化などを検討。Infini-Brain向けのSDKを用意し、様々な用途で活用できるソリューション型ビジネスのアプローチにも乗り出そうとしている。当初想定していた小売店での利用以外にも、様々な領域での可能性が期待されるプロダクトだ。

エッジコンピュータ「ESPRIMO Edge Computing Edition」

2つめは、教育分野などで効果を発揮するエッジコンピュータ「ESPRIMO Edge Computing Edition」である。開発コードネームで「MIB(Men in Box)」と呼ばれていた。教室内に設置しておけば、あらかじめサーバーからダウンロードしておいた教育コンテンツを、Wi-Fiを使って生徒のタブレットやPCへと簡単に配信可能だ。ESPRIMO Edge Computing Editionは、2020年6月から国内販売が始まっている(富士通のプレスリリース)。

  • エッジコンピュータ「ESPRIMO Edge Computing Edition」

神奈川県川崎市のFCCL本社でも、社内の情報共有などを目的に利用しており、教育分野以外での利用も見込まれる。

「教育分野以外への用途提案の可能性を感じている」(齋藤社長)

電子ペーパー「クアデルノ」

そして3つめが、電子ペーパー「クアデルノ」である。クアデルノはCFTによるアイデア募集から生まれた製品ではなく、PC以外のビジネス創出という観点で追加された製品だ。10.3型(A5サイズ)と13.3型(A4サイズ)という2種類のディスプレイサイズを用意。手書きによって、メモやノート、スケジュール帳、PDFビューワーなど多様に使える「次世代の文房具」と位置づけるデバイスだ。

  • 電子ペーパー「クアデルノ」

付属のスタイラスペンを使って、本物の紙に書くような自然な書き心地を実現。A5サイズで約251gという軽量化によって、気軽に持ち運べる。テレワークにおいても、ちょっとしたメモにクアデルノを使えるほか、様々な資料を紙に印刷することなく閲覧可能だ。FCCLの齋藤社長自らも、日常の業務にはクアデルノを使用しており、会議のメモ、アイデアなどを書き込んでいるという。

2020年秋、新型コロナウイルスの感染防止対策を徹底して行われた屋外イベントでは、司会者がクアデルノを使用して進行。来場予定者の変更にもクアデルノで情報を共有したり、新たに追加した五線譜テンプレートを使って演奏シーンでもクアデルノが利用されたり、といった例があった。

齋藤社長は、「これまでにも紙に書くようなインタフェースを目指したデバイスはあったが、クアデルノは最も紙に近いデバイスという自負がある。これは、PCやスマホでは実現できないもの」とし、「クアデルノの存在を知らない人はまだ多いが、使った人はクアデルノの機能や便利さに驚く。こういうものが欲しかったという人も多い。屋外イベントで初めて利用した人たちも、ぜひ次回も使いたいと語っている」と、その手応えに自信を見せる。CFTで取り組んだ3つのプロダクトのうち、事業化という点では、最も成果をあげているものだ。

  • クアデルノを日常的に使っているという齋藤社長

  • ステージイベントの司会進行にクアデルノを活用

CFTは第3のフェーズへ

CFTは、2016年4月から2018年3月までを、アイデア創出からモノづくりにつなげる期間とした。2018年4月以降はCFT2020として、2020年度に向けて、上に挙げた3つのプロダクトの事業化に向けた取り組みが行われた。実際に、3つのプロダクトを事業化につなげた点と、これまでのPC事業とは異なる提案が行われた点は、評価できるものだといえよう。

だが、当初の目標通りに、PC需要の落ち込みを補完するビジネスにまで成長させられたかというと、もう少し時間を要することになりそうだ。齋藤社長も、この4年間の成果については「不満がある」と自ら反省する。

先に触れたように、国内PC市場の落ち込みが想定された2020年の国内PC市場は、児童生徒に1人1台のPCを整備するGIGAスクール構想の前倒し需要と、コロナ禍におけるテレワーク需要の増加によって、想定を大きく上回った。その点では、2020年におけるFCCLの業績落ち込みは大きくなかった。しかし仮に、予想外の需要をこの3つのプロダクトで補うことができたかという点から検証してみると、残念ながら答えはノーである。

「PoC(Proof of Concept)までは到達したが、そこに至るまでのスピードと、さらにユーザーの要望に応えるスピードが遅かった」と齋藤社長は振り返る。

得意とするPCでは、スピード感あるモノづくりができても、新たな領域ではスピード感を発揮できなかったというのが率直な反省点だ。新たな領域への挑戦は、どんな企業にとっても大きなハードルであるのは確かだが、齋藤社長は「これを仕方がないで終わらせてはいけない。国内に研究開発、生産部門を持つ強みを、もっと生かさなくてはならない」と、自らに言い聞かせる。

その一方で、社内に新たな効果を生んだ点が、いくつもあったという。ひとつは「引き出し」を増やした点だ。

「いままでにないスピードで世の中が動き、変化をしている。それに対応するために使える引き出しを増やすことができた」(齋藤社長)

たとえば、「ESPRIMO Edge Computing Edition」では筐体の小型化を進め、最も効果的なアンテナの設計やレイアウトを追求したり、ネットワーク機能の使い方まで踏み込んだりした。このノウハウは、今後のデスクトップPCの開発にも生かせる。また、Infini-Brainでは、自らSDKを用意し、顧客への用途提案を行ったが、これもFCCLでは経験がしたことがないものであった。

「こうした経験がエンジニアにとっては自信になり、次の引き出しにしっかりとつながる」(齋藤社長)

また、新たな領域のコンピューティング提案をアイデアで終えるのではなく、PoCまで行ったことで、顧客の反応や市場拡大の可能性性を実感できた点も見逃せない。

「PCの領域であれば、どんなニーズがあるのかがわかる。だが、新たなコンピューティング領域は、自ら体験したり、ユーザーの声を直接聞かないとニーズが理解できない。いまは、めだかのサイズの魚しか泳いでいない池かもしれないが、少し時間が経てば、大きな魚がいるかもしれない。釣る場所までいって、池にどんな魚が泳いでいるのかを見ることができた」(齋藤社長)

  • 今後のCFSから、どんな製品やサービス、事業が生まれるだろうか

エンジニアのマインドが大きく変化したことも効果のひとつだったと語る。

「CFTを通じて、こんなコンピューティングを提案すれば、もっと多くのユーザーに使ってもらえるのではないか、困りごとを解決できるのではないか、人に寄り添うコンピューティングが実現できるのではないかといったように、挑戦する気持ちが生まれた。これがすでにPCづくりにも反映されている」(齋藤社長)

齋藤社長にはかつて、社員のマインドが大きく変化した実体験がある。

それは、FCCLのPCを生産する島根富士通が、トヨタ生産方式を導入したときのことだという。トヨタ生産方式によって、ムダを無くしたり、現地現物主義を導入したり、自働化したりといったことが行われた。齋藤社長が感じたのは、こうした活動の結果、工場で働く従業員全員が、安くて高品質なモノを作るという意識が強まり、工場内に定着してきたことだった。

「TPS(トヨタ生産方式)が、島根富士通で従業員のマインドを変えたように、CFSが研究開発部門のマインドを変えた。難易度が高い取り組みだったが、エンジニアが挑戦を続け、顧客と会話し、欲しいと言ってもらえるところにまで至った。CFTがなかったら、いまの時点で、クライアントコンピューティングという社名を体現できなかったかもしれない」(齋藤社長)

その点では、大きな成果を生んだ4年間だったといっていいかもしれない。アイデアからモノづくりとした2018年度までは第1フェーズ、事業化に向けた2020年度までの第2フェーズが終わったCFTは、2021年度から新たなフェーズに入ると齋藤社長は断言する。

「2020年度の着地をしっかりとやることが前提になる」と、今年度の業績がベースになることを示した上で、「CFTで生まれた3つのプロダクトをPCに続くビジネスにしていく必要がある。より高いところを目指していく。新たなアイデアをもとに、新たなプロダクトを創出していく活動も改めてスタートしたい」と語る。

お蔵入りしているアイデアも数十はあるという。4年前には時期尚早だったアイデアも、いまなら有効というケースもありそうだ。

「発掘する作業と、新たなアイデアの募集、そして、事業化を同時にやっていくフェーズに入る」(齋藤社長)

FCCL社内では、2021年度からの取り組みに関して、「CFT2.0」といった名称が一部で使われて始めているという。「コンピュータ」ではなく、「コンピューティング」という社名を具現化するためにも、CFSで次の一歩が始まろうとしている。