女優・のんが主人公・みつ子を演じる、映画『私をくいとめて』が18日より公開されている。作家・綿矢りさ氏の小説を大九明子監督が実写化した同作は、30歳を越え、脳内の相談役「A」と一緒に平和なおひとりさまライフを過ごしていた黒田みつ子(のん)が、ある日年下の営業マン・多田くん(林遣都)に恋をしてしまうことから始まる異色のラブストーリー。20代の頃のように勇敢になれない自分に戸惑いながらも、一歩前へ踏み出すことにするみつ子の姿が共感を呼び、「第33回東京国際映画祭」(TIFF)の観客賞も受賞するなど、話題を呼んでいる。

綿矢原作×大九監督作品としては、第30回東京国際映画祭コンペティション部門・観客賞をはじめ数々の賞を受賞した『勝手にふるえてろ』(17年)以来2作目のタッグとなった。クスッと笑えるのにどこかひりついた読後感もある綿矢文学と、意外な手法で映像化に持っていく大九監督の相性の良さはすでに証明済。今回は2人にインタビューし、作品について話を聞いた。

  • 映画『私をくいとめて』監督の大九明子、原作の綿矢りさ

    映画『私をくいとめて』監督の大九明子、原作の綿矢りさ

■「自分とリンクするところがあるのかも」

――『勝手にふるえてろ』は私も観て衝撃を受けましたし、すごく話題にもなりましたが、お二人は今回それ以来のタッグとなりますね。

大九:『私をくいとめて』を知ったのが、ちょうど『勝手にふるえてろ』を作っている最中だったんです。みんなが「綿矢さんの新作読みました?」と言っていて。『勝手にふるえてろ』を観てくださった人はこの意味をわかってくださると思うのですが、『私をくいとめて』では脳内に”A”という相談役がいると聞いて、驚きとともに「もしかしたら自分とリンクするところがあるのかもしれない」と嬉しくなったところがあり、「すぐに読まねば」と思いました。手に取った時は映画にするつもりもなく、一読者として楽しく読んでいましたが、ものすごく色に溢れた読書体験で心が持っていかれ、読み終わる頃には「映像でこういうアプローチをしたい」と想像するようになっていました。きっと綿矢さんの作品に映像化のお話はいっぱいあるだろうけど、『勝手にふるえてろ』をやったからには、『私をくいとめて』までやらせていただきたいと思うようになりました。

――大九監督は、綿矢さんの作品をずっと読まれていたんですか?

大九:読んでいました。全然力を入れずに読めるけど、読み終わると「ふ~……」となるようなところがあって、間口の広さから気軽に入ると酷い目に遭う(笑)。

綿矢:(笑) 確かに地味にキツい“あるある”が、時々出てきますね。

大九:ああ疲れた、という(笑)。楽しさもあるし、すごく平易な言葉を使ってるけど、言葉の一つ一つがインテリジェンスに溢れています。

綿矢:私は映画の『勝手にふるえてろ』を観た時、妄想を鮮やかに映像化していただいて、すごく嬉しかったです。大九監督の他の作品を観た時にも、キャラクターに対しての愛情をすごく感じて。たとえば美人だけど男性を見る目がないキャラクターがちょっとダサい携帯電話を持っていたり、独身で品があるのに、自転車をすぐにレッカーで持っていかれてしまうといったことが描かれてるんです。『勝手にふるえてろ』でも、一生懸命生きて働いている都会の女性一人ひとりへの愛情が深く、「こういう人、たしかにいるなあ」という感じがリアルでした。そういった点は『私をくいとめて』でも感じて、自分が書いた時以上に、みつ子という人の正体を知ることができたな、と。「こんな風に部屋で暮らしていて、こんなチャーミングさがあって、1人でかかえ切れないほどの闇があるんやな」という細部がリアル。部屋の小物とか、「ばかばか言ってるよ」という独り言のかわいさとか、細かいところから性格が立ち上って来ると思いました。

大九:いつも、綿矢さんの作品の登場人物を自分の脚本にする時に、ちょっと乱暴者になっちゃうんです(笑)。口調とか……。

綿矢:威勢がいい(笑) 大九監督の会話センスって、小気味良くて、もっと長く喋ってるのを聞きたいなと思う台詞運びだと思います。お互いの距離感とか、楽しくてちょっとはしゃいでる感じが、台詞を通して伝わってくる。

大九:綿矢さんの小説は、読んでいると勝手に自分のものになっちゃうんですよね。読者の皆さんもそうだと思うんですけど、一言一句をそのまま映画にしなくても、勝手に渾然一体となって出てきて、その時にちょっと乱暴になってる(笑)。それがすごいところで、誰しもが「自分の言葉だ」という気になってしまうようなチョイスなんだと思います。難しい美辞麗句でなく、平易な言葉でそう思わせてしまう、すごい人です。

■原作者も驚いた飛行機のシーン

――主人公のみつ子については、それぞれどのような人だととらえられていたんですか?

大九:いたいけな人だなというか、ひりひりしている。自分を一生懸命肯定したくて、「大丈夫だ」と思いたいところがあるんでしょうけど、どこかで冷めた目で「そんなに大丈夫じゃない」ということに気がついているのかな。

綿矢:自分の中の世界が、めちゃくちゃしっかりしてる。他人に理解されるとかは意識せずに、脳内相談役であるAの存在や、「こんなこと考えてる自分はまずいんじゃないか」と思いながらも、諦めや老生があって、普通に働いているけど、自分を大切にしすぎて、ちょっと人と拘れなくなるところまできた……という感じですね。

――綿矢さんの作品では、主人公が綿矢さんと近い年齢でもあると思うのですが、そこは意識されているんですか?

綿矢:自分の経験を生かしたり、感情を乗せたりすると、描く主人公は私よりもちょっとだけ若い人になります。現在進行形の年齢よりも、過去になった年齢を描くと、自分は終わっている段階だから、客観視して書けるのかもしれません。その時に考えている自分が出てくる感覚はあります。

――『勝手にふるえてろ』も『私をくいとめて』も、どこかこじらせた人間がより共感してしまうところがあると思います。それはお二人のタッグの持ち味でもあるのかなと。

大九:自分の中にあるひねくれた性格が影響してるんだと思います。ひねくれた人間が綿矢さんの文学に触れると、ああなっちゃう(笑)。ひねくれたまんまの自分を肯定してくれるので、綿矢さんの世界観に触れて、イヤな気持ちにならない。のびのびと、ひねくれ続けてしまうという感じです。

綿矢:私は、大九監督によって映像化された時にすごく驚くんですよね。『私をくいとめて』では、飛行機に怯えるみつ子が、歌に心を押されるシーンが登場するじゃないですか。あのシーンを観た時は本当に驚いて……もちろん私の中に浮かんでたのはああいう映像じゃなかったけど、すごく伝わってきたし、主人公が抱えているのは恐怖なんだけど、音楽が流れて、幸福な感じ。小説を読んだ時点で、ああいう映像が頭の中に浮かぶんですか?

大九:読んだ時に浮かびます。

綿矢:へえ~! 文章からあんなに鮮やかな映像がすぐに思い浮かぶのは、天性のものがあるから可能なことだと思います。

大九:『私をくいとめて』は色にあふれた世界観だと思いながら読んでいました。みつ子の下着がカラフルだったり、部屋に植物が置いてあったり、読んでる最中に色がスパークしていて、その最高潮が飛行機内の瞬間でした。「君は天然色」(大滝詠一)の歌詞が、そのままフルで出てくるじゃないですか。恐怖の最中で、あの音楽がみつ子を救っていたということに、すごく感動したんです。言葉に、メロディに、歌声に救われたということだと思うんですけど、映像にした時、歌声とメロディは楽曲を乗せたことで成立する。では、言葉は? ということで、ある演出を施しました。シナリオには「ドラえもんの“コエカタマリン”のように」と書いていたら、スタッフがみんな「コエカタマリン、どうします?」と当たり前のように言っていて(笑)。しょっぱい話になっちゃうけど、意外にお金がかかりました(笑)。それでもとにかくあそこは絶対やるんだ、ということでかなり贅沢にやらせてもらいました。

綿矢:あのシーンは象徴的でした。みつ子の困難の乗り越え方を、そのまま映像化していただいて。つらいけど想像して、自分1人で助けを呼ばずに乗り越えてくというシーンなので、本当に感動しました。同時に、そういう風に映像が頭に浮かぶ人がいるんやな、すごいな! と。私にはないことなので、「こう表現されるんだ」とびっくりしました。

大九:やっぱり面白いと感じたところ、映像が浮かんだところを大事にしています。あのシーンは読んでいて、飛行機の中でのみつ子の心の移ろいや、激しい感情の露出が面白かったし、日本人の誰もが知っている松本隆さんによる歌詞がそのまま小説に出てきて、すごく救われた気持ちになったんです。小説でこれをできるなんて、すごい! と思い、あそこを絶対大事に撮ろうと考えていました。どの作品も、衝撃を受けたところを大事にして、そこから逆に組み立てています。

■大九明子
横浜市出身。1997年に映画美学校第1期生となり、1999年『意外と死なない』で映画監督デビュー。以降、『恋するマドリ』(07年)、『東京無印女子物語』(12年)、『でーれーガールズ』(15年)などを手掛け、17年に監督、脚本を務めた『勝手にふるえてろ』では、第30回東京国際映画祭コンペティション部門・観客賞をはじめ数々の賞を受賞。近年の作品として、ドラマ『時効警察はじめました』(19年)、『捨ててよ、安達さん。』『あのコの夢を見たんです。』(20年)、映画『美人が婚活してみたら』(19年)、『甘いお酒でうがい』(20年)などがある。

■綿矢りさ
1984年生まれ、京都府出身。高校在学中の2001年『インストール』で第38回文藝賞を受賞しデビュー。2004年『蹴りたい背中』で第130回芥川賞を受賞。2012年『かわいそうだね?』で第6回大江健三郎賞を受賞。ほかの著書に『夢を与える』『ひらいて』『憤死』『大地のゲーム』『ウォークイン・クローゼット』『手のひらの京』『意識のリボン』『生のみ生のままで』などがあり、『勝手にふるえてろ』は大九明子監督により17年に実写映画化された。

(C)2020『私をくいとめて』製作委員会