アンガラー沈黙の6年はなぜ発生したのか?

まず最初に浮上したのは、製造工場の移転問題である。アンガラーは当初、モスクワにあるフルーニチェフの工場で製造、組み立て、各宇宙基地へ出荷することになっていた。

しかし、ロシア経済が復調し宇宙予算が増える一方で、皮肉なことにモスクワの地価や物価も上がり、その結果アンガラーの製造コストも上がることになった。また、モスクワから極東のヴォストーチュヌィ宇宙基地へロケットを運ぶことを考えると、ほぼロシア連邦を東から西へ横断することになり、輸送コストも問題となった。製造コストと輸送コストの上昇は、そのままロケットの打ち上げコストに影響してしまう。

そこで、ロシア中南部のオムスクにあるポリョートの施設に移転することとなった。オムスクは比較的地価や物価が安く、またヴォストーチュヌィにも近い。しかし、ポリョートの施設はソ連時代に造られたものであり、また過去にロケットは小型機しか製造した経験がなかったため、建物の建て替えや新しい工作機械の導入など、大規模な改修が必要だった。技術者の育成も課題となった。

さらに、この作業は順調には進まず、工事の遅延に始まり、ようやくメイド・イン・オムスクのアンガラーの機体が製造されるも、検査の結果、欠陥品の烙印を押され、打ち上げができないとされた。これはポリョート側の品質管理に問題があったとされる。このため、アンガラーA5の2号機、すなわち今回打ち上げられた機体を含め、今後も6号機までは、引き続きモスクワのフルーニチェフで製造されることとなった。

しかし、フルーニチェフで製造された機体にも品質の問題が発生し、製造工場と試験施設を行ったり来たりという状況が相次いだことで、さらに次号機の打ち上げが遅れることとなった。

くわえて、アンガラー自体にも問題があった。前述のように、アンガラーは脱ウクライナ依存を果たしたロシアの純国産ロケットとなるはずだった。ところが実際には、ロケットエンジンのバルブなどに使うための高圧ヘリウムを入れておくタンクがウクライナ製だったことが発覚。ウクライナ紛争の前から製造が始まっていたアンガラー1.2PPとアンガラーA5の1号機では問題にならなかったものの、その後は入手できなくなったため(もしくは入手ができなくなるリスクを考え)、ポリョートで製造することとなり、その準備でさらに遅れが生じた。

こうした苦難を経て、アンガラーA5の2号機はようやく打ち上げられたのである。

  • アンガラー

    モスクワのフルーニチェフの工場で製造中のアンガラーA5 2号機のURM-1 (C) Roskosmos

終わりなき課題

しかし、これでアンガラーの未来が安泰になったわけではない。

じつは2014年の2回の打ち上げ後、とくにアンガラーA5において、打ち上げ能力が計画より低いという問題が発覚。地球低軌道への打ち上げ能力が計画では24tだったものが、実際には22tしか運べない状態だったという。また、前述の製造・輸送コストの高騰の問題もあって打ち上げコストが約70億ルーブル(約99億円)と高く、商業打ち上げ市場において、米国スペースXの「ファルコン9」ロケット(約64億円)などと戦えないとされた。

さらに2019年9月1日には、ユーリィ・ボリソフ副首相がヴェドモスチ紙のインタビューにおいて、「現在のアンガラーは、国防省などが求める要件を満たしていない」と公言する事態ともなった。

これを受けロスコスモスでは、改良型の「アンガラーA5M」を開発すると発表している。第1段エンジンRD-191の推力を約10%増加させ、機体全体にも手を加え軽量化し、打ち上げ能力を向上。さらにコスト削減も図り、打ち上げコストは約40億ルーブルにまで下がるとしている。初打ち上げは2024年に予定されている。

また、上段に高性能な液体酸素と液体水素を使ったエンジンを載せ、静止軌道、静止トランスファ軌道への打ち上げ能力をさらに高めた「アンガラーA5V」の開発計画もある。

アンガラーの未来はまず、製造工場のオムスクへの移転問題や品質管理の問題を解決できるか、そしてアンガラーA5Mの開発が成功し、打ち上げ能力向上と低コスト化を達成できるかにかかっている。

しかしそれを乗り越えてもなお、国際的な商業打ち上げ市場においては、スペースXのファルコン9などとの戦いが待っている。ファルコン9に比べアンガラーA5の信頼性はないに等しく、コストがほぼ同じになったとしても苦戦を強いられることは必至である。

ロスコスモスのドミートリィ・ロゴージン総裁は、たびたび「商業打ち上げ市場の規模は、宇宙市場全体のたった4%に過ぎない。スペースXや中国などと対抗するための努力を払う価値はなく、シェアを奪還しようとは考えていない」などと語っているが、かつてロシアが安価なロケットで欧米の衛星を打ち上げて外貨を稼いでいたことから考えると、これは負け惜しみであろう。仮に本心だとしても、商業打ち上げ市場で戦えるほど低コストかつ信頼性のあるロケットは、ロシア国内の衛星打ち上げにとっても利益になるため、結局は目指すところは同じになるはずである。

スペースXが低コスト化の鍵のひとつとしているロケットの再使用も、現時点のアンガラーにはできない。「アンガラーA5VM」という再使用化構想もあるが、開発が決定されたわけではなく、決定されたとしても新たに技術開発や資金が必要であり、いまのロシアにとってハードルは高い。

  • アンガラー

    アンガラーA5の打ち上げに際して演説する、ロスコスモスのドミートリィ・ロゴージン総裁 (C) Ministry of Defence of the Russian Federation

さらにロシア国内でも、同じロスコスモス傘下にあるライバル会社RKTsプログレスでは、新しい大型ロケット「ソユーズ5/イルティーシュ」の開発を進めている。アンガラーのようなモジュール式ではないが、アンガラーの一部の構成と打ち上げ能力がかぶるところがあるため、今後どちらの開発が優先されるかによって、アンガラーの将来に影を落とす可能性もある。

とくにロシアの次世代有人宇宙船「アリョール」の打ち上げには、当初アンガラーA5の有人型である「アンガラーA5P」が使われる計画だったが、ここへきてソユーズ5が存在感を増しつつある。もちろんソユーズ5の開発にも不安要素はあるが、アンガラーが足踏みしているうちに横取りされる可能性もあり、そうなればアンガラーの将来はさらに暗くなる。

もっともロシア全体から見れば、打ち上げ能力がかぶるロケットが複数あることは冗長性(バックアップ)の確保という点で意義がある。ただ、複数のロケットを開発し、運用を維持し続けるだけの体力があるかどうかは不透明である。

もし、アンガラーの最強型であるアンガラーA7が開発されれば、ソユーズ5よりもはるかに強力であるため、ロシアにとって唯一無二のロケットとなり、アンガラーの存在価値は上がる。ただ、A7の能力が活かされるのは宇宙ステーションの打ち上げや有人月・火星探査などであり、まずはロシアがそうした計画を立ち上げ、進めるということが大前提となるが、現状ではまだ、新宇宙ステーションも有人月・火星探査も構想のみで、具体的な計画としては立ち上がっていない。

工場移転や打ち上げ能力不足など問題は、時間をかければ解決は可能である。結局のところアンガラーの将来は、ロシアが国としての宇宙開発を今後どう進めていくのかによって決まることになろう。

  • アンガラー

    打ち上げ準備中のアンガラーA5 (C) Ministry of Defence of the Russian Federation

参考文献

https://www.roscosmos.ru/29674/
https://www.roscosmos.ru/28751/
Second mission of the Angara-5 rocket
https://tass.ru/kosmos/8845357
https://www.vedomosti.ru/politics/characters/2019/09/01/810179-vitse-premer-situatsiya-kosmodrome-vostochnii-nas-ne-ustraivaet