“全大会賞金付き”を掲げるeスポーツ大会プラットフォーム「Adictor」がまもなくサービスを開始しようとしている。賞金は大会の優勝者だけでなく、主催者にも提供されるそう。はたしてこのプラットフォームはいったいどんなものなのか? “全大会賞金付き”を実現する仕組みは? そんな気になる部分について、運営会社であるログリーで事業企画部部長を務める藤澤裕人氏に話をうかがった。
「Adictor」でeスポーツのすそ野を広げたい
――まずは、“全大会賞金付き”のeスポーツ大会プラットフォーム「Adictor」を提供するに至った経緯を教えてください。
藤澤裕人氏(以下、藤澤氏):ログリーの収益はアドテク系を中心とした広告事業に支えられています。しかし、アドテク1本であることの不安定さは感じていて、2019年ごろからさまざまな新規事業を手がけるようになりました。この「Adictor」もその流れで生まれた新規事業です。
――なぜeスポーツに着目されたのでしょうか?
藤澤氏:僕は昔からゲームが好きで、ここ数年のeスポーツの盛り上がりに注目していました。事業開発を行う部署へ僕が異動するときに「テクノロジーを組み合わせて新たなサービスを作れるのであれば、好きなことをやっていい」と言われたので、eスポーツをテーマに企画を考えてみたんです。それが採用され、今回の事業化に至りました。
――どういった狙いで企画を考えられたのですか?
藤澤氏:2018年くらいから、大型eスポーツ大会が急激に増えると同時に、Twitterやdiscordなどを通じてユーザー主導の小規模な「ゲーム大会」と呼ぶレベルの試合も増えてきました。大会規模は二極化し、あいだに大きな壁ができています。その両者の溝を「Adictor」で埋められればと思っています。
もう1つ、ゲームで稼げる人が多くないというプレイヤー側の課題もあります。プロとして日本eスポーツ連合(JeSU)に認定されている人は少なく、プレイヤーや配信者として生活できている人もまだごく一部。そのため、プレイヤーが「ゲームで稼げる未来」を作りたいという狙いもありました。
これら2つの課題を解決するのが「Adictor」です。プロeスポーツ選手を目指すゲーマーと、eスポーツを応援したい気持ちを持つ個人や企業のスポンサーを結びつけるのがコンセプト。スポンサーを集めてきたり、それを興行化、エンタメ化する手伝いをしたりしていきたいと思っています。
――ゲームでお金を稼ぐことのすそ野を広げる意味もあっての“全体会賞金付き”なんですね。
藤澤氏:ゲームを職業とするプロ選手を生み出すために何が必要かを、「動機づけ」という面から考えた結果です。僕自身がゲーマーで、賞金付き大会の魅力を知っています。名誉欲を満たすだけでなく、そこに「賞金」が加わることは要素としてかなり大きいのではないかと。
eスポーツで先を行く海外には、eスポーツ向けのプラットフォームがありますが、さすがに全大会に賞金を付けているものはありません。ここが差別化につながるとも考えています。
――ちなみに、「Adictor」という名前の由来は?
藤澤氏:まず、注目を集めるために「a」ではじまる名前を付けたかったという理由がありました。そこで、今の熱狂的なeスポーツプレイヤーを表現しようと「中毒者」の意味を持つ「addict」という単語をもじってつけました。
賞金は各種ギフトカードと交換する仕組み
――プレイヤーや大会主催者はどのような仕組みで賞金を得るのでしょうか。
藤澤氏:AC(Adictor Coin)という「Adictor」内の通貨を扱います。ACは、Amazonギフトカード、iTunesカード、Google Playカードなど、500AC単位でギフト券と交換が可能。実際には、デジコというサービスを介して交換しますが、ユーザーはその点をほとんど意識することはないと思います。ちなみに500ACは500円という換算ですね。
また、大会を主催したり、大会で優勝したりすると、ユーザーの行動に対して経験値「XP」が与えられ、この数値に応じてレベルが上がっていきます。大会参加の条件としてこのレベルを指定することで、上級者、あるいは初心者だけしか参加できない大会を開催することができるわけです。ACもXP大会の規模によってもらえる額を増減させる予定ですが、そのレートは実際にサービスを開始してみて、ユーザーの声を踏まえながら調整していくつもりです。
――選手としての成績と主催者としての経験とを同じ軸で評価すると、プレイヤーの技術で枠を決める際に機能しないのでは?
藤澤氏:まさにその通りで、主催者とプレイヤーそれぞれのレベルをわけるべきか、検討中です。ゆくゆくは経験値とは別に優勝回数をカウントし、これを大会の参加枠制限に利用するなども考えていますが、サービス開始当初は区別する必要はないと思っています。
――どのくらいの賞金規模を想定していますか?
たとえば、参加者60人ぐらいの大会に個人が賞金を出す場合、調査した限りでは1500円くらいが平均のようです。「Adictor」の場合、16名参加の大会を最小規模にするとともに、この優勝賞金の最低額を500ACとして、一定の人数を超えるごとに最低額が上がるテーブルを用意する予定です。
――そのテーブルはどのように設定するのでしょうか。
藤澤氏:大会での成績に応じてもらえるXPや大会規模ごと賞金テーブルは、多くのユーザーに話題にしてほしいという狙いもあって、最初は非公開にするつもりです。それを探り出すことにも、ちょっとした楽しさを味わってもらえるのではないでしょうか?
――なるほど、あえて情報を伏せるのは、話題のきっかけを提供して、コミュニティを活性化させるためなんですね。
藤澤氏:なんでもオープンに可視化されたクリアで行儀のよいものを目指すよりは、コミュニティの猥雑さみたいなものを大事にしたいんです。
現状の対応タイトルは『CoD:Mobile』のみ、その理由は?
――「Adictor」ではどんなゲームタイトルに対応しますか?
藤澤氏:最初は『Call of Duty:Mobile(コール オブ デューティ:モバイル)』(CoD:Mobile)だけに絞ります。
これには理由があって、「Adictor」のような大会プラットフォームに突出した成功例がないのは、タイトルとプレイヤーが複数のプラットフォームに分散してしまっていることが一因としてあると考えています。
たとえば、『CoD:Mobile』の大会に対応していると思ってプラットフォームを訪れたとき、「対応はしているけれど大会が開かれていない」という状況に直面したら、プレイヤーは残念な気持ちを味わいますよね。そうなると、次にいつ訪れてくれるかわかりません。
これは自分がプレイヤーとしていろんなプラットフォームを利用している際に課題だと感じた部分です。『CoD:Mobile』にしか対応していない代わり、常に大会が開催されている状態を目指します。
――ひとつのゲームタイトルに絞ることでプレイヤーのテンションを保ち、コミュニティが分散しないことを狙っているわけですね。『CoD:Mobile』を選んだ理由はなんでしょうか?
藤澤氏:タイトルはいろんな角度から検討しました。ひとつはユーザーの人口がこれから広まっていく可能性があるかどうか。すでにユーザー数が多くてコミュニティが完成されたタイトルは、新規ユーザーの獲得が困難です。そしてもうひとつ、カジュアルユーザーの多さと全体の人口規模の大きさを考えると、スマートフォン用のゲームが適していると考えました。
新規層流入への期待と、カジュアル層からパワーユーザーへと移行する可能性の高さ、それに、運の要素と課金の額がなるべく勝敗に影響しないものとして選んだのが『CoD:Mobile』です。
――ほかの候補にはどんなタイトルがあがりましたか?
藤澤氏:『FORTNITE』や『PUBG MOBILE』などですね。ひと通りやりましたが、個人的にいちばん楽しめたのが『CoD:Mobile』。バトルロイヤルモードとマルチプレイヤーモードが用意されていますが、これらの両モードを備えたタイトルはありませんでした。どちらのモードも完成度が高く、メーカーであるアクティビジョンさんの熱意の高さが遊んでいてわかります。
――『CoD:Mobile』は比較的新しいタイトルですよね。
藤澤氏:やはり、リリースして数年が経過したようなタイトルは上位層に勝ちにくいと思います。リリース元が外資の会社であるためにパイプがなく、唯一、許諾が取れるかどうかが心配でしたが、最終的にはそこも解決し、アクティビジョンさんにも応援していただけることになりました。
――将来的にタイトルを増やす可能性はありますか?
藤澤氏:あります。ただ、タイトルを増やすときは、キャラクターゲーム的なものであるとか、IPとしての色がはっきりしすぎているものは避けるつもりでいます。純粋にゲームの巧さに焦点を当てたいですね。
――今後、タイトルが増える場合は、1シーズン1タイトルで『CoD:Mobile』と入れ替える形にするのでしょうか?
藤澤氏:入れ替えるのではなく、複数のタイトルを並列して取り扱うことになりそうです。『CoD:Mobile』以外は「Adictor」という名前ではなく、タイトルごと、あるいはジャンルごとに「~ for ナニナニ」といったようにプラットフォームを分ける可能性がありますね。いずれにせよ、同じジャンルのゲームをいくつも増やすことはしないつもりです。
――最近は複合ジャンルの作品も増えていますが、そのあたりはどうお考えでしょうか。
藤澤氏:そこが難しいですね。『CoD:Mobile』にしてもバトルロイヤルとチーム戦と2つのマルチプレイがありますし。当初はチーム戦だけを扱うつもりですが、「バトルロイヤルも」という声はあがると予想しています。
――どんなプレイヤーに参加してほしいですか?
藤澤氏:Adictorとしてはしばらくは「1vs1」の対戦を推していきたいと思っています。特に『CoD:Mobile』というゲームは、クランやチームに入るハードルが少し高い印象ですが、「チームやクランに参加していないけれど、とても強い人」というプレイヤーもいるはず。そのようなプレイヤーをはじめ、大会には出たことがないような初心者からYouTubeで名前の知られているスゴ腕プレイヤーまで、幅広いプレイヤーに参加してほしいと思っています。Adictorで名前が知られるようになって、有名なチームにスカウトされたりといった流れが生まれるとうれしいですね。
また、「Adictor」としては、ランキングのトップに君臨するプレイヤー、独自のプレイスタイルを持つカッコいいプレイヤーがヒーロー扱いされるような世界観を作り出していきたいと思っています。もちろん、さまざまなスポンサーが集まってくると、企業イメージにも影響するため、調整は必要にはなると思いますが。
お試し感覚でゲーム大会のスポンサーにもなれる
――スポンサーとして「Adictor」に参加するメリットを教えてください。
藤澤氏:まだ構想段階なので大きく変化する可能性がありますが、スポンサーにはスポットとオーガニックと2つのメニューを用意する予定です。スポットは少額で手軽にスポンサーになれるというもの。一方、オーガニックでは1,000人規模以上の大会を当社側で運用します。こちらは共催を募れるものにする予定です。
一般的な広告動画の場合、小さめの会場で流すようなケースでも、おそらく300万円くらいかかるでしょう。ですが、「Adictor」のスポットでは、1万円くらいからeスポーツという市場に“お試し”感覚で関わることができます。
オーガニックに関しては、メインスポンサーを据えて「~杯」みたいな形での開催を考えています。サブのスポンサーを見つけたり、当日の配信に出演するキャストを探したりと、大会全体の見積りを我々が主導するものになるでしょう。
――スポンサーに参入してもらうためのシステム面での仕組みはありますか?
藤澤氏:ライブ放送ではスポンサー名をしっかりアピールするなど、広告的な面での配慮をきちんと整備します。
また、どんなに小さいスポンサー額でも、その実績が蓄積されていくようにしています。実績の高いスポンサーは少し特別な枠にスポンサー名が表示されるため、より認知されやすくなるでしょう。
――「Adictor」の認知が広がるまでのスポンサー確保はどうされますか?
藤澤氏:軌道に乗るまではログリーがスポンサーとして各大会に賞金をつける予定です。
12月18日と19日にわたり、まずは「WTA Championship #1」という賞金総額50万円の大会を開催します。スポンサーはログリー、主催はeスポーツプレイヤーやストリーマーなどのマネージメント、大会運営を行うCS entertainment様。実況にけーしん氏、解説にちんぷろ氏を招いてYouTubeでのライブ配信も行います。
――スポンサーから見た「Adictor」の魅力はどういったものでしょう?
藤澤氏:大会中はもちろん、その前後あわせて長時間にわたってスポンサー名が露出しますから、スポンサー費用はWeb上の広告費と比較してさほど高くないと考えています。
Webサービスを作って広告で人を集める場合、CPC(Cost Per Click)でひとりあたり50円くらいの送客費用がかかることは珍しくありませんが、それより割安になるはずです。
我々としても、サービス当初に賞金を持ち出しで負担したとしても、いずれサービスが成長すれば、TVCMを打つよりログリーの知名度を上げる高い広告効果を得られるのではないでしょうか。
――どんな企業にスポンサーとして参加してほしいと考えていますか?
藤澤氏:PC周辺機器メーカーなど、ゲームやデジタルなハードウェアに関係するような企業はすでにいろんな大会にスポンサーとして関わっていますよね。
そうではなく、たとえば「社会人になって初めて作るクレジットカード」といったように、若い人に向けたセールスを展開しているカード会社など、デジタルでもゲームでもないけれど、ターゲットとしているユーザー層が重なるような商品やサービスを提供している企業が狙い。デジタルやゲームに直接関係していない企業をいかに巻き込むかで、今後の市場としての広がりが生まれるかどうかが決まると考えています。
――サービス開始当初はログリーとして賞金を提供する予定とのことですが、どう収益を得る計画なのでしょうか?
藤澤氏:ゲーム大会のプラットフォームとしてスタートし、ユーザー基盤を構築するのが当面の目的です。さまざまな企業に大会のスポンサーについていただければ収益も出るでしょうが、そこはあまり重視していません。
目標として考えているのは地方自治体や地方紙、地元テレビ局などとの連携。オンライン予選に「Adictor」を利用していただき、オフラインの決勝を行うといった地方創成という文脈で少し大型の大会などを開催したいですね。
――サービス開始直後は収益性ありきで考えていないということですね。
藤澤氏:商売っ気を出し過ぎると、ユーザーから反発されてしまう可能性もあって、そこを警戒しています。そのためにサイトにバナーを貼ることも控えるつもりです。
夢は「Adictor」で発掘したスゴ腕選手でチームを結成すること
――「Adictor」の公式アンバサダーを任命されるようなことは考えていますか?
藤澤氏:考えてはいますが、選手の好不調に関係してくるうえ、プラットフォームとしての中立性も維持していきたいので、実現するかどうかはわかりません。
「Adictor」は「WINNERS TAKE ALL」というキャッチコピーを掲げています。つまりは、勝者の総取り。2位以下には賞金もありません。そういう意味ではランキングの1位に君臨している人がアンバサダーと言えるかもしれないですね。
――ランキングのポイントは定期的にリセットされたりせず、ずっと累積していくのでしょうか?
藤澤氏:累積を考えています。なるべく早く参加したほうが得であることをアピールしていきたいですね。
――累積だと、どんなに腕を磨こうとも絶対に超えられない差になってしまう可能性もありますね。
藤澤氏:その通りで、難しい部分があることも認識しています。どこかのタイミングでリセットするか、殿堂入りとしてランキング外の存在にするか。状況を見て対応していきたいですね。シーズン制にするのもいいかもしれません。
いずれにせよ、実サービスを開始してユーザーの声を聞きつつ調整していくのがいいかなと。テックカンパニーなので、エンジニアがすごく多く、柔軟に対応できるのが弊社の強みですから。
また、discordに公式のチャンネルを作って、意見がある人はそこで発言してもらうことを考えています。システム的には、いろいろな改変を加えられる余地をたくさん残してあります。機能は足すより削るほうが難しいので、最初は最低限のところからはじめるつもりです。
――そこがほかのサービスとの差別化にもつながりますね。
藤澤氏:先行している既存のサービスが“全体会賞金付き”に移行することはできても、「Adictor」のように、特定のタイトル専門になることはできないはず。そう考えて「Adictor」はタイトルの選定も慎重を期しましたし、少しずつ丁寧にコミュニティへアプローチしてユーザー数を拡げていくことを考えています。
タイトルとタイトルに紐付くユーザーを、とても大事にしていきたいと思っています。最終的には「Adictor」で発掘したeスポーツチームを結成してみたいですね。
――ありがとうございました。