感情が平坦で「自然に笑顔になる」ことがしばらくない。以前ならわくわくしていたような予定が決まっても、気持ちが盛りあがらない。生活のなかでの、「幸福感」がどこかにいってしまった……。新型コロナウイルスの流行による先が見えない不安や、それにともなう生活様式の変化などが影響しているのでしょうか、気分がすぐれず元気が出ないという人が増えています。

そんな人におすすめしたいのが、「食生活の見直し」で元気を取り戻す方法です。管理栄養士で、分子栄養学を専門とする篠塚明日香さんに聞きました。

■「なんだかつまらない」が続くときは、セロトニン不足を疑いたい

「元気が出ない」という状態にも、いろいろなかたちがあると思います。そこで、元気のなさについて、ふたつに分けてみました。

ひとつはよろこびを感じることが減り、なにをしていてもなんだかつまらない状態で、これを「幸せ感がない状態」とします。もうひとつは、なにか取り組まなければならないことがあるのに、集中してそれに入り込んでいくことができないというもので、こちらを「やる気がわいてこない状態」とします。

まず、「幸せ感がない状態」と感じるときには、脳内で「セロトニン」という物質の不足が起きている可能性があります。セロトニンは「幸せホルモン」などと呼ばれることもある物質で、よろこびや快楽、恐怖や驚きといった感情を動かす脳の働きに作用し、精神を安定させてくれている物質です。

これが不足すると、不安感やイライラ感が生まれ、よく眠れなくなることも。すると、どうしても幸せや元気は遠ざかってしまいます。

そんな大事な役割を果たしているセロトニンが正しくつくられる食生活とは、どのようなものでしょうか? それを知るには、セロトニンがどうつくられるのか、その工程を知る必要があります。

■材料となるタンパク質を摂り、それがしっかり吸収される腸をつくる

まず、セロトニンを正しくつくるには、その材料となるものをしっかり身体に摂り入れなければいけません。セロトニンは、タンパク質を細かく分解したアミノ酸の一種である「トリプトファン」からつくられます。

ですので、タンパク質を多く含む食品——たとえば鶏肉や豆腐、納豆やチーズなどを、毎日一定量食べることがセロトニンを増やすことにつながっていきます。

たんぱく量の目安としては、体重が60㎏の人なら、1日に60g程度です。食材にすると、牛ヒレ肉100g、鮭1切、納豆1パック、豆腐半丁、卵1個、それら全部で約60gのタンパク量になります。こう見るとなかなかな量だと思いますが、毎日十分に摂取できていますか?

ただ、人によってはタンパク質を含む食品を口にするだけでは、トリプトファンを確保できないこともあります。わたしたちが口にした食べ物は、胃などで細かく消化(分解)され、小さな分子になってから腸で吸収されます。この過程がスムーズでないと、多くのタンパク質を摂っても、身体のなかに入っていかないのです。

胃に十分な消化能力があるか? 腸で栄養を吸収する力が備わっているか? これらもセロトニンを増やすためには欠かせない条件となります。

とくに重要なのは腸の吸収力で、これは腸内に十分な善玉菌が育っているかに左右されます。栄養素をしっかり吸収できる腸内環境をつくるには、善玉菌を育ちにくくする動物性タンパク質や脂質の摂り過ぎを避けたり、乳酸菌などが含まれる食品を食べたりすることが有効です。

なお、先に摂取量の目安を紹介したタンパク質ですが、実際に心がけてみると、毎日目安をクリアし続けるのはかなり難しいことがわかるはずです。となると、最近よく見かける栄養補助食品やプロテインなどを使いたくなることもありますよね。それはいいのですが、「基本は食事から。足りない部分は補助食品に頼る」というスタンスは守りたいところです。

なぜなら、栄養補助食品やプロテインは、たんぱく質を手軽に補うという点ではとても優れていますが、腸内環境にあまりいい影響を与えない添加物や脂質が含まれる場合も多いからです。わたしが栄養指導をする人のなかにも、「プロテインばかり飲んでいて便秘になった」という人はよくいます。

■鮭や鶏のささみに含まれるビタミンB6がセロトニンを増やす

セロトニンの材料となるタンパク質を摂る。それがしっかり体内に吸収される腸にする。ここまできたらあと一歩です。セロトニンの材料であるトリプトファンは、身体のなかにある酵素という物質の力を借りてセロトニンになります。

トリプトファンを「材料」、セロトニンを「製品」とするなら、酵素は「技術者」。それらにしっかり働いてもらうことが、セロトニンを増やすための3つめのポイントです。

トリプトファンをセロトニンに変える酵素は、人の体内で合成されます。合成された酵素はそれだけではすぐに働ける状態ではありません。鍵穴のように欠けた部分があり、それを補う「補酵素」が鍵穴にはまることで働けるようになるのです。

補酵素は、いうならば技術者にとっての「工具」のような存在で、具体的には「ビタミンやミネラル」がそれにあたります。

トリプトファンをセロトニンに変えるときに必要な補酵素の代表が、「ビタミンB6」です。このビタミンB6を適切に摂取していると、酵素がよく働きセロトニンがしっかりと合成されるようになります。ビタミンB6が多く含まれている食品としては、鮭や鶏のささみ、バナナやさつまいも、ニンニクなどが挙げられます。鮭や鶏のささみはタンパク質も多く含まれているので、セロトニンを増やす際、助けになってくれる食品です。

また、ビタミンB6以外にも、ビタミンD、鉄やマグネシウムなどのミネラルも酵素の働きをよくするので、意識的に摂りたいところです。

■やる気の源「ドーパミン」も、タンパク質とビタミンB6でつくれる

元気がないときのもうひとつのパターン、「やる気がわいてこない状態」ときには、食生活的なアプローチとしてどんなものが考えられるのでしょうか。このとき注目したいのは、「ドーパミン」という脳内物質です。ドーパミンは精神の安定や記憶力、集中力などに深くかかわっており、分泌されることで脳を使った活動のパフォーマンスを上げたり、意欲的な考え方ができたりするようになります。

ドーパミンもセロトニンと同じくタンパク質からつくられ、材料となっているのはチロシンというアミノ酸です。これを酵素の力を借りてドーパミンに変化させているのですが「アミノ酸を酵素の力を借りて変化させる」というのは同じ。先ほど挙げた「タンパク質を含む食品の摂取」+「腸内環境を良好に保つ」+「ビタミンB6の摂取」というパターンで、ドーパミンも増やすことができます。

◆食生活の見直しでメンタルを元気にするためのフロー

[1]トリプトファン/チロシンの元となるたんぱく質を摂取する
[2]栄養素の吸収がよくなる腸内環境をつくる
[3]ビタミンB6を摂取し酵素の働きをよくする
[4]セロトニン/ドーパミンを合成する
[5]「幸せ感」や「やる気」が回復して元気になる

「気持ちの不調」が生じると、自分の頑張りが足りないのではないか? 自分の性格の問題なのではないか? と考え落ち込んでしまう人もいるかと思います。でも、原因はそうしたことではなく、栄養の不足、それにともなう脳内物質の不足が原因である可能性もあると知ってほしいと思っています。

その場合は、誰もが気軽に取り組める食生活の転換で改善できるかもしれません。自分を責めずに、食生活を見つめ直すことで、幸せを取り戻しましょう。

<超簡単! やる気ちょい足しレシピ「しらす納豆」>

しらす:15g
納豆:1パック

体内でトリプトファンとなるタンパク質を多く含む納豆に、ビタミンB6を多く含むしらすを混ぜることで、セロトニンを増やす「幸せ感上昇メニュー」となります。ぜひお試しください。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/秋山健一郎 写真/櫻井健司