アウディ初の市販電気自動車(EV)「e-tron」が日本で発売となった。駆動方式は4輪駆動の「クワトロ」、スタイルはSUVクーペの「スポーツバック」とアウディらしい要素が盛り込まれたe-tronだが、実際に乗っても“らしさ”は感じられるのだろうか。試乗して確かめた。
全幅2m弱も持て余さない車体
e-tronは2018年に米国のサンフランシスコで発表となり、翌2019年にロサンゼルスとEUで販売が始まったクルマだ。アウディ ジャパンが日本に導入したe-tronは「スポーツバック」タイプで、車体後半部分がクーペのような造形となっている。SUVタイプも将来的には日本に導入する予定だ。試乗したのは、2020年9月に日本で発売となった「Audi e-tron Sportsback 55 quattro 1st edition」である。
車体寸法が全長5m弱、全幅が2m弱、全高は1.6m以上と大柄であるにもかかわらず、e-tron スポーツバックは外観の造形によってそれほど大きく見えないうえ、運転しても、車両感覚として大き過ぎて扱いに困るといった印象を受けない。もちろん、絶対的な寸法は間違いなくあるので、車庫入れやすれ違いなどで大きさを実感することはあるはずだ。とはいえ、車線内を運転している間は、クルマが手の内にある印象がある。
実際、山間の屈曲路やリゾート地のペンション街のような狭い道も運転したが、取り回しに困ることはなかった。一方、同じアウディでも最上級車の「A8」は車幅が広く感じられ、常に注意を払わなければならない運転感覚である。それにもかかわらず、A8のほうがe-tronと比べ、わずかではあるが車幅の寸法は狭いのである。
運転席からの視界も含め、またフロントウィンドウやダッシュボードの造形などによる感じ方を含め、e-tron スポーツバックの扱いを負担に思わせない運転のしやすさは、何らかの技術的な気配りによるものではないかと思う。
誘導モーター採用の利点とは
EVは一般的に永久磁石式同期モーターを使うことが多いが、e-tronの前後輪を駆動するのは誘導モーターだ。こうしたモーターはテスラの「モデルS」などでも採用されている。
永久磁石式同期モーターは高性能で小型化が可能であり、より小型の車種を電動化するのに適している一方、高性能磁石にするためには希少金属を使うので、高価になると同時に資源にも限界がある。
誘導モーターは鉄芯に銅線を巻き付けた電磁石を使うので、安価かつ資源も豊富だ。一方でモーター寸法は大きくなりがちだが、e-tron スポーツバックのような大柄なEVなら、それほど大きな課題にはならないはずである。
誘導モーターは電気を流せば磁石になるが、電気を流さなければ単なる銅線であるため、磁力による抵抗が発生しない。クルマの走行でいえば、一定速度で流して走るような場合は、運転者もアクセルから足を離しての操作となるため、電気が流れないので抵抗がなくなり、エネルギー損失を低減できる。これにより、航続可能距離を延ばせるのだ。
EVを市場導入する大きな理由は環境保全だが、そのためには排出ガスを出さないだけでなく、リチウムイオンバッテリーに充電された電気をいかに無駄なく使って移動するかが重要になる。常に磁力を持つ永久磁石を使うより、必要のない時には磁力を発生させない電気磁石のほうが、無駄は省ける。
細かく調節できる回生の効き具合
e-tronはEVとして、充電と回生にも配慮した作りとなっている。
欧州のEVは、全般的に急速充電を重視している。理由は、路上駐車が多いためだ。ことにドイツでは遠出も多く、数百キロメートルの移動の往復を日帰りで行うことも稀ではない。そうした背景から、移動途中で急速充電を効率よく行いたいとの思惑があるのだ。アウトバーンを高速で走れば、バッテリーの電力はたちまち減っていってしまう。
そこでe-tron スポーツバックは、バッテリーパックを水冷式とすることにより、摂氏20~30度に管理することで、走行中の回生と急速充電をしやすくしている。リチウムイオンバッテリーの温度は、高温になっても60~70度とされるが、数百度に及ぶエンジンと異なり外気温度との差が少ないため、冷えにくいという課題がある。温度が高い状態で充電しようとしても、保護制御が働いて充電の量を抑えてしまうので、結果的に充電に要する時間も伸びる。
水冷式による充電のしやすさは、減速時の回生の様子からも感じられた。加速と減速を繰り返す走行状況では、残りの航続可能距離(バッテリーの充電)が減りにくいのである。つまり、それだけ減速時によく回生しているので、加速時に電気を使っても、それをすぐ取り返しているということだ。
回生の強さは、ハンドル裏側のパドルシフト操作で調節できる。大きく分けると「自動」と「手動」があり、自動に設定しておけば、運転支援機能で使うレーダーが走行状況を検知し、回生の強弱を適切に調節しながら滑らかな加減速をもたらしてくれる。手動では回生を「強」「弱」「なし」から自分で選べる。回生を最も強い状態にすれば、アクセルペダルでのワンペダル操作も可能だ(完全停止まではしない)。ただし、自動か手動かはインフォテインメントシステム(ナビなどを表示するモニター)で選択しなければならないため、ショートカットなどを設定しておかないと面倒だ。
とはいえ、ここまで回生をきめ細かく調節できて、回生を使った運転状況をさまざまに使い分けられるEVは、e-tronが初めてだ。フォルクスワーゲングループとしてポルシェと共同開発している部分もあるとのことなので、ポルシェのEV「タイカン」も同様の機能を持っているかもしれない。
是か非か? ドアミラーがカメラに
次は、アウディ初採用の「バーチャルエクステリアミラー」についてである。これは、左右のドアミラーに替えてカメラを装着し、後方の様子を車内の液晶画面に映し出す機能だ。すでにレクサス「ES」と「ホンダe」で採用例がある。
e-tronが国産2車種と異なるのは、カメラ映像を映し出す画面の設置場所だ。ESとホンダeがダッシュボードの左右両端であるのに対し、e-tronは左右のドア内側に設置している。
ダッシュボード上の画面に比べ、ドア内側の画面は確認の際に首を余計に曲げる必要がある。一方で、前方を見て運転しているときは視界に画面が入らず、余計な情報を排除できるという利点がある。
カメラの映像は全てを鮮明に映し出すので、運転には不要な情報まで目に入ってきて、気が散る場合がある。それは、ホンダeに試乗したときにも感じたことだ。
アウディがドアの内側に画面を設置したのは、運転中に余計な神経を使わせない配慮だと気づく。なおかつ、画面を見ようとした際には、側面のガラス窓から外の様子も目に入るので、安心感がある。画像と実際のクルマの脇の情報を同時に確認できるからだ。これは、アウトバーンを時速200キロ以上で運転することも考慮したドイツ車ならではの発想だし、安全運転の基本が何であるかを熟知した新技術の採用であると思われる。
以上のように、e-tron スポーツバックからは、技術の特徴を深く理解し、適切に取り入れ、最上のEVを目指したアウディの心意気が感じられた。「技術による先進」の神髄を見た思いだ。