前回、キリンビールの仕事のウラガワについてや、大ヒットする商品の違いについてなどお話を聞いてきた。今回は数あるヒット商品のなかでも特に愛されている商品「本麒麟」について、ブランドリーダーとして活躍する永井勝也さんにいろいろとお話を聞いてきた。
昨今、若者のビール離れなどの影響からビール業界の売れ行きが伸び悩むなか、「本麒麟」は右肩上がりに売り上げを伸ばし、若者からも多くの支持を集めているという。そんな大ヒット商品のウラガワにはどういったストーリーがあるのだろうか。
■「本当に成功するの? 」周りからの目
―― 「本麒麟」が生まれるまでには、一体どのような背景があったのでしょうか?
実はいわゆるビールらしさを追求した「麦系新ジャンル商品」では、定着しなかったんです。しかもそれにあたる開発費は、ブランドによっては数十億ものお金が使われています。そんななか、社内では次回作に対して「本当に成功するの? 」といった不安感が持たれている状況でした。
そんななかで「絶対に失敗しない」という信念を持って研究・開発されたのが「本麒麟」です。こういった状況下でもありましたし、「本麒麟」ではどういった商品にしていくかという「コンセプト」に対して非常に長い時間がかかっています。
―― なるほど。
「ジャンルを超えてビールに負けないうまさを味わえる最高品質デイリービール(新ジャンル)」を目指して、「本麒麟」の開発を進めていきました。
■トマトジュースでもワインでもない、「本麒麟」の"赤"
―― 真っ赤なラベルデザインは、かなり印象的だなと感じます。
パッケージカラーにはコーポレートカラーである「赤」を採用しました。「赤を見たら「本麒麟」を思い浮かべるように」をテーマに、さまざまなデザインを考えていきました。
―― コーポレートカラーというと、大胆に出たな! なんて思ってしまいますね。
これ、おっしゃるとおり結構な挑戦で、「コーポレートカラーであること」以外にも商品名に「麒麟」を背負うことや、弊社内の主力ブランドの多くに採用されている「線対称にロゴを配置する正統感あるデザイン」をラベルに施していることなどがありまして。とにかく絶対に失敗できないものであったと同時に、絶対的な自信を持って販売した商品なんですよ。
―― それはかなり本気を感じますね。「本麒麟」だけに(笑)。
そうですね(笑)。しかもこのラベルの赤、かなりの工夫がされてるんですよ。「赤」といっても、原色に近い赤を利用してしまうと「トマトジュース」に、深みを出しすぎると「ワイン」に見えてしまうんですよね。
―― 確かに。
なので、色味と質感にはかなりこだわっています。質感にしても、マットにすると美味しくなさそうに見えてしまうんですよ。他社ヒット商品を研究すると、マット素材を活用した高級感のあるデザインなどもあったのですが、「本麒麟」の赤ではそうはいきませんでした。
そこで最終的なデザインでは、アルミ缶の色を拾って光沢感を与えられるよう、赤色を透過して、キラリと光る形で落ち着きました。
■20代は「本当に美味しいもの」しか手に取らない
―― キリンビールでは開発段階からお客様の意見を聞くとおっしゃっていましたが、「本麒麟」ではどういった人から意見を聞いていたのですか?
開発当初は、発泡酒や新ジャンルの登場をリアルタイムで経験している40代前後の「ビールの歴史を知っているユーザー」をメインターゲットにおき、「この商品が販売されたらどう思うのか? 」「購入したいと思うのか? 」など、具体的な感想をヒアリングして、商品に反映させていきました。
―― 今では20代や30代からも飲まれる商品になったとうかがいました。
そうなんです。開発当初はメインターゲットとしていなかったのですが、今では多くの若者からも支持を得ています。理由のひとつには「口コミ」が大きな影響を与えていると感じています。
20、30代といった若い人たちは、「ビール」「発泡酒」「新ジャンル」といったジャンルへの偏見がなく、「本当に美味しいと感じたもの」しか手に取らない傾向にあります。リアルな口コミや、好きな著名人が美味しいといって飲んでいるといったことから、商品を手に取ってくれるということが分かったんです。
そこでSNSでのPRに注力し、「◯◯さんが美味しいといっているから試してみよう」といったことが説得力につながるような著名人の起用などにも力を入れていきました。
―― ターゲットに合わせたPRをしていったんですね。
ほかにも、リアルタイムにCMで流れているものを手に取れる空間を作るべく、数万店の店頭と広告をリンクさせられるようにお店とのコミュニケーションを重視しました。
―― 数万店、それは凄いですね。
■お客様にとって1番の商品を造ること
―― 「本麒麟」を開発するなかで、最も大変だと感じたことは?
開発のなかで1番大変だったことは「中味」ですかね。「長期低温熟成」を全国の工場で造ることが最も難しい課題でした。
商品を販売していくなかで「いかに生産性を上げていくか」が目標のひとつとなります。そこで、時間がかかってしまう「長期低温熟成」は大きな課題でした。美味しいものを造るための工程として非常に重要なポイントなのですが、キリンビール自体の生産性は下がってしまう。お客様が喜ぶことがキリンビールの喜ぶことではなかったんですよね。
しかしキリンビールが目指すのは「お客様が1番美味しいと思ってもらえるビール類を生み出すこと」。そういったジレンマが生まれてしまったのです。
―― なるほど。
お客様を1番に考えた結果として「長期低温熟成」を採用し販売をはじめました。結果として、売れすぎて製造が間に合わなくなった時期もあったのですが、それを乗り越えたからこそ今の商品があると感じています。
―― お客様を思う心が、「本麒麟」を生んだのですね。
■売れる瞬間に立ち会える喜び
―― 「本麒麟」のチームとして仕事をするなかで、最も嬉しいと感じた出来事を教えて下さい。
キリンビールでは商品の販売開始当日、開発担当が店舗で品出しに同席するんですよ。そこで並べていくそばから「本麒麟」が手に取られていくのを目にしたときは、本当に嬉しかったです。
―― それは感動してしまいそうですね。
売れない商品の場合はそんなこと全くなくて、その場で他のメンバーに問い詰められることもあったりするんですよ。「なんでこの商品なんですかね? 」なんて。なので余計にぐっと来ました。
■働く上で大切な「誠実さ」と「行動力」
―― 永井さんが働く上で大切だと感じることは何でしょう?
キリングループの共通の価値観としても掲げている「誠実さ」そして「情熱」「行動力」が非常に大切だと感じています。やりたいことが明確で、それに対して「純粋に向き合える」人、未経験で自信のないことに対しても熱意を持って「自分から一歩踏み出せる」人は、結果的に多くの人を巻き込める人だと感じています。
働くなかでスキルが伴わない場合や経験がない場合でも、やりたいことはみんなあると思うんですよね。または一生懸命目の前のことに向き合うなかで見つかることもある。しかしそんななかでも「やりたい」と思っていることを胸に果敢に動ける人、チャレンジできる人は凄いなと。結果多くの人がその熱い思いに応えてくれているなと感じています。
上司やトップに対してこびている人よりも、そういった人のほうが大きく成長していくと思います。
―― ありがとうございます。
酒税法の改正で第3のビール(新ジャンル)にとっては向かい風のなかでも、満足できる美味しさを提供するべく日々チーム一丸となり開発に努める永井さん。「うまさで評価される商品なのでぜひ手にとってほしい」と熱い思いを語ってくれた。
まもなく定時を迎える私も、帰り道に「本麒麟」を手に取り、その美味しさを体感したいと思う。