つがるブランド推進会議は、つがる市産メロンを通年において提供することを目指し、メロン水耕栽培に関する実証実験を開始した。実験は2020年7月31日から2021年3月31日にかけて行われる。メロン水耕栽培とはどのようなものなのか、つがるブランド推進会議に話を聞いた。

  • つがる市にある実証試験施設とつがるブランド推進会議の台丸谷承瑩氏

メロンのブランド化を目指すつがる市

メロンの平成30年・市町村別農業産出額(売上額)で全国第4位を誇る青森県つがる市は、2019年7月7日、つがるブランドの1つであるメロンに特化した日本初のメロン専門工房「果房 メロンとロマン」を東京都新宿区神楽坂でオープンした。このアンテナショップでは、つがる市のメロンを使ったオリジナルメニューをカフェおよびテイクアウトで提供している。

だが、つがる市では、年1回しかメロンを栽培できないため、農家は冬季に収入を得ることができない。農家の収入を安定させるためにも、メロンの通年栽培を実現することは、つがる市の大きな課題となっていた。

そんな中、2009年に東京都町田市の町田商工会議所と協力10企業と連携してスタートさせたのが、独自の養液栽培技術によるメロン水耕栽培だ。2015年には「まちだシルクメロン」として販売をスタートしている。

つがる市のつがるブランド推進会議は、この養液栽培技術によるメロン栽培に目を付けた。だが、町田市とつがる市では環境が異なり、そのノウハウをそのまま転用できるとは限らない。そこで最先端のIoT技術を持つNTT東日本の機器を導入し、つがる市でのメロン水耕栽培の研究を開始した、というのが今回の実証試験の背景となる。

  • ぶどうのように立体的に育成される、メロンの水耕栽培

一般的なメロン栽培と水耕栽培の違い

では、養液栽培技術によるメロン水耕栽培とは、従来のメロン栽培とどのように違うのだろうか。つがるブランド推進会議の一員としてこの研究を行っている、つがる市役所 経済部 地域ブランド対策室 主事を務める台丸谷承瑩氏は、始めに実験場所である「つがる市柏ガラス温室」について説明する。

「この温室では、種をまいて苗を作るための播種槽が1基、苗を移植して大きく育てるための栽培槽を4基備えています。室内の温度を温泉の熱を利用した暖房システムで一定に保っており、また少ない日照時間を補うための補光器も備えています」(台丸谷氏)。

  • 種をまいて、苗を育成する播種槽

  • 苗を定植させ、実がなるまで育てる栽培槽

  • 温泉の熱を利用した暖房システムで温室を温める

つがる市は北緯40度48分に位置する寒冷な土地柄であり、また冬の日本海側は日照時間が少なく、メロンが十分に育成できるかわからない。つがる市でメロンの水耕栽培を行うための環境を検証する施設が「つがる市柏ガラス温室」だ。続いて台丸谷氏は、水耕栽培の特長について話す。

「まず始めに、培養液で満たした播種槽に種をまいて、1~2週間程度、育苗を行います。それを栽培槽に定植させ、播種後、1~1.5ヶ月程度で交配、交配から43~55日程度で収穫となります。これらの技術は町田市のまちだシルク農園さんが開発したもので、養液を中心から出して4隅に流すことで、全体にまんべんなく養液が広がります。メロンの根が効率よく栄養を吸い上げることができるため、通常の栽培方法よりも早く成長するのです」(台丸谷氏)。

  • 培養液で満たされた栽培槽

  • 槽の中にはびっしりとメロンが根を張っている

水耕栽培を行うことで、つがる市では年3回収穫が可能になるという。また、町田市では1株から60個以上のメロンを収穫できているそうだ。つがる市で栽培しているメロンは、1株から3~4個程度が通常の収穫量なので、非常に魅力的な栽培方法といえる。ただし、柏ガラス温室は面積が狭いため、当面は1株から20~30個を目標としているという。

  • 培養液はポンプによって各槽に送られる

「冬の日本海側はどうしても日照時間が足りないので、この温室ではそれを補うための補光器具も備えています。現在はまちだシルク農園さんと同じように育てており、このままいけば1株から25個程度のメロンが収穫できそうです。糖度も収穫の基準を満たす12度よりも高く、すでにいくつかは収穫しました」(台丸谷氏)。

  • 水耕栽培によって育ったマスクメロン

  • マスクメロンも順調に大きさを増している

水耕栽培を支えるNTT東日本のスマート農業技術

このメロン水耕栽培を陰から支えているのが、NTT東日本のスマート農業技術だ。IoTセンサー装置を用いて、温室内の温度、湿度、日射量、水温、二酸化炭素濃度などのさまざまなデータを測定し、栽培環境を可視化している。これらのデータは、アプリでいつでも見ることができ、異常や災害発生時には自動でメールや電話で通知も行われるそうだ。NTT東日本からもたらされるこれらのデータによって、例えば「メロンが実をつけるときの温度」といったさまざまな情報を得ることができるという。

  • 温室の中央に設置された各種センサーと通信機器

交配作業などでどうしても人の手は必要だが、さまざまな自動化によって基本的に常駐の管理人1名で温室を管理できるそうだ。

  • 停電通報装置とWi-Fiのアクセスポイント

さらに、温室内にはネットワークカメラも2基設置されている。これはメロンの生育状況を視覚情報として得られるだけでなく、防犯システムとしても役立っているそうだ。温室内でなにか異常を検知するとアラート通知を行うことで、作物や機器の盗難や破損といった経済損失等を防止してくれるという。

  • 温室内の2カ所に設置されたネットワークカメラ

  • センサーから得られる情報はスマホから常時監視可能

  • ネットワークカメラは防犯にも役立てられている

同時に、補光器の光源による生育速度の違いについても実験が進められている。温室内には蛍光灯、LED照明、メタルハライドランプの3種が取り付けられており、カーテンで仕切ることで決められた補光器の明かりだけをメロンに当てることができる。将来的に補光器を使用する際、どの照明がもっとも効率よくメロンを育てられるか。これはつがる市にとって重要な観点といえる。

  • メロンの上には蛍光灯、LED照明、メタルハライドの3種の照明を設置

  • それぞれの光源を決まった時間だけ照射し生育について比較している

農業のイメージを変える水耕栽培

まだまだ実証実験は始まったばかりだが、メロン水耕栽培はつがるの農業に新たな光をもたらそうとしている。台丸谷氏は実験を通して感じたことを次のように述べた。

「この実証実験を行っている最大の理由は、農家の冬場の所得確保です。ですが実際にスタートさせて、他にもさまざまな魅力があると感じました。例えば従来よりも狭いスペースで、多くの収穫を得ることができます。また冬場のメロンは珍しいので、高値での取り引きが予想されます。さらに、水耕栽培では土を使いませんので、汚れることもありません。これらは農業のイメージを変える力があると思っていて、新規就農者の増加にもつながるのではないかと期待しています」(台丸谷氏)。

最後に、つがる市とともにメロン水耕栽培を推し進めるNTT東日本 青森支店 ビジネスイノベーション部 テクニカルソリューション担当 担当課長の熊野直人氏は、このプロジェクトにかける思いを次のように語った。

「NTT東日本は、ICTソリューション企業として地域の皆様を全力でサポートし、ともに発展していくことが大切だと考えております。地域を活性化していくための方法は地域ごとにそれぞれ異なると感じていますが、つがる市さまではつがる市産メロンをメロン生産の最盛期となる7月から9月以外の時期に収穫できるような新たな栽培方法の研究をおこなっており、そのお手伝いすることで地域の活性化に繋がればと願っております」(熊野氏)。