世界遺産に登録されている日光の社寺を含む、日本有数の観光都市として知られる栃木県・日光市が、NTT東日本 栃木支店の協力のもと「日光市ワーケーション実証事業」を行っている。
テレワークの普及に伴い、同市の地域特性を活かした新たな観光資源として期待されているワーケーション。これからの取り組みについて日光市役所に話を伺った。
観光産業の復興を目指したワーケーション事業
日光市では、かねてより質の高い県民サービスを提供するためICT利活用を推進している。昨年より業務を開始した新庁舎では、デジタルサイネージの採用や議会等におけるWi-Fiの整備が行われた。現在は全庁的なペーパーレス化や、市内全域に張り巡らせた光ファイバーの活用促進などを実施している。
さらに、行政改革を進めるうえでRPAやOCRなどの導入が必要と考え、2019年には諸課題を民間企業と協働する事で解決を目指す「日光市と民間企業等との協働に関する提案募集制度」の運用を開始し、NTT東日本と連携協定を締結した。来年度からは、Society 5.0で実現する社会に向け、市民がスマホを積極的利用する状況作りや、キャッシュレス決済の推進を行っていくという。
そんな同市が、NTT東日本とともに進めているのがワーケーション事業だ。ワーケーション(Workation)とは、仕事(Work)と休暇(Vacation)とをかけあわせた造語で、観光地やリゾート地でテレワークを活用して、働きながら休暇を取る過ごし方を指す。メリハリのある働き方によってワークライフバランスの実現を目指すもので、働き方改革の1つといえる。
第一歩として日光市役所 企画総務部 総合政策課は、NTT東日本 栃木支店とともにワーケーションの実践と今後の利用促進に向けた課題抽出を計画。8月27日~28日にNTT東日本の社員や栃木県および日光市の職員を中禅寺金谷ホテルへ派遣し、トライアルとして第1回の実証実験を行った。
同課課長の鈴木和仁氏、係長の吉田秀之氏、副主幹の大塚正氏にその背景について伺っていきたい。
コロナ禍で大きな影響を受けた日光市の観光事業
「新型コロナウイルスの流行によって、日光市の観光事業は大打撃を受けています。Go To トラベル事業等を受けて徐々に観光客も戻ってきてはいますが、今のところ日帰りが多く、宿泊に結び付いていません」(鈴木 氏)。
総合政策課の課長を務める鈴木和仁氏は、日光市における観光業の現状をこのように述べる。同市がワーケーション事業を初めたきっかけは、この新型コロナウイルスの影響と、それによって全市区町村に交付された地方創生臨時交付金にあったという。
「日光市は、働き方改革やコロナ禍によって労働に対する考え方が変わってきている中で、さまざまなニーズに答えられるような観光地づくりを行わねばならないと考えていました。ですが閑散期の平日における集客は、企業さまの考え方に強く左右されます。このような話をNTT東日本さんとしていたところ、今回の実証実験の話につながったのです」(鈴木 氏)。
ワーケーションの狙いは観光だけではない。日光市では、平日の誘客を通して日光市へ移住してくる人を増やすことも副次的な目標としているという。そのために、居住地としての日光市の魅力もあわせて伝えたいという思いがある。とはいえ、いまはまだワーケーションという新しい日常の在り方を提案している段階だ。
「ワーケーションへの興味の声は、すでにいろいろな企業さんからいただいています。ただし企業の福利厚生に大きく影響してくるため、実際の内容についてお話しすると『なかなか難しい』という感想を頂くことが多いですね」(鈴木 氏)。
「ワーケーションといっても、今はまだイメージがつかめない方が多いと思います。いまは中身として何をやっているのか、周知を進めているところです。まずは企業の要望と実利用における課題をしっかりと抽出していかねばならないでしょう」(NTT東日本 栃木支店)。
実証実験から見えたワーケーションの課題と目標
こうして8月27日~28日、中禅寺金谷ホテルでワーケーション事業の実証実験が実施されることになった。まずは実際にワーケーションを行ってみて、各自治体の今後の方向性を定めることが狙いとなる。
「ワーケーションではさまざまな意見が出ました。例えば『日光市は夜に遊べるところがあまりないが、それが逆にワーケーションでは魅力なのではないか』『首都圏からアクセスしやすい位置にあるため、学習的な要素を入れてみてはどうか』『家族層を呼び込むためには充実した育児環境も必要』といったものです」(鈴木 氏)。
「日光市は非常に広域な自治体ですので、観光といっても移動に時間がかかってしまい、仕事との切り分けが難しいという課題もあります。宿泊と観光をうまく融合させたコンテンツをどう用意するかが重要な観点になると思います」(大塚 氏)。
一方、NTT東日本 栃木支店に求められたのは、企業や働く人の立場から見た課題抽出、そして旅館における通信設備やセキュリティといったICT面での見識だ。
「我々は実証実験の第1号として宿泊させていただきまして、実際に10名ほどでテレビ会議などのリモートワークを行いました。一般的なリモートワークであればすでに実践されている企業様も多いと思いますが、ワーケーションという形での派遣はいまのところあまり例がありません。トライアルでの実利用を通して費用面などの課題抽出を行い、今後の展開に役立てたいと思いました」(NTT東日本 栃木支店)。
NTT東日本 栃木支店は、人数、宿泊者数が増えた際のホテル側の通信環境の整備をワーケーションの第1の課題として挙げる。またホテル側には「リラックスするための環境」だけではなく、「仕事をするための環境整備」という視点も必要になってくるだろうと話した。さらに第2の課題として企業側の勤怠管理を挙げ、NTT東日本がそのためのシステム作りを行い、ワーケーションを利用しやすい環境を作っていきたいと述べた。
日光市が目指す観光地需要の平準化
今回の実証実験は各方面にも影響を与えている。栃木県はこの実証実験に同調するような形で、9月末にワーケーションに対して予算を計上した。また環境省も興味を示しており、これから行われる勉強会には、栃木県や環境省の関係者も参加する予定だという。今後、ワーケーションの取り組みは日光市を超え、より広い範囲に波及していく兆しを見せている。
「ワーケーションは、観光客が込み合う土日祝日にやるものではありません。やはり企業における働き方も考えたうえで、平日に楽しむスタイルを定着させなければならないでしょう」(吉田 氏)。
「観光地は一定の時期に利益が集中しがちですが、これを平準化し、将来的には年間を通じて観光客のみなさまを楽しませられるような体制を作りたいと考えています。そのためにもNTT東日本さんと力を合わせて積極的なチャレンジを続けたいと思います」(鈴木 氏)。
ワーケーションという新しい働き方、そしてワークライフバランスの実現に向けて第一歩を踏み出した日光市。国内でも有数の観光都市である同市の取り組みは、企業、そして他の観光地にも大きな指針の1つとなりそうだ。