アドビの年次クリエイティブカンファレンス「Adobe MAX 2020」。例年は米国でリアルイベントを開催後、世界各地で現地イベントが展開されるが、2020年は新型コロナウイルス感染防止の観点から実施を取りやめ、2020年10月20日~22日にかけて、全世界同時でオンライン開催している。イベント参加費が必要だった例年と異なり、キーノートや各セッションの視聴は無料のため、参加のハードルはぐっと下がった。
開催形式こそ変化したが、Adobe Creative Cloudの最新アップデートがおひろめされる機会ということは変わりない。本稿では2020年10月21日、日本の参加者に向けて行われたキーノートの様子をダイジェストでお届けする。
目玉はやはりiPad版Illustrator
日本版キーノートには、米アドビのCreative Cloud担当エグゼクティブバイスプレジデント兼CPOであるScott Belsky氏が登壇した。日本語字幕を追加した米国発のコンテンツのほか、YouTubeクリエイターとして活躍するHIKAKIN氏や、元AKB48の小嶋陽菜氏など、日本独自のゲストを招待したブレイクアウトセッションが展開される。
Belsky氏は日本の各製品担当のエヴァンジェリストたちとともに、2020年のアップデートを解説していく。やはり2020年の目玉といえば、IllustratorのiPad版だ。
Illustratorの系列アプリはこれまでにもあったが、ベクター描画とレイヤー機能を備え、Apple Pencilでの操作に対応、デスクトップ版とシームレスに連携するIllustratorアプリのリリースは、まさにクリエイターが待ちわびていたもの。実際、予定より早くApp Storeで公開された折には、いち早く試そうとする期待の声がSNSにあふれていた。
エヴァンジェリスト・岩本崇氏のiPad版Illustratorのデモンストレーションでは、高機能である一方で、デザイン初心者には取っつきづらかったIllustratorが、iPad版では非常にシンプルなインターフェースになり、直感的に使えることがアピールされた。
Microsoft Teamsにも対応、クリエイターのチーム作業を支援
冒頭、Belsky氏はクリエイティブの現場のチームワークについて言及し、日本での好例として、ソニーの取り組みを公開した。ソニー クリエイティブセンター エクスペリエンスデザイングループ チーフアートディレクターの赤川聰氏が、UI/UXデザインツール「Adobe XD」を活用したことで、ディレクターとデザイナーのやりとりが効率化でき、成果物のクオリティ向上やチームの士気醸成にも寄与したと語った。
また、ハローキティなどのキャラクターを展開するサンリオが、テーマパークのサンリオピューロランドの設計に、IllustratorのiPad版を活用しているという。現場を撮った写真に対して、iPad版Illustratorで直接ラフを描き、データをデスクトップ版Illustratorに持ち込んで、本作業までを一貫してデジタル化するワークフローを実現。iPad版の新機能であるリピート機能でパターンを作ると、複雑な装飾デザインが簡単に作成できて重宝しているとのことだ。
国内企業の事例と関連する話題として、一部のアプリ間でのみ対応していた「Creative Cloudライブラリ」のアセット共有とライブラリ機能が拡大提供されることが発表された。Creative Cloudライブラリでは、グラフィックやカラー、音声などの素材をクラウドに保存し、デバイスをまたいで他者とも利用・共有が行える。
さらに、企業やチームのライブラリ管理が容易になる「チームライブラリ」が登場し、Creative CloudライブラリをGoogle WorkspaceやMicrosoft Teamsなどのサードパーティ製アプリ・サービスと連携させることが可能になった。開発者用のオープンAPIの提供も開始したことから、特に企業において、チーム単位でクリエイティブ制作を行うときの利便性が向上しそうだ。
また、作業ファイルの内容を自動保存する「クラウドドキュメント」には、過去のファイルの状態にさかのぼって参照可能な「バージョン管理機能」と「コメント機能」を追加。PC・モバイル問わずCreative Cloudアプリから、ライブラリとクラウドドキュメントの両方の管理が行える。また、コラボレーションを醸成する新機能として「編集に招待」機能も公表している。Adobe Fresco、Photoshop、Photoshop iPad版などのツールに対して、2021年初頭の導入を予定する。
Adobe Sensei活用のフィルターや空専用の調整機能
先んじてiPad対応していたPhotoshopアプリのアップデートとして、オブジェクト選択の精度向上がデモンストレーションで披露された。
今回、Photoshopに関してはデスクトップ版の追加機能が多い。青空の写真を夕焼け空に変更する「空を置き換え」は、空の部分を自動認識してPhotoshop側に用意された夕焼けに入れ替えるだけでなく、写真に含まれる地上の景色の調整にも対応する。
AIの「Adobe Sensei」を活用した「ニューラルフィルター」を紹介。ニューラルフィルターは使えば使うほど学習して賢くなっていくという。被写体の年齢を操作したり、白黒写真の着色をしたり、あるいはアーティスティックな効果を追加したりと、さまざまな効果を画像に与えられる。ワンタッチでデザインのトライ&エラーを行えるのが強みだ。
また、無料モバイルアプリ「Photoshop Camera」には、期間限定でエヴァンゲリオンとのコラボ「レンズ」が登場。日本ならではのサプライズ発表で、直後よりアプリ内で提供が開始された。
スケッチアプリ「Fresco」がiPhone対応
スケッチアプリの「Adobe Fresco」にiPhone版が登場。iPadやWindows搭載タッチデバイスで展開されていたFrescoの描き心地を、iPhoneでも実現した。
イラストレーターのサタケシュンスケ氏が、クリッピングマスクやカスタムブラシなどの使い方を作例つきでデモンストレーションした。iPhone版ではタイムラプス動画を撮影する機能が搭載されており、描画工程をSNSにアップしやすくなっている。
デスクトップ版・モバイル版など形態問わず、「Adobe Lightroom」には高度なカラーグレーディング機能を搭載。フォトグラファーが公開したプリセットをダウンロードすることで、プロの技を自分の写真に適用し、参考にすることもできるようになった。
AR風のプロトタイプデザインを手軽に作成
UI/UXデザインツール「Adobe XD」では、冒頭のソニーの事例のように、チームでクリエイティブワークを行うためのコミュニケーションのための機能を強化。
また、新たな「3D変形」機能により、まるでARのように浮き出た印象の3D演出を用いたプロトタイプを、手軽に作成可能になった。
編集機能を向上した動画アプリ群
モバイル動画アプリ「Adobe Premiere Rush」では、オートリフレーム機能で、横向きの動画をSNS投稿に際して縦に切り出した際、フレームアウトしがちな被写体を、マニュアル操作なしで追尾する。そのままSNS投稿も行えるなど、昨今の需要にあわせたアップデートといえる。
動画編集ソフト「Adobe Premiere Pro」では、ビデオの音声からキャプションや字幕を生成する「テキスト書き起こし」のプレビューを追加。デモンストレーションでは、動画をつなぎ合わせたとき、つなぎ目を逐一指定しなくてもあとからカット編集が行える機能が示された。
アプリ活用法から著名人の講演まで見放題
これまではリアルイベントで開催されてきたAdobe MAX。今回が初のオンライン開催だが、キーノート冒頭でScott氏が語ったように、日本から閲覧できるセッションは、膨大なものになっている。
興味をひかれるアプリがあれば、ブレイクアウトセッションを閲覧するとより理解が深まるだろう。また、話を聞いてみたいゲストの登場する講演があれば、会期以外の制限なく、好きなだけ聴講できる。特に学生やデザイン初心者をはじめクリエイティブに関心を持つ人にとって、またとない機会だ。
主要アプリのiPad対応やSNS連携の強化など、以前からアドビ製品を使い込んでいるプロはもちろんのこと、モバイルアプリで動画・写真撮影を楽しむ層や学生、クリエイター志望の人に向けたアプローチが目立った。オンライン開催とはいえ、Adobe MAX 2020でも、例年通り参加費を取ることはできたはずだが、一律無料としたのも、やはり参加の間口を広げるためだろう。
Adobe MAX 2020は、ビギナー層の「アドビ入門」に一役買うのか。初のオンライン開催の動向に注目していきたい。