マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、欧米の重要な交渉について語っていただきます。
現在、米国と欧州でそれぞれ重要な交渉が行われています。しかし、いずれも交渉は難航しています。どこかで合意に達する可能性は高そうですが、それまでは交渉の難航が金融市場で投資家心理を悪化させる(=リスクオフ)場面はあるかもしれません。
米国の追加経済対策の交渉は難航
米国では夏以降、ムニューシン財務長官とペロシ下院議長(民主党)の交渉が続けられています。3月以降に順次実施された「コロナ」対応の緊急経済対策のほとんどが失効したため、追加の経済対策が協議されているのです。
ただし、交渉は難航しています。トランプ政権は1.8兆ドル規模の対策を、民主党は2.2兆ドル規模の対策を提案しています。一時に比べればお互いがかなり歩み寄っています。それでも、ペロシ下院議長は「政府案は必要なものに全く届いていない」と批判し、修正を求めています。
トランプ政権と議会共和党の足並みが揃わず
そして、ここへきて交渉に「ひねり」が入っています。トランプ大統領は「やるなら大きくやれ」とツイートするなど、自身の再選の可能性を高めるためにも民主党案を丸呑みしかねない勢いです。しかし、共和党議員が大規模な経済対策に反対しています。とりわけ、上院の共和党議員のなかには、財政規律(=赤字抑制)を重視する財政保守派が多く、5,000億ドル規模が精一杯との見方もあるようです。
共和党のマコネル上院院内総務(*)は、中小企業の給与保護プログラム(PPP)に絞った法案を10月19日の週に採決する意向です。同法案は共和党が過半数を占める上院では可決される可能性はありますが、民主党が過半数を占める下院では日の目を見ないでしょう。つまり、署名のために大統領のデスクに届く以前に、議会を通過することさえなさそうです。
(*)上院では副大統領が議長を務めるため、多数党の院内総務が事実上のナンバーワン
追加経済対策は大統領選後に持ち越し!?
追加経済対策の交渉については、共和党対民主党から、議会共和党対民主党(+トランプ政権の後押し?)の構図へと変わりつつあるのかもしれません。それでも、追加経済対策が大統領選の投票日である11月3日までに成立する見込みは非常に薄そうです。
英国はEUとブレグジット後について交渉中
英国とEU(欧州連合)はブレグジット(英国のEU離脱)後の新しい関係について今年1月から交渉を続けています。英国は今年1月末をもってEUを離脱しましたが、今年末までは移行期間として英国とEUの従来の関係が継続しています。そして、移行期間終了とともに英国はEU加盟時に享受していた特権的待遇を失います(EU加盟国が英国から受けていた特権的待遇も喪失)。
例えば、貿易はWTO(世界貿易機関)のルールに基づくことになり、関税賦課や手続きの煩雑化などが起こり、英国とEU加盟国の企業や市民にとって大きな打撃になりえます。もちろん、英国側が受ける打撃の方が大きいはずです。
交渉の期限はいつ?
そうした「合意なき離脱」の事態を回避するため、英国とEUは新たにFTA(自由貿易協定)などを締結する必要があります。しかし、交渉が遅々として進まないため、ジョンソン英首相は一方的に10月15日を期限に設定して、それまでに進展が見込めなければ交渉を打ち切る意向を表明しました。
ただ、最新の報道では、ジョンソン首相は交渉を打ち切るかどうかを、10月15‐16日開催のEUサミット(首脳会議)の結果を踏まえて判断するとのことです。ジョンソン首相得意の「ブラッフ(脅し)」戦略のようですが、それに慣れたEUにどこまで通用するかは不透明です。
移行期間が終了する今年末までに新たな関係を確立するためには、英国とEU加盟全27か国の議会の承認が必要です。そのためにも、10月末か遅くとも11月上旬が実質的な期限になるようです。
欧州的解決とは?
交渉で合意できなければ、英国とEUは新しい取り決めのない「合意なき離脱」に向けて突き進むことになります。その場合、今年末の接近とともに金融市場では「合意なき離脱」が意識されるでしょう。
もっとも、欧州政治の常として、土壇場で全欧州的見地からドイツなどの大国が譲歩して最悪の事態は回避されるというのがあります。今回も、交渉がいったん打ち切られたとしても、最後の最後に合意する、あるいは「合意なき離脱」の混乱や痛みを味わったうえで、改めて両者が交渉テーブルにつく、などのシナリオもありえそうです。