正確無比な終盤力を持つ藤井二冠でも間違えてしまう逆転のテクニックを紹介

渡辺明王将(名人・棋王)への挑戦権を争う、第70期王将戦挑戦者決定リーグ(主催:スポーツニッポン新聞社・毎日新聞社)の2回戦、▲豊島将之竜王-△藤井聡太二冠戦が10月5日に関西将棋会館で行われました。結果は171手で豊島竜王の勝利。リーグ成績を2勝0敗とするとともに、対藤井二冠戦の連勝を6に伸ばしました。

終盤に入った局面では藤井二冠が優勢だった本局。過去5戦して全敗の豊島竜王相手に、ついに初白星をあげると観戦する人の大半が思っていたでしょう。ところがここからまさかの大逆転負け。圧倒的な終盤力で見るものを魅了し、勝利を積み重ねてきた藤井二冠のこのような敗戦はとても珍しいことです。

いかにして豊島竜王は難敵相手に逆転勝利を収めたのか。ここでは豊島竜王が用いた2つの逆転のテクニックをご紹介します。

1つ目は「玉を上部へ逃がす」というもの。本局で豊島竜王は金を取らせ、飛車を取らせつつも玉を上部へと逃走させました。

将棋の駒は基本的には前へ前へと進むようにできています。前への利きに対して、後ろへの利きは少ない駒が大半です。つまり、相手玉が上部へ逃げていってしまうと、少ない利きで捕まえなければならなくなり、それだけ寄せにくくなってしまいます。

また、玉が上へ逃げるということは、敵陣に近づくということ。敵陣では強力な成駒を作って守備力を高めることもできます。また、攻めに使っていた成駒がいることも多く、これらも守りに働きます。本譜の場合、豊島玉の逃走先には竜と成桂、途中から馬がいて、玉の上部を守っていました。

「玉を上部へ逃がす」の際たる場合が「入玉」です。入玉を果たすと、ほぼ玉が捕まることはありません。相手も入玉してしまうと、決着がつかなくなってしまうため、「持将棋」となって引き分けになります。豊島竜王が永瀬拓矢叡王に挑戦し、叡王奪取に成功した第5期叡王戦の第2、3局が持将棋として記憶に新しいところです。

本局では豊島玉が入玉することはありませんでした。しかし、上部脱出した玉が寄せにくいことに違いはなく、終局図では中段に豊島玉を守る空中要塞が築かれており、全く寄らない形となっていました。

2つ目は「防戦一方にならない」というものです。

受け続けていれば相手の攻めが切れて逆転、ということもまれにありますが、トッププロ同士の対局ではほぼ起こりません。攻めと受けを織り交ぜて局面を複雑化し、相手に読ませる量を増やすことで間違いを誘発させる、というのが逆転のテクニックです。

豊島竜王は玉を逃がしながら、相手玉に圧をかけることをやめませんでした。逆転のきっかけとなった▲1五角は自玉の詰めろを受けつつ、敵陣をにらんだ攻防手。防戦一方の手なら、藤井二冠は相手玉への寄せを考えるだけで良く、恐らく間違えなかったでしょう。ですが自玉の危険度も考慮しなければならない状況になれば、攻めと受けの2倍考える必要があります。一分将棋ではその影響は大きいはずです。

本局で逆転が決定的となった藤井二冠の失着は、豊島竜王の攻めに対する受けの一手でした。藤井二冠の攻めを受けながらも、間隙を縫って攻めに転じた豊島竜王の方針が功を奏した形です。

卓越した終盤の粘り強さで逆転勝ちを果たした豊島竜王は、リーグ戦2連勝。一方敗れた藤井二冠は2連敗となり、挑戦権獲得は厳しくなりました。

若き天才藤井二冠相手に6連勝とした豊島竜王(提供:日本将棋連盟)
若き天才藤井二冠相手に6連勝とした豊島竜王(提供:日本将棋連盟)