『これからの生き方。』(世界文化社)を上梓した、ベストセラー作家兼実業家の北野唯我さんと、人事戦略コンサルタントで、『「いつでも転職できる」を武器にする』の著者・松本利明さん、キャリアや組織戦略に精通した2人が語り合います。
後編のテーマは、働く上で大きな意味をもつ「感性」についてです。
前編はこちら
「自分の強み」は万能ではない
松本: 北野さんは、これまで3つの会社を経験されていますが、戦略的にキャリアを描いてきたのでしょうか。
北野: 偶発的と計画的の両方ですね。新卒で入社した博報堂は後者。高校時代から、社会課題に興味があって、社会起業家のような活動をしていました。一方、クリエイティブにも興味があったので、それまでやってきたこととは180度違う、華やかな世界を一度経験してみたいと思い、博報堂に飛び込みました。
北野さんによると、博報堂で経営企画やコーポレート戦略に携わり3年半で退職し、無職になってアメリカと台湾に留学。
帰国してからは、食べていくために再就職しなければならなかったので、時間のない中でBCG(ボストンコンサルティングループ)を選択し、そこで数年コンサルティングを経験した後、ワンキャリアに転職したと話します。
北野: そういう意味ではBCGやワンキャリアは、偶然の出会いでしょうね。
松本: BCGを辞めて、しばらくコンサルタントとしてやっていこうとは思わなかったのでしょうか。
北野: 全くなかったです。今でもよく覚えていますが、「ステアリングコミッティ」と呼ばれる「重要な意志決定」を行う会議で、クライアントから難度の高い質問をされ、返答に窮したプリンシパル(課長・部長クラス)に代わってパートナー(経営層)が対応するという、非常に緊張感のある場面がありました。それを末席から見ていて、「あのポジションにいきたい」と、ふと思ったのです。この時、自分が矢面に立たないと、成長はないなと感じて、転職を決めました。
松本: なぜワンキャリアを選ばれたのでしょうか。
北野: 当時、国家戦略の本を書くことを目標に掲げており、そこから逆算して考えると、HR領域に携わることが必要でした。
そして、日本を変えていくためには、すべてのビジネスで、人が幸せだなと思う時間を増やすことが大切だと思っていて。例えば、ゲームなどのエンタメ領域だと、人が1日24時間の中で占める割合はせいぜい3~4時間程度ですが、労働は8時間以上を占めており、しかも現状不満に思っている人の割合も多い。だからこそHR領域に携わり、変えることは意味があるなと考えていました。
もう1つは、スタートアップの経営に携わること。そのために、10人以下の会社を探し、出会ったのがワンキャリアでした。
松本: そうだったんですね。もし、この本を若かりし自分にプレゼントするとしたら、どのときが一番響くと思いますか。
北野: 生き方がまだ決まりきっていない24~25歳の頃に読んだら、すごく刺さったと思います。当時は、博報堂という大企業で、まだモヤモヤしながら仕事をしていましたので。
松本: どんな言葉が一番刺さりそうですか。
北野: いろいろありますが、一番は第3章に出てくる「今は苦しくても、いずれその感性は自分を救う武器になる」というメッセージですね。一歩踏み出す勇気を持てると思います。
松本: 自己分析などをすると、必ず「自分の強みってなんだろう」ということから考えますよね。それって、実は、かなり危険な考えだと思っていて、私は、あえて使わないようにしています。なぜかというと、もし眼の前に、その強みについて、自分よりも秀でた人が出てきたら、負けてしまうからです。
松本さんによると、自分自身の感性は誰も触れることができない。だから、自分の「感性」を大切にしていくのは、生きていく上ではとても重要なことだと言います。若者がビジネススキルで勝負しても、経験で勝る先輩には太刀打ちできない。
しかし、感性なら対等に、あるいはそれ以上の力で戦うことができる。だから、自分の感性を生かして仕事に向き合うことは、若い人にはぜひ意識してほしいと勧めます。
若手は「感性」で勝負できる
北野: 私のメンバーに、開発したアプリが多くのユーザーの支持を受け、ワンキャリアでMVPを受賞したプロダクト開発者がいます。彼は、土日の休みもずっと、スマホにアプリをダウンロードして、「これは、使いやすい!」とか「こういう動きが気持ちいい」と言って、常に研究し続けています。それって、まさに彼の感性だと思います。
人から頼まれないことでも、自然とできたり、つい夢中になってやったりする−−−これらは、普段意識しないことですが、事業戦略としてヒットした時には、すさまじいパワーを発揮します。そんなところをこれまで幾度となく目にしてきました。
松本: 同じ領域で変わらない仕事をしていると、同業の他者と同じ強みとなり被ってしまいますが、感性という観点から、自分のキャリアを棚卸しし直してみると、自分の新しい可能性が見出せるかもしれませんね。
北野: それは面白い発想ですね。
感性は間違いなく新しいものや価値のあるものを生み出す力を持っています。スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツがパソコン時代を創りましたが、あの時は、あの2人の感性や感覚に基づいて生み出されたものが世界を席巻し、時代のトレンドになっていきました。日本だとソニーのウォークマンができた時も、それまで、そういったマーケットが存在しなかったことを考えれば、最初は、開発者の感性から生まれてきたに違いありません。
ただ、感性は論理的には説明できない一面を持っているので、大きな組織などの中では、非常に否定されやすい。だから、働いている人々が常に頭を悩まし続けるテーマでもあると思います。
松本: 必ずしも言語化できるものではないので、「これがあなたの感性だ」と言われても、ピンとこなかったり、「強み」のように明確に理解できたりしないのが難しい点かもしれません。そういう意味では、「自分は、他人とどう違うのか」ということを、常に意識しないと、自分の感性は把握できないですね。
北野: そうです。「主観的に体感したことを、客観的に分析する」。この繰り返しで自分の感性を見つけていくしかないと思います。
松本: 北野さんのお話を聞いて、『これからの生き方。』は、一人ひとりの根っこにある感性から、自分を紐解き直せる本だと痛感しました。自分のこれからのキャリアについて考えてみたいという人だけでなく、職務経歴書や履歴書の自己PRに煮詰まっている人や、キャリアの棚卸しをしてみたもののうまく整理できないという人にもきっと役立ちます。
北野: そうですね。働く上でこうしたいという気持ちがある人や、自分はこのままでいいのかと思い悩んでいる人は、必ず気付きや感じることが得られると思うので、ぜひ読んでほしいですね。
取材協力:北野唯我(きたの・ゆいが)
兵庫県出身。就職氷河期に博報堂へ入社。ボストンコンサルティンググループを経て、2016年、ワンキャリアに参画、現在、取締役。著書に『転職の思考法』『オープネス』(ダイヤモンド社)、『天才を殺す凡人』(日本経済新聞出版社)、『分断を生むエジソン』(講談社)がある。