燃焼室内壁の開口

LE-9を襲った魔物のひとつは、「燃焼室内壁の開口」である。

燃焼室の壁は内壁と外壁に分かれており、その間に冷却溝という多数の溝が設けられている。そしてこの溝に、燃料である液体水素の一部を流すことで、燃焼室を冷却するとともに、ターボ・ポンプを駆動させるためのガスを生み出している。

そして今回、8回目の燃焼試験の翌日に点検したところ、この内壁から冷却溝にまで至るほどの開口(孔)を、計14か所確認。それぞれの大きさは、溝方向に最大で幅0.5mm×長さ10mm程度だったという。

原因究明を実施した結果、この8回目の試験において、エンジンを高温作動条件で動かした際に、燃焼室内壁が設計値以上に高温化したと推定。その結果、内壁が変形。表層部が溶損して板厚が低下し、開口に至ったとみられるという。

高温作動条件というのは、通常よりも約100℃高い温度でエンジンを動かすというものである。エンジンは、製造上のばらつきや、飛行中の加速度の変化や燃料の量、圧力の変化などによって作動条件も変化することから、考えられうる最悪の条件でもエンジンが耐えられるかどうかを確かめることを目的としていた。

内壁の高温化の要因として、まずひとつは定常時の局所的な熱の流入が考えられている。燃焼室の中ではひじょうに複雑な現象が起こっており、その挙動すべてをシミュレーションすることは難しい。たとえば燃焼室内に推進剤を噴射する噴射器の穴の形状や、燃焼室の壁にある、冷却のための液体水素が通る溝の形状などは、製造のばらつきにより一つひとつ違うため、温度にむらが生じる。そうしたむらは、ある程度は解析できるため、それを見込んだ設計にしていたものの、その予想を超える温度分布になったと考えられるという。

また、もうひとつ考えられる要因として、エンジンの起動・停止過渡時に、一時的に冷却用の液体水素の流れが不足し、冷却不足の状態となり、その部分が設計値以上に高温になったということも推定されている。

対応策としては、「フィルム冷却の冷却機能の強化」と、「エンジンの起動・停止パターンの見直し」などの方法を考えているという。前者のフィルム冷却とは、LE-9にもともと装備されている冷却機構で、エンジン内壁に向けて液体水素を噴射して膜を形成することで、高温のガスから壁面を保護するというもの。今回の問題を受け、液体水素の噴射量を増やすことで冷却機能を強化するという。なお、その場合、エンジンの燃焼以外に使う液体水素が増える分、燃焼効率が若干下がることになるため、それを補う方法も考えるとしている。

今後、エンジンの燃焼試験により技術データを追加取得し、対応策の効果を検証する予定だという。

なお前述のように、LE-9は液体水素を使ってエンジンを冷却するとともに、その際に奪った熱を利用して、タービンを回すためのガスを生み出す。そのため、エンジンからより効率的に熱を奪う必要があることから、燃焼室と冷却用の液体水素が隣り合う内壁はできる限り薄く作られている。岡田氏によると、「吸熱効率はエキスパンダー・ブリード・サイクルの肝。それを高めるため、内壁の厚さは0.7mmと、技術的な限界に近い、かなり厳しい薄さに挑戦している」と語る。大推力エキスパンダー・ブリード・サイクルのエンジンならではの、技術的な難しさが出たと言えるのかもしれない。

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    燃焼室内壁の開口の概要 (C) JAXA

液体水素ターボ・ポンプのタービンの疲労破面

もうひとつの魔物は、「液体水素ターボ・ポンプのタービンの疲労破面」で、液体水素ターボ・ポンプの第2段動翼(タービンの一部)の、76枚中2枚に、疲労破面(ひびのようなもの)が確認された。

原因調査の結果、共振が起きたことで、疲労が蓄積・進行したためと推定されている。前述のように、過去に実機型エンジンの試験でも同様の問題が生じ、共振する領域を避けるように運転することで対策が図られたが、それとは別の、共振が起こらないと考えられていた領域でも問題が起きたとみられる。また、破面の様相の分析から、1~6回目の試験中から共振しうる条件に合致していた可能性があり、そこで疲労が蓄積したのち、6~8回目の試験中に共振による疲労が進行。そして8回目の試験後の点検で破面が確認できるほどにまで至ったと考えられるという。

なお、前述した燃焼室内壁の開口との因果関係はなく、両者はそれぞれ独立して起きたもので、たまたま同じタイミングで見つかったものと推測されるという。

この問題への対応策としては、動翼の枚数や形状を変えるなどし、すべての構造固有値(構造体がもつ固有の共振周波数)を運転領域から外したタービンに設計変更する。なお、設計を変えることでタービン効率に影響が出る可能性もあるので、注意深く進めているという。

対策後、翼振動試験を実施し、対応策の効果を検証する予定となっている。

この結果、前述した2段階開発は見直しとなり、ターボ・ポンプに関しては、試験機1号機から共振領域をなくしたものが使われることとなる。また、液体酸素のターボ・ポンプについては問題は起こっていないものの、念のため同様の方針で設計変更するという。

岡田氏によると、LE-9の液体水素ターボ・ポンプのタービンは、低エンタルピーのタービン駆動ガスから大出力を得るために、タービン膨張比が8.5とひじょうに高く、タービンを流れるガスが超音速であったり、タービン入り口の圧力が高かったりと条件的にかなり厳しく、その開発は技術的に大きな挑戦になっているという。

また、コストダウンなどを目的に、タービンの翼とディスクを一体成型した設計を採用しており、やや共振が起きやすいものとなっており(LE-7Aでは両者が分かれており、はめ込むことで構成されているため、共振が発生しにくい)、この点も大きな技術的挑戦となっている。

もっとも、H3ロケットが目指す高い柔軟性と信頼性、そして低価格を実現するためには、この性能、能力のエンジンが必要不可欠であり、そのためには避けては通れない、乗り越えるべき壁でもある。

ちなみに原因調査においては、実物の確認や、電子顕微鏡での観察、コンピューターによる解析のほか、「翼振動計測試験」という、実際にターボ・ポンプを作動させ、動翼に発生するゆがみを直接計測する試験も行われた。

この翼振動計測試験は、動翼にひずみゲージというセンサーを直接貼り付け、高周波電源で無線給電し、テレメトリー(信号)も無線で取得するという方法で試験を行い、タービンの動翼に生じるゆがみを直接捉えるということが行われた。船舶や航空機用のエンジンのタービンでは実績のある方法ではあるものの、圧力や温度、回転数が段違いのロケット用のタービンで行うには大きな挑戦だった。

岡田氏は「おそらく世界でも前例がない試験で、少なくとも日本では初めて。IHIが航空機用の試験でこの技術をもっていたことから実現した。問題が起きたために行ったことなので胸を張れる話ではないが、技術的にものすごいことで、この試験の結果、かなり多くのことがわかった」と語る。

「それまでは、いろんな原因が考えらえるなかで、『なんとか2020年度中の試験機1号機の打ち上げができないか』という一縷の望みもあった。しかし翼振動計測試験を行い、タービンに起きた事象がクリアにわかったことで、『これはきちっと設計変更をする必要がある』と、(対策のため延期することに対して)腹をくくった」(岡田氏)。

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    液体水素ターボ・ポンプのタービンの疲労破面の概要 (C) JAXA

「9合目を越えたのに、8合目まで戻された」

こうした問題の発生と、そして対策を行う必要が生じたことで、JAXAはH3ロケットの開発計画を再度見直すこととした。今後、これらの対策を行ったのち、改良したLE-9エンジンの認定試験を実施し、開発仕様を実証。その後、H3ロケット試験機1号機を打ち上げるとしている。

その結果、当初2020年度を目指していた試験機1号機の打ち上げ時期は、2021年度へ延期。また、2021年度打ち上げ予定だった試験機2号機も、同じく次年度の2022年度に延期となる見込みだという。新型宇宙ステーション補給機の技術実証機(1号機)「HTV-X1」についても、2021年度から2022年度へ打ち上げを延期するとしている。

その後の打ち上げについては、打ち上げ能力的、また時期的にも、これまでの計画どおりになるよう務めたいとしている。

会見した岡田氏は「予定どおりに打ち上げたかったというのが本音。山登りでたとえるなら、9合目を越えたところまで来たと思っていたら、8合目まで戻されてしまったようなもの」と悔しさをにじませた。

そのうえで、「だが、H3ロケットを徹底的にいいものに仕上げることが大事だと考えている。2021年度に打ち上げるということも、(今回起きた問題への対処などに)自信がなければ言わない。この目標を狙い、これから起こりうるさまざまなリスクを下げながら、しっかりやっていきたい。全力を尽くして、H3ロケットを運用に入れ、使命を果たせるようにしたい」と決意を語った。

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    開発計画の見直しの概要 (C) JAXA

参考文献

H3ロケット1段エンジン LE-9 ターボポンプの開発 - IHI 技報 Vol.57 No.3 (2017)
LE-Xエンジン技術実証の取り組み 宇宙輸送ミッション本部 宇宙輸送系推進技術研究開発センター 砂川英生
LE-Xエンジン開発へ向けた取り組み 三菱重工技報 Vol.48 No.4(2011)
H3ロケットの開発状況について 令和2(2020)年9月17日 宇宙航空研究開発機構 理事 布野 泰広 H3プロジェクトチーム 岡田 匡史
ターボ機械の翼振動(その2:翼振動計測) 株式会社IHI検査計測 三上 隆男