「幸せに生きたい」とは誰もが願うことですが、じつは幸せになるための条件があることを知っていますか? 慶應義塾大学大学院で幸福学を研究する前野隆司先生が、現代日本人1500人にアンケートを行い、データを解析してその構造をあきらかにしたところ、「主体性」や「人とのつながり」といった特定の特質や傾向を持つ人は、持たない人よりも幸せに生きられることなどがわかったそうです。その前野先生に、幸せに生きるために必要な姿勢や考え方を伺いました。
■「幸せ」は自分でコントロールできる
――前野先生はなぜ、「幸せ」を研究しようと思ったのですか?
前野 わたしはもともと機械系エンジニアで、カメラやロボットを開発していましたが、設計理論のなかに「幸せ」という要素が入っていないことをずっと不備だと感じていました。それが意味するのは、開発されたどんな製品を使っても、幸せになる保証はないということです。
たとえば、「便利」や「安全」といった価値は提供できても、人間にとって最上位の価値である「幸せ」が提供できない。そこで、どんな製品やサービスにも「幸せ」という要素があればいいと考え、「幸せ」がどのように成り立つものなのかを研究しようと思ったのです。
――幸せな状態になるには、いったいどうすればいいのでしょうか?
前野 幸せに影響する要素はたくさんありますが、おもにわたしが「幸せの4つの因子」と呼ぶものを伸ばすといいでしょう。
①「やってみよう」因子
②「ありがとう」因子
③「なんとかなる」因子
④「ありのままに」因子
前野 ①の「やってみよう」因子は、「主体性」にかかわる因子です。夢や目標に向かって、「やってみよう!」と主体的に努力を続けられる人は、なにも行動を起こさない人よりも幸せになります。この因子を伸ばすには、自分が好きなことや心がワクワクするようなことだけをやるのが理想的です。
そうして、いろいろなことに「やってみよう!」と挑戦していくには、順番は前後しますが③の「なんとかなる」因子も大切。いわゆる「ポジティブに考える」ことであり、つねに「なんとかなる!」と考えていれば、必要以上に挑戦を恐れることなく、行動に踏み出しやすくなるでしょう。
――自分が楽しいと感じることに、自信を持って、積極的に取り組む姿勢が大切。
前野 そのとおりです。そして、②の「ありがとう」因子は、「つながり」にかかわる因子です。社会のなかで生きている人間は、まわりの人とのつながりのなかで幸せを感じます。多様なつながりや、利他性(他人のために貢献したい気持ち)が強い人ほど幸せを味わえることが研究結果でわかっています。そんな他者とのつながりをつくるうえで欠かせないのが、「ありがとう」といえる感謝の心なのです。
――たしかに、「ありがとう」と感謝の気持ちを言われると幸せな気持ちになれるし、自分も感謝を伝えることで幸せになれそうですね。
前野 そのためには、自分と他人を比べないことが重要です。自分と他人を比較していると、妬みやうらみにつながって、どんどん幸せが逃げていきます。
そこで重要になるのは、④の「ありのままに」因子。自分に集中し、いわば「本当の自分らしさ」を探して、磨くことです。自分の好きなことや得意なこと、ワクワクすることをどんどん突き詰めていく。すると、自分でも知らなかった、「本当の自分らしさ」にたどり着けることもあります。
――これは、①の「やってみよう」因子にも自然につながっていきますね。
前野 そうですね。このように、「幸せ」というものは自分でコントロールできると知ることからすべてが変わっていくでしょう。
■自ら主体的に取り組むと「幸福度」は上がっていく
――でも、毎日幸せを感じて生きている人は少ないようにも思えます。
前野 じつは、日本の幸福度は「世界幸福度ランキング」によると、先進国中最下位の62位です。日本人は比較的謙虚にアンケートに答えるので順位の低さを強調するつもりはありませんが、自己肯定感や主体性が低い傾向にあることは間違いないでしょう。また、都市化が進んで人とのつながりが希薄になり、これらが相まって幸福度が低くなっていると見ています。
――なぜ、幸福度がこんなに低いのでしょうか?
前野 これは日本だけに限りませんが、背景としてグローバルインターネット社会が大きく影響しているのではないでしょうか。たとえば、いまはちょっと検索するだけで、ものすごい才能を持った人が世の中にたくさんいることがわかりますよね? すると、「自分なんかダメだな……」と簡単に思ってしまう。
――あまりに多くの人と自分とを比較して、落ち込んでしまうわけですね。
前野 グローバルインターネット社会にはいい面はありますが、弊害も考えたほうがいいのではないでしょうか。たとえば、ある情報やサービスが欲しいなら、検索してワンクリックで簡単に手に入ります。するとどうなるか?
ハードルが高い行動を、怖がるようになってしまうのです。海外にも行きたくないし、出世もしたくないし、行動や挑戦を恐れるようになってしまう。また、不安が増すと、安心できる人とだけつきあうようになる。結果、「幸せの4つの因子」が、すべて真逆に働いてしまうわけです。
――幸せになるためには、やはり「幸せの4つの因子」を高めることが必要。
前野 取っかかりとしては、日々の生活や仕事のなかで、自分から行動や挑戦を起こしてみることです。たとえルーチンワークでも、仕事のなかに面白さは必ずあります。たとえば、地味なエクセル表の計算をしていても、最後に数字がぴったり合えば、ちょっと成し遂げた感覚を持ててうれしくなりませんか? つまり、どんなものごとも「誰かにやらされている」と思っていやいや取り組んでいると、それだけ幸せから遠ざかるということです。
■「幸せ」も「不幸せ」も伝染する
――一人ひとりが幸せを感じて動いていれば、家庭でも職場でも、幸せが広がっていきそうですね。
前野 はい。これに関しては、イェール大学のニコラス・クリスタキス教授が、「幸せは伝染する」という研究結果を発表しています。彼はもともと、肥満や喫煙習慣は伝染するとする公衆衛生の研究をしていたのですが、幸せな人のまわりには幸せな人が多いことを発見し、幸せが波及していくことをあきらかにしました。同じように、不幸せな人のまわりには、不幸せな人が多いこともわかっています。
――むかしから「類は友を呼ぶ」といわれますが……。
前野 まさに。そして、いまは幸せな人と不幸せな人が2極化する傾向が見られます。幸せな人は、インターネットを存分に活用し、主体的に行動しながら、多様な人たちとグローバルにつながりあって生きています。一方で、特定の場所や組織にいてあまり外の世界に触れないでいる人は、不満や閉塞感を感じて不幸せになっていく。そして、その不幸せが組織に伝染していくわけです。
――個人の幸せも組織における幸せも、一人ひとりからはじまるわけですね。
前野 幸せというのは、いわば「気の持ちよう」なのです。スポーツでも、チームみんなのやる気がなければ勝てるわけがありませんよね? つまり、たとえ少しでも、自分で行動を起こし、みんなときちんとコミュニケーションをして仲良くしていく。そうすることで、個人も組織もどんどん幸せになれるのです。
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/辻本圭介 写真/石塚雅人