銀捨ての攻めを決行し、敵陣突破。細い攻めを巧みにつなげる
藤井聡太王位への挑戦を目指す、第62期王位戦予選(主催:新聞三社連合)が進行しています。9月16日には▲渡辺明名人(棋王・王将)-△黒沢怜生五段戦が東京・将棋会館で行われました。結果は123手で渡辺名人の勝利。リーグ入りへ向けて自身初戦を突破しました。
振り駒で後手番になった黒沢五段は、得意の角交換振り飛車を採用。渡辺名人は銀冠に組んだのち、さらに穴熊へと囲いを進展させます。渡辺名人が玉を固めている間、黒沢五段は手待ちの方針。後手番なので千日手歓迎の姿勢です。
やがて渡辺名人は金銀3枚でがっちりと固めた銀冠穴熊を構築しました。あとは仕掛けるのみですが、互いの攻め駒が同じような形でにらみ合い、適当な攻めがないように見えます。ところが渡辺名人は驚愕の仕掛けを披露したのです。
それは銀を捨てるというもの。駒の利きが足りていない地点に銀を突進し、歩を入手。その歩を桂取りに打って桂を入手し、さらに飛車交換を果たしました。駒損ながらも攻めがつながりさえすれば、穴熊の堅陣が生きるという大局観です。このような一見乱暴に見えるも、穴熊だから成立する攻めのことを、将棋界では「穴熊の暴力」と呼びます。
黒沢五段も自玉周りに金銀5枚と角を密集させ、反撃の機会をうかがいますが、渡辺名人の攻めが途切れることはありませんでした。駒損をいとわずにとにかく相手の守り駒を削っていき、みるみる黒沢玉の守りは弱体化。最後は渡辺名人が黒沢玉を詰まし上げて決着となりました。終局図でも渡辺玉の守りは健在。金銀2枚に守られて、付け入る隙が一切ありませんでした。
現在では現代将棋のトレンドである、「堅さよりもバランス」にモデルチェンジした渡辺名人ですが、少し前までは玉を固く囲って細い攻めをつなげるという棋風でした。本局はかつての渡辺流の指し回しが遺憾なく発揮された渡辺名人の快勝譜と言えるでしょう。
第58期以来の挑戦者決定リーグ入りまであと3勝の渡辺名人。竜王、名人、王座、棋王、王将、棋聖の6つのタイトルの獲得経験があるものの、この王位戦は挑戦すらありません。今期は果たしてどのような活躍を見せてくれるでしょうか。