マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話します。今回は、米大統領選挙について語っていただきます。
5月以降、バイデン氏が常にトランプ氏をリード
大統領選挙に関して様々な機関が世論調査を行っています。RealClearPoliticsによれば、トランプ氏がバイデン氏をリードしているとの結果が最後に出たのが今年2月中旬。タイ(同率)が最後に出たのが4月下旬。それ以降、約80の調査全てでバイデン氏がリードしています。
そして、8月26日-9月1日に実施された9つの最新の世論調査でもバイデン氏がトランプ氏をリード。支持率の差の平均は7.2%です(バイデン氏49.6%対トランプ氏42.4%)。7月頃に比べて若干差は縮まっていますが、9月初めの時点でバイデン氏が相当に有利なポジションにいることは間違いありません。
それでも、トランプ氏の勝利を予想するとすれば、「近年の選挙はコンセンサスが外れるから」、あるいは「前回16年の大統領選挙でも、トランプ氏が世論調査の結果に反して勝利した」という事実があるからでしょう。
実際、バイデン氏が勝利確実というわけではなさそうです。とりわけ、「隠れトランプ派」は世論調査では捕捉できないかもしれません。エラーマージン(統計誤差)は平均3%程度なので、本当の支持率の差は上述の7.2%より僅差である可能性もあります。さらに、支持率(≒得票率)でリードしても勝利するとはかぎりません。
選挙人の過半数を獲得すれば当選
大統領選で当選するには、各州に割り当てられた選挙人538人の過半数である270人以上を獲得する必要があります。各州はごく一部を除いて得票率の高い方の候補が全ての選挙人を獲得する、「winner-take-all(総取り)方式」を採用しています。したがって、劣勢の州を大差で負け、優勢の州を僅差で勝てば全国の得票率で負けても、選挙人数で勝つ(=当選する)ことはあり得ます。
実際、前回16年の選挙で、トランプ候補の得票率は46.1%。これに対してクリントン候補の得票率は48.1%であり、約2%、得票数では300万票近く上回りました。それでも、獲得した選挙人はトランプ候補が306人、クリントン候補が272人でした。
また、2000年の大統領選挙では、当選したブッシュ(ジュニア)候補の得票率は47.8%、敗れたゴア候補の得票率は48.4%でした。獲得した選挙人はブッシュ候補が271人、ゴア候補が267人。余談ですが、投票用紙の再集計を繰り返したフロリダ州での得票率の差は0.006%、わずか537票の差でした。ゴア候補がフロリダ州で勝っていれば、第43代大統領はゴア氏だったはずです。
選挙人数でもバイデン氏リードだが……
冒頭で紹介したRealClearPoliticsによれば、9月初めの時点で、獲得しそうな選挙人の数はバイデン候補212人、トランプ候補115人、どちらとも言えない接戦州での合計が211人となっています。バイデン候補は接戦州で58人獲得すれば、選挙人数が過半数に達します(=当選)。なお、接戦州を支持率に応じて必ずどちらかの候補に振り分ければ、選挙人獲得数予想は、バイデン候補352人、トランプ候補186人となるそうです。
ことほど左様にほぼ全ての分析が論理的にはバイデン候補の勝利を指し示しています。少なくとも9月初めの時点においては、ですが。
トランプ候補、逆転のシナリオ
もちろん、これから2カ月の間に様々なことが起こり得ます。トランプ候補が勝利するシナリオの一部だけでも挙げれば、以下のようなものでしょう。
●トランプ候補のスーパーゴール
トランプ大統領が、中国から貿易やIT面で全面的な譲歩を勝ち取る、イランや北朝鮮の核開発を停止させる、など大きな成功を収めるケース。そうした「オクトーバー・サプライズ」があれば、形勢は一気に逆転するかもしれません。
●バイデン陣営のオウンゴール
バイデン候補がコロナに感染する、あるいは健康不安が表面化するケース。高齢だけに、登壇に際して足もとがよろけたりするだけで、有権者は不安を感じるかもしれません。9-10月に3回予定されているディベート(討論会)などで大きな失言や失敗をするケースもありうるでしょう。そうなれば、バイデン候補は急失速しかねません。ランニングメート(副大統領候補)のハリス氏が主義主張の相違などからバイデン候補の足を引っ張る可能性すらあるでしょう。もっとも、トランプ陣営のオウンゴールの可能性もそれなりに高いかもしれません。
●異常に低い投票率
共和党支持者にはコアな層が多く、民主党支持者には浮動票も多いため、投票率が低ければ共和党優位、高ければ民主党優位とされます。悪天候など何らかの理由で、多くの民主党支持者が投票しない、あるいは多くの州で実施見込みの郵便投票で一部が届かないか無効になるなどすれば、投票率は大きく低下して共和党(トランプ候補)を利するかもしれません。
●劇的な環境変化
可能性はかなり低いでしょうが、ワクチン開発や治療法確立などによって「コロナ」の感染が急速に終息へ向かうと期待されるケース。9月2日、CDC(全米疾病予防管理センター)は、11月1日までに「コロナ」ワクチンの提供に向け準備するように各州に指示しました。言うまでもなく、11月1日は投票日(同3日)の直前です。
また、10月29日には7-9月期のGDP(国内総生産)の統計が発表されます。速報前期比年率マイナス31.7%(暫定値)と悲惨だった4-6月期から大幅なプラスへの改善が見込まれています(少なくとも数字上では)。米景気がV字回復するとの期待が高まるかもしれません。いずれのケースも、現職であるトランプ大統領に有利に働くかもしれません。
いずれにせよ、選挙は水物。決め打ちは危険でしょう。