「最近の若者は……」というネガティブな言葉は、紀元前2000年頃の書簡にも記録されているという説もありますが、いま現在の日本の若者に対しては「生まれてからずっと不況のなかで生きてきたために、夢や希望がない」という指摘もされます。果たしてそれは本当でしょうか。

社会学者で関西学院大学准教授を務める鈴木謙介先生に真相を教えてもらうと同時に、「自分には夢や希望がある!」という若い人たちに向けて夢を叶える方法をお聞きしました。

■日本の企業のマネージャーは「学級委員長」?

――いつの時代もそうなのかもしれませんが、「いまの若い世代には向上心や出世欲がない」と指摘する声もありますね。
鈴木 そのことについては、「いまの若い世代は……」と限定することは間違いだと思います。というのも、厚生労働省『平成30年版 労働経済の分析』に掲載されたデータでは、一般社員のじつに61.1%が「管理職に昇進したいとは思わない」と回答しています。社員の全体の状況として昇進に消極的なわけですから、これはもう、会社のマネジメントの問題というべきです。

――マネジメントが関係している? そこにはどんな問題があるのでしょうか。
鈴木 欧米の場合、出世すると仕事上で与えられる権限が一気に増えますし、給与も平社員とは比較にならないほどアップします。そのため、多くの人が出世することへの意欲を持つ仕組みになっています。ところが日本の場合、これは国民性なのか……給与に差が出ると「なんであんなやつが」といったねたみを持たれることが多いうえに、そもそも欧米ほど平社員との給与差がありません。

さらにいえば、日本の会社のマネジメントの在り方は、トップダウン式に権限の影響が及ぶのではなく調整型ということも大きいでしょう。課長や部長などマネージャークラスになると、給与は平社員と大して変わらないのに、「○○さんはこういっている」「△△部はこういう意向を持っている」といったことに数多く直面し、そのあいだに入って調整する必要が出てくる。こういう仕事って、子どもの頃にありませんでしたか?

――子どもの頃……ですか。なんでしょう?
鈴木 「学級委員長」です(苦笑)。子どもの頃、学級委員長に自らなりたいと思っていた人はそう多くないと思います。日本の企業のマネージャーたちがやっていることは、やる気のないクラスの人たちのなかで文化祭の出し物をどうするかというような話し合いを一生懸命に進めているようなもの。ですから、多くの人が出世したがらないのも当然なのです。

■出世欲はなくても、若い世代は夢や希望を持っている

――なるほど。たしかに、学級委員長にはできればなりたくないですね……(苦笑)。
鈴木 おそらく、ほとんどの人がそうでしょう。また、出世欲が薄れていることの要因はもうひとつあります。これも全世代にいえることですが、「未来志向より現在志向が強まっている」ということ。「未来をよくしよう」というより、「いまを楽しく生きたい」と考える傾向が、過去40年にわたってずっと優勢なのです。

――その理由となると?
鈴木 「未来をよくしよう」と考えることは、「いま我慢しなければならない」ことと基本的にセットだからです。過去には高度経済成長期のように、「いま我慢すれば未来がよくなる」時代もありました。高金利の時代には、お金を使わずに貯金しておけば、数年後にはずっと大きなお金になって返ってきていましたよね。

だから、「いま我慢する」ことができた。ところがいまはそうではない。高度経済成長期のような右肩上がりの経済状況ではありませんし、それこそ超低金利の時代です。そのため、「どうせ未来がよくならないんだったら、いま我慢するのはばかばかしいよね」「だったら、いまを楽しく生きよう」という価値観が主流になってきているのです。

――すると、もちろん若い世代も「いまさえよければいい」と思っている……。
鈴木 いや、それがそうとはいえません。「若い世代には向上心や出世欲がない」とか、さらにはもっと広く「夢や希望がない」ともいわれますが、その定義の問題があります。「夢や希望を叶える」といったとき、一般的には「社会的に評価される」というイメージに固定されていますよね? たしかに出世などで社会的に評価されたいという向上心は減っていますが、「自分自身の満足度を高める」という意味での向上心が低くなっているという調査データはあまり見たことがありません。

むしろ、若い世代のほうがそういう向上心は強いという『博報堂生活総合研究所による「生活定点」調査』※のデータもあるくらいです。つまり、いまの若い世代には野心はないかもしれないが、夢や希望はしっかり持っているのです。

※『博報堂生活総合研究所「生活定点」調査』
1992年から隔年で実施する時系列観測調査。日頃の感情、生活行動や消費態度、社会観など、多角的な質問項目から、生活者の意識と欲求の推移を分析することを目的としている。

■「こういう人になりたい」と思う人に会いに行く

――「自分自身の満足度を高める」ための夢や希望とは、出世欲ではないわけですよね?
鈴木 そうですね。でも、プライベートの夢や希望だけでなく、仕事に関する夢や希望を持っている人も多いはずです。たとえば、出世はしたくないけれど、「こういう業務に携わりたい」とか「お客さまの笑顔が見たい」というふうに、仕事のなかで自分の満足度を高めるような夢や希望を持っている人もいるでしょう。

――なるほど。そういう夢や希望を叶えるためにはどうすればいいでしょうか。
鈴木 その方法はふたつあると思います。ひとつは、当然のことですが、夢や希望を叶えるために努力すること。そしてもうひとつは、夢や希望の水準を下げることではないでしょうか。高望みせずに現実的な夢や希望だけを持っていれば、その夢や希望は叶いますから。

――それはちょっと寂しい気もしますね。
鈴木 そうかもしれません。でも、「これでいいんだ」と思っている本人は満足しているのですから、外野がとやかくいうことではないでしょう? ただ、「夢や希望を持たなくていいのかな」とか「もっと頑張らなくていいのかな」と感じている人にひとつアドバイスできることがあるとすると、「自分がいま帰属している集団」と、「自分が帰属したいと考える集団」を「ずらす」ことがあると思います。

――それはどういうことでしょう?
鈴木 「自分がいま帰属している集団」は、社会学の用語で「帰属集団」といいます。一方の「自分が帰属したいと考える集団」は「準拠集団」。後者は、簡単にいえば「自分の判断基準にする集団」です。帰属集団と準拠集団が一致している状況では、人は高望みしなくなり、現状に満足してしまうのです。

周囲の同僚がみんな「うちではそんなに頑張らなくても生活は安定しているから無理しなくていい」という状況で、自分もそれを基準にしていると、あえて周囲に反して高望みをすることはないですよね?

――なるほど。そこであえて「ずらす」と。
鈴木 そう。帰属集団の外に準拠集団を持つのです。自分が「こういう人になりたい」と思う人たちに会いに行くなど、刺激的な環境に身を置いてみてはどうでしょうか? すると、「こんな人たちがいるのか」「自分はこのままでいいのか」と感じて、「もっと上を目指そう!」という気持ちにもなるはずです。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文 清家茂樹 写真/玉井美世子