いつ終息するかもわからない、新型コロナウイルスの感染拡大。多くの人が「得体の知れない不安」を感じていることでしょう。その不安の正体とはなにか、またどうすればその不安を解消できるのか――。「気鋭の社会学者」と称される関西学院大学准教授の鈴木謙介先生にお話を聞きました。

  • コロナ禍の「得体の知れない不安」の正体とその解消法 /社会学者、関西学院大学准教授・鈴木謙介

鈴木先生は、「不安を『具体的な不満』に置き換えることが大切」といい、とくに若い世代に対しては、今回のコロナ禍を「自分の『幸せを測るものさし』を見つめ直すきっかけにもしてほしい」と語ります。

■「不安」とはそもそも「得体の知れない」もの

――コロナ禍によって先行きが見えないなか、「得体の知れない不安」を感じている人も多いかと思います。
鈴木 「不安」について考えるとき、まずは「不満」と切りわけて考えることが大切です。不満には根拠があります。そのため、不満は解消できるものです。「上司が気に食わない」「給料が少ないのは嫌」というのは不満。それはもう、条件のいい会社に転職すれば解消できるものですよね。一方の不安とは、「根拠のない恐れ」のことです。どうして怖いのかわからないけど怖い。つまり、不安とはそもそも得体の知れないものなのです。

――その不安に向き合っていくにはどうすればいいでしょうか。
鈴木 これはなかなか難しい。基本的には目をそむけるしかありません。でもそのなかでも不安を解消していくすべがないわけではありません。それは、「不安を小さな不満に置き換えていく」ことです。

――不安には根拠がないけれど、不満には根拠があって解消できるからですね。
鈴木 そうです。たとえば、「将来の老後資金はいくら必要なんだろう……」といったことはなかなか大きな不安ですよね。それをそのままの状態で解消することは難しいでしょう。でも、きちんとその不安に向き合って計算すれば、「○歳までには△万円は貯めておかないと駄目だぞ」ということが見えてくる。そうしたら、「いまより収入を□万円くらい上げなければならない」とか「もっと節約しなければならない」といった具体的なことに落とし込めますよね。自分の不安を解消可能な目の前の数値目標や許容できる我慢といった具体的な不満に置き換えるわけです。

■「先の見えない我慢」を「先の見える我慢」に置き換える

――この手法は、現在のコロナ禍による不安にも適用できるものですか?
鈴木 もちろん可能です。先の例の不安のように「いつになったら不安が解消できるかわからないけれど、とにかく老後のために貯金をしなければならない」といった我慢はなかなかできません。でも、「来年までに○万円貯めなければならないから、今年は旅行をするのはやめておこう」といった具体的な我慢だったらできる気がしますよね? それと同じことで、「先の見えない我慢」を「先の見える我慢」に置き換えるのです。

――先の見える我慢ですか。
鈴木 たとえば、「コロナがいつ終息するかわからないから、やりたいことは全部我慢しないといけない」と思っていると、当然のように心は苦しくなるでしょう。そうではなく、「さすがに都道府県をまたぐような旅行はまだやめておくべきだけど、ちょっといい料理をお取り寄せしたい」といった目標を立てて、「感染状況がこれくらいになったら」「そのときに会社の業績がこうだったら」ご褒美消費をしてもいいというふうに、自分でルールを決めるのです。そのようにして、具体的な目標と我慢できることを決めることが大切です。

――仕事などにおける目標設定の際には、数値化するなど具体性を持った目標にすることがいいともいわれますが、それと同じ発想ですね。
鈴木 そうですね。「得体の知れない不安」と思っている限りはその不安はずっと解消できませんから、できる限り「得体の知れる不安」に置き換えていくべきでしょう。 もちろん、それですべての不安が解消されるわけではありません。でも、「少しは前に向かえている!」という実感を持てるような目標を立てることが大切です。不安の中身は一人ひとりちがうものですから、自分なりにその不安を解消できるような具体的な目標を探してみてほしいですね。

■自分の「幸せを測るものさし」を見つめ直す

――ここまで世代を問わず感じている不安とその解消法について教えていただきましたが、とくに、年上の世代よりこれから長く働いていかなければならない若い世代ならなおさらその不安も強く感じているのではないでしょうか。
鈴木 それはそうでしょう。そして、若い世代は、不安と同時に「無力感」を覚えているはずです。せっかく希望の会社に入社してもまともに出社できない。Zoomの向こうのなんだかよくわからない人から研修を受けるだけの日々を過ごしていれば、満足できるわけもない。

そうはいっても、入社間もない若い世代がどうこうできるわけでもありません。それこそ、コロナの影響が大きい観光業界や飲食業界、またはアパレル業界に就職した若い人なら、強い不安を感じているのではないでしょうか。

――そのなかでもできることはありますか?
鈴木 「自分の軸で幸せを測るものさし」をもう一度見つめ直すことですね。そのものさしを持っていたかどうかをきちんと考えるのです。たとえば、「外国人観光客の増加によって観光業界が伸びているから」といった「外部のものさし」で観光業界に就職を決めたような人なら、確固たる自分軸で判断したわけではないのですから、不安になって不満も抱いて当然です。

――なるほど、そうかもしれません。
鈴木 そこで、「自分の軸で幸せを測るものさし」をきちんと見つめ直してみる。いまの雇用環境のなかで無条件に転職をすすめるわけではありませんが、その結果、「やっぱりこの職種では幸せを感じられない」と思ったなら、転職を考えてもいいでしょう。あるいは、その逆のケースもあり得ます。希望した業種や職種に就けたわけではないけれど、よくよく考えてみると、業種や職種以外のところで、「自分の軸で幸せを測るものさし」と合致する会社のいいところが見えてくるかもしれません。

いずれにせよ、「幸せを測るものさし」が自分の軸に合っているのか、あるいは外部から与えられたものになっているかを見つめ直してみるべきです。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文 清家茂樹 写真/玉井美世子