8月初旬に発表された、本物の鉛筆と同じ木材を使った“デジタル鉛筆”が話題になっています。

この“デジタル鉛筆”の正式名称は、ペンタブレットの老舗として知られるワコムと三菱鉛筆がコラボレーションしたデジタル鉛筆「Hi-uni DIGITAL for Wacom」(以下、Hi-uni DIGITAL)。2020年1月に発売された液晶ペンタブレット(以下、液タブ)のエントリーモデル「Wacom One」に対応するペンです。

  • Hi-uni DIGITAL for Wacom
  • Hi-uni DIGITAL for Wacom

    遠目から見ると普通の鉛筆とほぼ見分けがつきません

間違えて削ってしまいそうなほどに本物そっくりな質感のHi-uni DIGITALですが、実際にアナログ作画をしている人にとって、鉛筆そっくりなデジタルペンは魅力的な画材になりうるのでしょうか。

それを確かめるべく、今回はアナログで線画を描いている、「こむぎこをこねたもの」で人気のイラストレーター・Jecyさんにレビューをお願いしました。

“デジタル鉛筆”に加えて、普段使っている大型の液タブと、13インチの小ぶりなWacom Oneとの使用感の違いも語ってもらいました。

Jecyさんの普段の制作環境

――最初に、普段の制作環境を教えてください。

Jecyさん(以下、Jecy):Macbook Proに、2014年ごろ導入した「Cintiq 24HD touch」を接続して使っています。

  • Jecyさんの普段の制作環境

    Jecyさんの普段の制作環境

それまでは(いわゆる板型のペンタブレット)ワコムのIntuosを使っていたため、画面に直接ペンを当てて描くという直感的な作業体験そのものに興味があったのと、広い画面で作業することで効率化を図りたかったというのが主な導入の理由です。傾斜の調整が利き、負担の少ない姿勢で使うことができるというのもポイントでした。

どのような画風のイラストでも、基本的には線画をシャーペンやミリペンなどのアナログ画材で制作し、スキャンした線画にPhotoshopで色を塗るという流れで制作しています。ですので、液タブは色を塗る用途で使うことがほとんどです。

Cintiqが机の上をほぼ丸々1台分占有するため、隣にもう1台机を配置してアナログ作業やPCでの作業を行うスペースを作っているというのが今の状況です。

ペン以外の操作はワイヤレスマウスやゲーム用キーボード(Logicool G13)にショートカットキーを登録したものなどで行っています。ゲーム用キーボードはいわゆる「左手デバイス(※)」ですが、私は左利きなので無理やり右手デバイスとして使っています。

※左手デバイス:イラスト描画やゲーム用途で販売されている、利き手ではないほうの手で入力操作をするための機器。右利きの人が左手で操ることが多いため、こうした俗称になっています。

――普段は大型の液タブを使われているんですね。そうなると「Wacom One」はだいぶ小さく感じると思いますが、第一印象はどうでしたか?

  • Wacom Oneを設置したところ。普段の制作環境と比較すると、単純に機材が小さくなったぶん、すっきりして見えます

    Wacom Oneを設置したところ。普段の制作環境と比較すると、単純に機材が小さくなったぶん、すっきりして見えます。

Jecy:思っていた以上に薄く軽いことに驚きました。時代が時代ならはるかに高価な機材だったのではないでしょうか。

配置してみたところ、全体的にシンプルで手元がすっきりとする印象でした。コンパクトなものとはいえ、ACアダプタやHDMIケーブルなど接続箇所が多いと配線が煩雑になりそうなイメージがありましたが、本体につなぐ部分が1箇所にまとまっている(*)のは手元がごちゃつかず扱いやすそうです。

*:Wacom Oneに付属する専用ケーブルは、電源、USB、HDMIが1つにまとまっています。

――普段の液タブと使い心地はどう違いましたか?

  • Wacom One単独使用で「こむぎこをこねたもの」シリーズに登場する禅を司る「こねり」のありがたい漫画を描いていただきました

    Wacom One単独使用で、「こむぎこをこねたもの」シリーズに登場する禅を司る「こねり」のありがたい漫画を描いていただきました

Jecy:普段使用しているCintiqと画面のサイズが大きく異なりますが、作業していて狭苦しいという感じは思っていたほどありませんでした。

画面を広く使える普段の環境のほうがレイヤーを探しやすいなど、細かいところで作業のしやすさに多少の違いがありますが、画面が小さいからといって引きたい場所に線を引きづらかったり、色塗りがはみ出したり、ということはあまり起こりませんでした。こねたものなどのシンプルなキャラクターであれば、始めから終わりまで普段とそれほど変わらない感覚で制作できそうです。

これは慣れの問題や個人の体感のように思われますが、微妙な筆圧の変化は少々つけづらいと感じました。特に力を抜いてうっすらと色を塗りたいような時には、線が途切れてしまったりと、苦戦することが多くありました。

また、タッチ機能やボタンはついていないため、効率的に作業するとなるとやはりワイヤレスマウスや左手デバイスなどを併用する必要がありそうです。

  • Wacom One単独使用で「こむぎこをこねたもの」シリーズに登場する禅を司る「こねり」のありがたいお言葉漫画を描いていただきました

    完成した漫画「弘法筆を選ばず」

――「Hi-uni DIGITAL」のファーストインプレッションは?

  • 「Hi-uni DIGITAL」+CLIP STUDIO PROの公式鉛筆ブラシで描いた「こむぎこをこねたもの」。すばららしい「そんざいかん」です

    Hi-uni DIGITAL+CLIP STUDIO PROの公式鉛筆ブラシで描いた「こむぎこをこねたもの」。素晴らしい「そんざいかん」です

Jecy:タブレットペンとは思えないくらいリアルな鉛筆の質感でした。鉛筆ブラシと併用することで、デジタルでの作業に使える(一本で様々な用途に使える)削る必要のない鉛筆が手に入ると考えると、魅力を感じる方々は多いのではないでしょうか。

また、通常のペンに比べてHi-uni DIGITALはペン先が細いため画面との接点やその周辺を視認しやすく、細かい作業をするのに便利でした。ブラシを使った色塗りにもHi-uni DIGITALのほうを使っていたほどです。

慣れ親しんだ鉛筆と変わらない見た目や握り心地のペンを使ってデジタルな制作ができるということが、単純に体験として楽しいものでした。

  • Jecyさんが生み出した雪国の小さな女の子「ローシカ」ちゃんの夏らしいイラストも、色塗りはHi-uni DIGITALを使ってやってみていただきました

    Jecyさんが生み出した雪国の小さな女の子「ローシカ」ちゃんの夏らしいイラストも、色塗りはHi-uni DIGITALを使ってやってみていただきました

――楽しんでいただけたようでよかったです! Hi-uni DIGITAL+鉛筆ブラシの描き心地は、アナログ画材と比べて「使えそう」でしたか?

Jecy:結論から申し上げますと、作業体験としてはたいへん好みですが、描いた結果としては現状やはり実際の紙にシャーペンなどで描いた線が好き、という感じです。

デジタルな作業環境で鉛筆やシャーペンで引いた線の質感を出そうとしてよく思うことではあるのですが、私の絵にしては線がさっぱりとして整い過ぎるという感覚がありました。整ったキレイな線で描かれたイラストを見るのはとても好きなのですが、私自身が描くとなるとどうしても違和感を覚えてしまいます。

普段線画をデジタルで描くことがあまりなく、またアプリケーションのCLIP STUDIOを使い慣れていないということもあり、現在の私の技術力では鉛筆ブラシの魅力を活かすことが難しかったように感じます。

ですが、筆圧やペンの傾きに細かく反応して多彩な表情の線が出せるという点にはまさに鉛筆の持ち味が反映されており、デジタル環境でデッサンやスケッチのような絵が描けるという体験には魅力を感じます。もっと習熟した上で鉛筆ブラシに合う描き方を探していきたいと思える内容でした。

  • 完成したローシカちゃんのイラスト。制作当時、リアルタイムでTwitterで発表されていますので、かわいいローシカちゃんを拡散したりいいねしたい人はツイートへ。

    完成したローシカちゃんのイラスト。かわいいローシカちゃんを拡散したりいいねしたい人はJecyさんのツイート

普段置き場所が限られるくらい大きな液タブを使って作業しているため、(Wacom Oneは)ノートPCにつなぐことで自宅内ならそれほど場所を選ばず作業スペースを展開でき、なおかつそれほど作業の質を落とすことがないというのは、今の私の環境にはない魅力に感じられました。配置を工夫すれば、冬場におふとんにつつまれながら作業もできるのでは……などと煩悩にあふれた想像も働いてしまいます。

Wacom Oneは比較的安価な機種ということもあり、大きい液タブはハードルが高いと感じたり、モチベーションなどの面で作業にある程度の気軽さを求める場合には、一つの有力な選択肢となりそうです。

――ありがとうございました!