群馬県安中市とNTT東日本 群馬支店は2020年6月29日、「ICTを活用した地域社会の発展と活性化に向けた取組」を共同で実施する多分野連携協定を結んだ。同市はICT、IoT、AI、ロボティクス技術をどのように地域の活性に役立てていくのか。安中市総務部に伺った。
AI-OCRとRPAを活用した2019年の実証実験
群馬県安中市とNTT東日本 群馬支店が多分野連携協定を結んだ背景には、2019年10月から行われた実証実験がある。これは同市の業務における働き方改革・デジタルトランスフォーメーション(DX)推進を目指したもの。紙の書類をデータ入力する業務の自動化を考えていた安中市が、NTT東日本 群馬支店の協力のもと、AI-OCR・RPA活用による業務の効率化の実証実験を実施した。
「ペーパーレスも将来的な目標としてはありますが、まずはデータ入力のオペレーションをRPAに置き換えて職員の生産性向上を図り、市民への直接的なサービスに時間を配分したいと考えました」(田中氏)。
「市役所の業務において圧倒的に多い申請書などの入力を自動化したいという思いがありました。ですが紙の書類に対して直接RPAを動かすことはできません。そこで第一段階として紙をデータ化するためのAI-OCRを導入したのです」(萩原氏)。
AIを活用したOCRの精度は高く、枠外にはみ出した文字や走り書き以外は概ね読み取りが可能だという。実証実験では個別検診受診票という市民の健康状態を調べる書類をAI-OCRにかけたが、実に「96.3%」もの精度で読み取れたそうだ。さらにこれをRPAで処理することによって単純な稼働削減効果は「82%減」にも達している。実際には人間の目でダブルチェックする作業が行われているが、それを含めても「34%減」を実現しているという。
「AI-OCRとRPAは申請書の自動データ入力以外にもさまざまな効果があり、今までやれていなかったことにも挑戦できるようになりました。例えばこれまで、市民のアンケート調査は集計に多大な労力を要していましたが、AI-OCRとRPAによってこれらを自動化することも可能となっています」(萩原氏)。
「NTT東日本さんには結構な無理を言ったのですが、結果としてRPAとAI-OCRを合わせた実証実験は県内で最初の実施となりました 。いろいろ融通も利かせていただき、大きな成果を残すことができたので、非常にありがたく思っています」(田中氏)。
ウィズ/アフター・コロナへの対応にICTを活用
2019年に行われた実証実験を終え、2020年6月に結ばれたのが「ICTを活用した地域社会の発展と活性化に向けた取組」を共同で実施する多分野連携協定だ。当面の重点的な取組事項として、ウィズ/アフター・コロナ時代に向けた職員の働き方改革実現と、新しい生活様式への対応を目指している。
「NTT東日本さんから協定の打診をいただいたのが3月下旬ごろでしょうか。もともと市民に対するサービス向上を考えていたのはもちろんのこと、新型コロナウイルス流行という昨今の状況もあり、より一層ICTの活用について考えていきたいという思いがあり、協定を結ばせていただきました」(田中氏)。
連携協定締結後の具体的な取組として現在行われているのが「行政サービスにおけるAIチャットボット活用に向けた検証」と「職員のテレワーク・コミュニケーション環境の整備」の2つ。ともに外出自粛が求められるウィズ/アフター・コロナを視野に入れた取組といえる。
特別定額給付金への問い合わせから生まれたAIチャットボット
「行政サービスにおけるAIチャットボット活用に向けた検証」は、AIチャットボットを利用して市民からの一般的な問い合わせに対する応対を24時間休みなく行おうというものだ。
4月に政府が特別定額給付金(新型コロナウイルス感染症緊急経済対策関連)についての公表を行った際には、安中市役所にものすごい数の問い合わせが寄せられたという。これに対してどういう対応ができるかを考えたとき「何度も聞かれる質問に関してはAIチャットボットで決まった回答を返せれば、市民の満足度向上と職員の負担軽減につながるのではないか」という案が生まれた。
「市民が情報をキャッチする窓口として、来庁での問い合わせに加え、ホームページ、回覧物、電話やメールといった手段を用意していました。しかしホームページは必要な情報にたどり着くのが難しく、電話やメールは職員の対応が求められますし、回覧物は時間がかかります。迅速な情報伝達のために、24時間応対する仕組みが必要と考えました」(齋藤氏)。
このAIチャットボットは、内部的に2020年度の国勢調査における調査員のQ&Aにも活用される予定だという。調査にはかなりの人数が動員されるが、一人ひとりの質問に対応すると職員、調査員両方の業務に負担がかかる。AIチャットボットによってこの軽減を狙う。
Webexを使い3密を避けるテレワークを積極的に推進
「職員のテレワーク・コミュニケーション環境の整備」は、もともと取組が進められていたものだ。安中市庁舎は新旧の建物が合わさっており、広い庁舎内に様々な部署がある。また離れた場所に支所もあるため 、会議を行うとなると移動や燃料費の負担が大きかった。これに加えて、新型コロナウイルス対策として3密を避けることが求められるようになり、安中市のみならずともテレワークへの対応は急務となっている。
「テレワーク推進の流れはもともと世の中にあったわけじゃないですか。それが新型コロナウイルスの流行によって可視化されたわけで、より取組を加速させねばならないと考えました」(田中氏)。
「以前から安中市役所ではタブレット端末を利用していて、無料のWeb会議ツールなどは使い始めていました。ですがNTT東日本さんとの実証実験ではWebexのライセンスやCISCOの専用端末などを使用できることになりましたので 、より高度でセキュアなWeb会議を実現できると思います」(齋藤氏)。
3密を避けるために、今後は本庁舎と支所間の会議、さらには市民とのやり取りや首都圏との打ち合わせ、職員研修などでもWeb会議を積極的に推進していく予定だという。
少子高齢化が加速する地方自治体の課題
NTT東日本 群馬支店 の協力のもと 、ICT化を推し進める安中市。同市はこの他にも、子育て支援や教育推進、防災・災害対策などさまざまな事項でICT活用を検討している。
「子育て支援では、子育ての疑問や悩みに対して24時間応対ができる今回のAIチャットボットが活用できないかと考えています。多分野において、NTT東日本さんに ICTのノウハウについて提供をお願いしています」(猿谷氏)。
安中市の総人口にしめる65歳以上の割合は3割を超えている。こういった少子高齢化は地方自治体の多くが直面している現実といえる。生産人口が減少する中でICTの活用は急務といえるが、一方で高齢者のICT対応には難しさもある。
「使える人が使えば便利なサービスを追加すれば当然より便利になりますが、そういう機器を使えない高齢者の方などを取り残さない仕組みづくりが求められていると思います。今の50代は使い慣れていますから、10年20年後にはそういう人がスライドして自然に解決するのかもしれませんが、今の今という話をするとテレビと電話しかないような人たちにアプローチできません。そのような方は端末を手に取っていただくハードルが高いですし、ここ数年の大きな課題となると思います」(田中氏)。
「少子高齢化が進む中では職員の数も減少し、これまで数人で行っていた仕事を一人で行わなければならないという可能性もあるでしょう。そのためにICTを使った生産性向上は避けては通れませんが、一方で市民の利便性も考えていかなければなりません。地方自治体はこの相反する2つを両輪で考えていかなくてはならないのでしょうね」(齋藤氏)。
多くの地方自治体が少子高齢化による労働生産人口の減少に悩みを抱えている。さらにコロナ禍によって住民同士の接触も難しくなった。そのような中で積極的なICTへの取組をさらに加速し、大きな成功を収めている安中市とそれを支えるNTT東日本。この連携協定は、地方自治体が取り組むべきDX推進の大きな先例となりそうだ。