JR九州は8日、豊肥本線の全線運転再開に合わせ、特急列車の運行体系を変更した。熊本~大分・別府間で特急「あそぼーい!」「九州横断特急」を運行するほか、熊本~阿蘇・宮地間の特急「あそ」を新たに設定した。
特急「あそ」は観光需要の多い阿蘇地区への足を確保するため、熊本~阿蘇・宮地間で計3往復を運行。うち2往復は多客期のみの運行とされ、下り「あそ3号」、上り「あそ4号」が毎日運転となる。「あそ」の名称はかつて、1992(平成4)年7月から2004(平成16)年3月まで熊本~大分・別府間の特急列車にも使用されたことがあり、16年5カ月ぶりの復活ということになる。
豊肥本線が全線運転再開する前日の時点で、下り特急列車のうち、熊本駅9時9分発「あそぼーい!」が満席、同駅9時51分発「あそ1号」も指定席が満席となっていた。その次の下り特急列車は、熊本駅11時45分発「あそ3号」。キハ185系3両編成で、1号車が指定席、2・3号車が指定席。車体前面には、ヘッドマークの代わりとして「スイッチオン! 豊肥本線全線開通プロジェクト」のロゴマークが表示された。車体側面の表示器には、かつての特急「あそ」でも見られた「185」「ASO」の文字が記されてあった。
「あそ3号」は熊本駅2番のりばから発車。車掌による車内放送では、日本語に続いて英語によるアナウンスも行われた。車内改札では感染症対策のため、スタンプを省略するとの案内もあった。新水前寺駅・水前寺駅からの乗客は多くなかったが、武蔵塚駅や光の森駅で指定席に座る乗客が数組ずつあり、肥後大津駅を発車する時点で指定席の窓側席はほぼ埋まった。一方、自由席は指定席と比べて空席が目立っている様子だった。
光の森駅では駅員が旗を振って列車を見送り、肥後大津駅そばの豊肥本線復旧事務所に「いってらっしゃいませ」の幕も。肥後大津駅から先は、熊本地震から4年4カ月ぶりに運転再開した区間となる。瀬田駅を通過する際に徐行し、その後も速度を落としながら運転。立野駅が近づくにつれて、まだ汚れの少ない砂利とコンクリート枕木の区間が目立つようになり、熊本地震の復旧工事が行われた区間を走っていることを実感する。
立野駅で約2分間停車し、上り「あそ2号」と待ち合わせ。停車中の車内放送にて、ここからスイッチバックのため、しばらく進行方向が変わるとの案内があった。立野駅は南阿蘇鉄道と接続する駅だが、駅舎はなくなり、ホームはいまのところ豊肥本線のみ整備されている。南阿蘇鉄道は2023年に全線で運転再開する計画とされ、開通時期を示した看板がホームから見えた。ホームからの通路には、「いよいよ豊肥本線が繋がります。この立野駅から学校や職場へ向かわれる、にぎやかな声がまた戻ってきたことをJR九州社員一同、うれしく思います」とメッセージが掲げられた。
豊肥本線の名所である立野駅付近のスイッチバックも、熊本地震の影響により、複数箇所で斜面崩壊や落石などの被害を受けた。立野~赤水間の阿蘇大橋地区では、現在も大規模な工事が行われ、豊肥本線と並行する国道57号も工事中で、10月に開通予定とのこと。阿蘇大橋は架替えとなり、来年3月に開通予定とされている。進行方向左側の車窓に広がる大規模な斜面崩壊も、対策工事が行われたとはいえ、熊本地震の凄惨さを物語っているように見えた。
赤水駅は特急停車駅だが、かつての駅舎はなくなり、代わってコンパクトな建物が待合室として使用されていた。赤水駅発車後、「あそ3号」の車内では、次の停車駅が阿蘇駅であることを告げるとともに、大分方面への乗換えは終点の宮地駅で行うように案内する放送が流れた。しばらくすると列車は速度を上げ、進行方向右側に阿蘇の山々の風景、左側に緑の美しい田園風景が広がる中、特急列車らしいスピードで快走した。
特急列車が通過する内牧駅も、熊本地震で旧駅舎が損傷したため、解体されてコンパクトな建物に生まれ変わっている。「あそ3号」は12時59分に阿蘇駅に到着。半数以上の乗客がここで下車した。阿蘇駅でも改札口付近にJR九州社員一同によるメッセージが置かれ、駅舎の前に豊肥本線の全線運転再開を祝う看板が掲げられてあった。駅前ロータリーには「ONE PIECE 熊本復興プロジェクト」の一環でウソップ像が設置され、像の前で写真撮影を行う観光客が多かった。
この日は「あそ3・4号」をはじめ、「九州横断特急」もキハ185系3両編成で運転。一方、多客期のみの運転とされる「あそ1・2・5・6号」はキハ185系2両編成だったという。日中時間帯、肥後大津~宮地間の普通列車はおもにキハ47形とキハ200系で運転された。