東京の、そして日本のモノづくりを支えている東京台東区。そのキーマンともいえる木本硝子の木本誠一氏は、東京下町の手作り硝子工場や江戸切子の職人、デザイナーやクリエイターの方々とタッグを組んで硝子製品の新しい世界観を創り出しています。
昭和6年の創業から3代続く木本硝子。中小企業が時代を超えて生き残るためにはどうすればよいのか。本稿では前回 に続き、税理士でありながら幾つもの事業を立ち上げてきた連続起業家のSAKURA United Solution代表・井上一生氏が、木本誠一氏と対談を行いました。
ワンチームを実現し支えるのは人間力
井上一生氏(以下、井上)――「木本さんは、だれに対しても平等で物怖じしないですよね。良いものは良い、悪いものは悪いとハッキリしている江戸っ子気質。親分肌で人がついてくるのでしょうね」
木本誠一氏(以下、木本)――「ワガママ親父が自分の好きなことをやっているだけですよ(笑)。でも、仲間を大切にしたいという気持ちはありますね。職人さんや工場も大切にしたいし、売ってくれる人たちも大切にしたい。大切なのは、やっぱり現場の人たちですから。うちは問屋なので、作るわけじゃない。関わってくれる現場の人たちを大切にできないと、続けられないんですよ。だからやっぱり"ワンチーム"。
職人さんや硝子工場、開けた思考の井上先生みたいな人たちとのネットワークをつなげていく。そうすることで、新しい価値が生まれる。それが楽しいですね」
井上――「そのワンチームを支えているのが、木本さんの人間力だと思います。たくさんの人を募ってまとめるのは、すごく大変なことじゃないですか。木本硝子さんの代名詞ともいえるのが"黒い江戸切子"ですが、その実現も大変だったのではないでしょうか?」
木本――「もちろん、簡単ではなかったです。従来の江戸切子は赤と青でした。クラシックなデザインも、それはそれで良いのですが、『赤や青の江戸切子でウイスキーを飲むかな?』と想像したときに、和室で飲むなら良いけど、タワーマンションやソファでこのグラスでは飲まないと思った。それで黒を作ったわけです。実は、赤や青の江戸切子も黒の江戸切子も、同じ職人さんが作っています」
井上――「そうだったんですか。てっきり違う職人さんが作っているものだと思っていました。黒い江戸切子を作ることに対して、職人さんからの反対はなかったのですか?」
木本――「当然、反対はありました。実現できないと諦めかけたときもありましたよ。けど、職人さんの技術や精神を大切にしたいし応援したいと思ったんです。
そこで、今のライフスタイルでも使えるように、デザイナーやクリエイターさんの力を借りました。シンプルモダンやトレンドを取り入れて、みんなに使ってもらう。そうすることで、器が生きる。関わったみなさんに協力していただいて、最終的には黒い江戸切子を実現できました」
井上――「業界の非常識を実現できたのは、やはりだれに対しても平等で筋を通す木本さんの人間力があったからこそですね」
日本のコンテンツの可能性
井上――「黒い江戸切子は、伊勢丹のバイヤーさんからもお墨付きをもらったとか」
木本――「そうですね、黒い江戸切子は世界初ということで。ありがたいことです。今は、百貨店を取り巻く環境は厳しくなっていて、従来のやり方だと小規模なうちのような会社では取引を続けるのは難しいと感じて距離を置いている状況です。
百貨店は、地下でお酒を売っているし、食品も扱っている。飲食店も良いお店が入っているし、衣食住の体験ができる場所です。すべてコーディネートできて、説明できる人がいる。オンラインでできることは増えたけど、想いまではなかなか伝わりません。それがリアルにできる場が百貨店です。ただ、やりたくてもできない経営判断がある。だから今は距離を置いていて、時期が来たらまた百貨店さんと一緒にやりたいと思っています。そのタイミングが来たときに一緒にやるためには、うちの会社も常に革新していないと」
井上――「トータルコーディネートができる百貨店さんとのコラボは、ぜひ実現してほしいですね。木本さんのビジネスの着眼点は、どんなところにあるのでしょうか?」
木本――「硝子自体はヨーロッパから入ってきたものです。日本の硝子食器を欧米に持って行くと、『良いね』とは言ってくれるけど彼らがオリジナル。ちょっと微妙な空気感がある。日本のものがどんなに良くても、文化の問題を感じるんですよ。フランクフルトやパリ、ニューヨークなど、40か国の展示会を回ってみて感じたことがあって、そのとき感じたことが自分の着眼点になっていると思います。
井上先生は、ワインも飲みますよね。ワインを飲むときって、赤と白ではグラスを変えるでしょ。グラスを変えると、味も違う。そういう風に、料理が変わると飲むものも変わる。飲むものが変わるとグラスも変わる。グラスが変わると味も変わる。
欧米では、日本食も日本酒も評価されているけど、それに合うグラスをだれも持って行ってない。だから、みんな同じグラスで飲んでいるんですよ。それってもったいない。
スパークリングや辛口、芳醇なもの、甘いもの、濃厚なものなど、それぞれのお酒によって合う料理をイメージできると思います。お酒に合う料理があるように、お酒に合うグラスがある。日本酒に合うのは、やはり日本の食器です」
井上――「同じ日本酒を、グラスを変えて飲む試飲会に招待していただきましたが、確かに味が違いました」
木本――「そうでしょう? ワインだと、口に入る場所やスピード、角度で味が変わる。それと一緒で、日本酒も味が変わるんです。グラスによって、お酒が口に入る場所やスピード、角度が変わるわけです」
井上――「奥深いですね」
木本――「日本のコンテンツは、その組み合わせによって価値がさらに上がると思います。そのことをもっと伝えたい。日本には酒蔵が1,000くらいある。各酒蔵がこだわりを持ってお酒を造っています。器を変えることで、よりお酒を愉しんでもらえると思います。その酒蔵のお酒専用のグラスがあっても良い。大好きなお酒とそれに合うグラス、それと料理。その組み合わせを愉しんで、幸せな時間を過ごしてほしいですね」
井上――「そして、そのモノづくりを東京の下町で」
木本――「そうですね。どうせ作るなら、東京下町のガラス職人さんと新しいものを作っていきたいです。ソニーでウォークマンをデザインした澄川伸一さんや他のプロダクトデザイナーの方とコラボした商品もありますし、コンセプトを伝えて海外のデザイナーの方とコラボした商品もあります。クラシックなものだけでなく、斬新なものも取り入れているので、今のライフスタイルとも合うと思いますよ」
明けない夜はない――と、最後は楽しく行動する
井上――「コロナショックの影響もあり、中小企業の経営環境は厳しくなっていますが、木本さんは今の時代をどう捉えていますか?」
木本――「うちは、オイルショックもリーマンショックも大震災も経験しました。直接ではないけど、戦争も経験している。激動じゃない時代はなかったと思います。だから進化論のような、環境に適したものが生き残るんじゃないかな。
プランを立ててここまでやってきたわけじゃないですよ。会社が潰れるんじゃないかと不安で眠れない日々を過ごしたときもありました。けど、運よく応援されて生き残れた。毎日ジェットコースターみたいで、思うようにいくことなんてない。10やって1が形になれば良い方で。動きながら考えるというより、動いた後で考えるくらい。そうやって、なんとか生き残ってきたのが今だと思います。
今はまずは守り重視で、補助金や助成金などの公的資金を活用してディフェンスを固める。そしたら次は、複数の方法論で攻める。複数の方法論を持つことが大切だと思います。その情報は、仲間から入ってくる。『こういう情報に対してこう動いた。その結果こうだった』という生の情報が仲間から入ってきて、それが価値なんです。
価値ある情報を入れて、細心の注意と準備をする必要はあります。でも、最後は明るく楽しく元気に。開けない夜はない、止まない雨はないと考えて行動することですね」
井上――「やっぱり、木本さんと話すと元気になります。思わずついていきたくなる。また海外視察もご一緒したいですね」