日々感染者数が増加し、新型コロナウイルスが不安な日々が続く。10万円が支給される特別定額給付金の申請期限が近づく中、未自給の世帯もあり市役所の対応に批判的な意見も多い。仕事が遅い、頭が固い、そんなイメージが強い市役所だが、鹿児島市市役所のコロナ対策がTwitterで話題となり大きな反響を呼んでいる。
「しょくいんがあらわれた」とコミカルなアートが描かれているのは、市役所の受付窓口。まるで「ドラクエ」のような文字が飛沫感染を防止する透明シートに描かれている。
鹿児島市役所の「感染予防対策シート」に、少しでも市民に元気を出して欲しいと言わんばかりに、明るく、楽しげな工夫が施されていました!
何か「市の職員とか頭固くて暗い人ばかりなんじゃないか?」と勝手に決め付けていた自分が恥ずかしいです
なんだー、俺と同じサブカル好きじゃねーか(笑)(@Nari_Muraより引用)
市役所を利用した市民がこの様子をTwitterで投稿した結果4.7万リツイート、11.9万いいねが付き(7月22日時点)、大きな話題を呼んだ。ツイートには「めっちゃ楽しそうな市役所」「さすが鹿児島市」と称賛の声が寄せられた。ネットニュースでも話題になり、前進的な取り組みに注目が集まっている。
この飛沫感染予防対策シートにアートを描く取り組みはNPO法人「かごしまアートネットワーク」と鹿児島市市役所の文化振興課によって「コロナを越えるアートプロジェクト」として実施されたもの。コンビニやスーパーといった接客現場や、病院の受付といった医療現場でも、飛沫感染防止対策としてビニールシートを設置している場所は多い。その中でなぜ市役所のシートにアート作品を施したのか、その反響は? 各担当者に話を聞いた。
■かごしまアートネットワークとは?
「コロナを越えるアートプロジェクト」の作品制作を手掛けたのは、「かごしまアートネットワーク」。鹿児島で活動しているアーティストの活動を地域社会で知ってもらいたい、アーティストと市民を繋いでいきたいと2005年にNPO法人として設立した。主な活動としては、地元アーティストと子どもたちとの芸術体験を行う「芸術家派遣プロジェクト」を小中学校や子育て支援施設等で実施。これまでの16年間、466ヶ所で実施、対象になった子どもたちは約15万8,000人、参加アーティストは延べ2,500人以上と精力的に活動している。
今回ネットで話題となった市役所の飛沫感染予防対策シートのアートのように、学校や地域、市民、そして行政も含めて一緒に行う取り組みを行っており、行政に提案したり、行政から依頼を受けたりする機会が多いという。
■「コロナを越えるアートプロジェクト」の始まり
「コロナを越えるアートプロジェクト」は、5月下旬に鹿児島市より「コロナ禍の医療従事者や市民を励ますようなアート企画ができないか」との相談があったことから取り組みがスタート。6月初旬に今回の「コロナを越えるアートプロジェクト」を提案したという。
かごしまアートネットワークの丸田真悟氏は、「この提案を鹿児島市に採用いただいてからアーティストへの作画依頼、設置作業と約1カ月で実施しました。5人のアーティストには時間がない中、ちょっと無理をお願いしましたが、それぞれ個性豊かな作品を提供してくれて感謝しています」と語る。
今回のプロジェクトに選ばれたアーティストは鹿児島市春の新人賞受賞作家、中原未央さん、小牟禮雄一さん、松下茉莉香さん、桶田洋明さん、岩田壽秋さんの5人。それぞれの表現を活かした作品が市役所の飛沫感染予防対策シートを彩っている。
■なぜ「飛沫感染予防対策シート」にアートを?
昨今のコロナ禍でよく目にするようになった、飛沫対策や防止のための透明シート。「声が聞き取りづらい場合がございます」など、注意書きが貼られたものは街中でも見られるが、アートを施したものを見かけることはほとんどない。なで、このシートとアートを組み合わせたのだろうか。
丸田さんは、コロナ禍で多くのアート活動が自粛に追い込まれ、重苦しい日常が続く中、この雰囲気を何とか打破し、どこか癒しや希望、寄り添う温かさを感じられるアート企画にしたいと考えたという。
そこで注目したのが、多くの市民が目にして、このコロナ禍を象徴している感染防止の透明シート。「シールド」とも呼ばれる透明シートは、コロナウイルスの感染を防ぐためのものであると同時に、人と人とのコミュニケーションも難しくしていると考えた。そこにアートが寄り添うことで、コロナは遮りながら、対面のコミュニケーションに少しでも潤いを与えることができないかと思いついたそうだ。
始めは病院の受付シールドに設置できないかという考えもあったが、実際にコロナと闘っている最前線に入っていくのはハードルが高く、今回は市役所での設置という流れとなった。
■市役所とコラボできたワケ
市民団体と行政が協力しての活動、しかも利用者の多い窓口の透明シートにアートをするという大胆にも思える取り組み。話題となったTwitterを投稿した鹿児島のアイドルグループMINGO!×MINGO!プロデューサーの有村トモナリさんは、「コロナ禍でそこにいる人ほとんどがマスクをしていて、しかも役所というお堅そうな緊張感漂う空間で、一見冗談かな? と思うようなものが目に飛び込んで来て、一瞬で心が解きほぐされました」と、驚きの感想を持ったという。 地域のアート活動のため、市民や行政との取り組みを多く行ってきたかごしまアートネットワーク。丸田氏は「鹿児島市とのコラボできたのは、お互いに持っていないものを補い合う良い意味での信頼関係を築いてきたからだと思います」と語る。
お堅いイメージの市役所だが、活動を通してを関係を築いてきたという両者。他の行政ではあまり見られないアートな取り組みを受け入れることに対して、「行政との信頼関係を通して、私たちは芸術活動を地域の広がりの中で見ることの大切さを学び、鹿児島市も様々な施策に、多様な視点を採り入れる柔軟性が生まれているのではないでしょうか」と丸田氏は考える。今回のプロジェクトが大きな反響を呼んだことは予想外で、嬉しい驚きだったそうだ。
■批判の声も
Twitterでは称賛の声がある一方で、「役所のおふざけ」「税金の無駄遣い」といった厳しい声も散見された。実際に市役所の様子はどうなのだろう。鹿児島市市役所の文化振興課の担当職員は「利用者からのクレームは少しはあります。しかし、明るくて良い、面白いという声が多いです」と話す。
透明のシートがあることで利用者と職員の声が聞き取りづらく、コミュニケーションの妨げにもなるシールドを、アートと組み合わせることで利用者にやすらぎを与えられればと考える担当職員。目に見えて空間が明るくなるものとして、音楽ではなくシールドへのアートへ賛同したそうだ。
■今後の活動は
Twitterで話題を呼び、全国からも注目が集まった「コロナを越えるアートプロジェクト」。今後、継続する予定はまだないという。丸田氏は、「市役所から声を掛けていただければぜひ続けていきたいし、また美術だけでなく他のジャンルでも展開できればと思っています」と活動に前向きだ。市民を明るくする取り組みにこれからも期待したい。
鹿児島市役所の「感染予防対策シート」に、少しでも市民に元気を出して欲しいと言わんばかりに、明るく、楽しげな工夫が施されていました!
— 有村トモナリ (@Nari_Mura) July 10, 2020
何か「市の職員とか頭固くて暗い人ばかりなんじゃないか?」と勝手に決め付けていた自分が恥ずかしいです😥
なんだー、俺と同じサブカル好きじゃねーか(笑) pic.twitter.com/RrHt0kEOED