既存リモートワーク制度の拡大で新型コロナウイルス感染拡大に対応

ヤフーには以前から、月5回までは全社員がリモートワークで勤務できる「どこでもオフィス(通称:どオフ)」という制度が存在する。この制度では、勤務する場所は自宅に限らず、電波が届き、業務に集中できる場所であれば、旅行先や屋外でもかまわないとしている。新型コロナウイルスの感染拡大ともなう出社人数削減には、この制度の拡大で対応が行われた。

ヤフー ピープル・デベロップメント統括本部 コーポレートPD本部長 金谷俊樹氏

「社内では、1月末までに4段階のシナリオレベルを設定しました。5月末までの緊急事態宣言期間がレベル4に該当しますが、基本的に出社不可としました。どうなったらレベルが変わるのかをあらかじめ設計して社員に公開し、条件に当てはまったらレベルを移行するということを繰り返してきました」と語るのは、ヤフー ピープル・デベロップメント統括本部 コーポレートPD本部長の金谷俊樹氏だ。

同社では、1月23日に外務省が武漢市に対する感染症危険情報をレベル2に引き上げたタイミングで該当地域へ不要不急の渡航を控えるよう注意喚起したことを皮切りに、その後は、状況の変化に応じたリモートワークの強化を実施した。

まず2月5日には、妊娠中や持病があるなど感染リスクが高い社員に加えて、同居人に妊婦、被介護者、未就学児がいる社員も対象に「どこでもオフィス」の回数制限を解除。その後、2月21日には全社員に対する回数制限解除が行われた。

この際、勤務場所は従来の「どこでも」から「自宅推奨」としたが、2月末には「在宅勤務を強く推奨」に変更。また、対面による打ち合わせや来客対応、緊急の場合を除いた国内外の出張や外出を順次禁止したり、会議室の収容人数を半減させたりと、出勤を続ける社員に向けた対策も行いながら3月を乗り切った。

その後、緊急事態宣言が出された地域を対象に在宅勤務を指示。フレックス勤務のコアタイム解除も行いながら、基本的に出社を禁止した状態になったという。

「もともと月5日までという上限はありましたが、リモートワークの体制は整っていたので、在宅勤務を指示するという段階に至っても特段の混乱はなく、業務やサービス提供が滞りなく実施できたと思っています」と金谷氏は語る。

緊急事態宣言の解除を受けてレベル4の体制は解除され、在宅勤務を強く指示するレベル3へと移行。6月上旬時点で出社率は5%程度と大半の従業員が在宅勤務を継続している状態だという。

出社必須業務にも人数減での距離確保等で迅速対応

新型コロナウイルスによる緊急のリモートワーク拡大において課題となったのが、業務の特性上在宅での対応が難しい職種の社員にどう対応するかということだ。ヤフーの場合、カスタマーサポート部門が該当した。

「人事部門は、ほぼ出社していませんし、該当期間に決算がありましたが、最小限の出社で対応することができました。営業職も普段からオンラインでやっていたため、問題なく対応できました。しかし、個人情報を扱うカスタマーサポートのような部署は特定のセキュリティエリアの中でのみ業務が行えるというルールなので、感染予防に十分配慮しながら出社を継続してもらうことになりました。こういった部署は、出社人数をコントロールして従業員間の距離を十分担保することを前提に出社してもらいました」(金谷氏)

制度面でも、2月28日には基礎疾患を持つ人や妊娠中の人、休校に対応しなければならない人を対象に出社時間の変更や、早退等で1日の所定労働時間に満たない場合でも1日勤務と見なすなど、早い段階から対応。休校が開始された3月2日からは、小学生以下の子連れ出勤を認めたほか、レベル4体制になった4月7日からは、昼食のために外出することで感染リスクが高まらないようランチの無料提供を実施するなどの特別対応も行った。

オリンピック対応準備が活きたテレワーク移行

「現在(取材は6月中旬)は、フレックスのコアタイム解除した上で在宅勤務を強く指示している状態です。オフィス入り口ではサーモグラフィーによって検温し、37.5度超えたら入場できないようにしています。今後もまだ感染拡大の恐れはあると考えており、世間で言われるWithコロナ、Afterコロナを睨みながら、まだ緊急事態の中であるという認識で、日付を刻みながら従業員に働き方を指示しています」(金谷氏)

一連の対応の中で、就業規則の変更や大きな新制度の導入といったことは行われていない。従来からのフレックス制度の中でコアタイムをなくしたり、リモートワークに関する回数制限を解除しつつ、場所については在宅という制限を加えたりと、既存制度の運用変更で対応した。これには、東京オリンピック対応準備が役立ったという。

「オリンピックをどう乗り切るかという課題は以前からあり、出社コントロール等は考えていました。一週間、リモートワークの制限を解除して、リモートワークを推奨する「どオフ・ウィーク」を行うと6-7割の人がリモートワークを実施するという状態でした。年間で見ると、最低1回はリモートワークを行った人の割合は9割以上です。元々自由度の高い社内文化なので部署や上司によって進まないということはないのですが、本人がなんとなく出社した方がいいのではないかと考えてしまう人はいます。そういう社員にも体験してもらうことが重要だと考え、「どオフ・ウィーク」を強く推奨してきました」(金谷氏)

Zoom/Slackによるコミュニケーション

「社員にはVPN対応のノートPCを貸与し、それを持ち運んで使う形です。iPhoneも貸与しており、こちらもVPN経由での接続が可能ですしテザリングも可能です。VPNについても5年くらい前に帯域不足を体験して拡張していたので、今回は問題なく利用できました」と金谷氏が語るように、環境面での問題はなかったという。

社内の手続きでは捺印文化が排除されており、一部取引先との電子サイン化も進んでいることから、捺印のために出社しなければならないというケースもごく一部にとどまったようだ。また、オフィスで顔を合せなくなったことで発生しがちなコミュニケーション不足の課題についても、日常業務の延長で解決を試みたという。

「主に使っているコミュニケーションツールとしてZoomとSlackがあるのですが、これは普段から利用していたものです。どこでもオフィスという制度があるので、出勤者と会議するにはZoomが必要ですし、全国10カ所以上の拠点にちらばるメンバーで協業するにもZoomを使います。Slackでグループを作ってコミュニケーションをするというのも、特に指示なく実現されていました。また、従来から1on1をやる文化が根付いているため、週1回上司と部下が30分話し合ってきたことをベースに維持していました」(金谷氏)

チームの誰かがリモートワークでオフィスには不在であるという状況が珍しくはない状況や、拠点をまたいだコミュニケーションに全員が慣れていたことで、既存ツールを利用しながら普段どおりの働き方に近い状態が維持できたようだ。

今後の制度設計

ヤフーでは、今後の制度設計についても目を向けており、今後、従業員向けにヤフーでの働き方の方針発表を予定している。

今回の対応の核となった「どこでもオフィス」制度については関心も高く、現在の回数制限が撤廃された状況の継続を望む人もいれば、状況が落ち着けば出社して仕事がしたい人もいるようだ。

「いろいろな人がもっともパフォーマンスを発揮できる状態で働けるのはどういう環境なのか、コロナ感染を抑えた上でどうしていくのかが今後の設計で重要です。われわれはこれまで2つのフェーズしか体験していません。月5回まで自由にリモートワークを認めていた時期と、外出は自粛すべき、業務上必然性のない出社は悪であるという考えから在宅勤務すべきであるという時期です。オフィスでも自宅でも屋外でも働ける状態になった時、どうすべきかこれから設計すべきことでしょう」と金谷氏は今後の制度について語った。 また、リモートワーク下で課題となる評価制度についても、単純に成果だけを見ていればいいのかは悩ましいと感じている。

「生産性を語る時に何を分母とし、何を分子にするのかは難しいところですが、企業として決算は見る必要があると考えています。また人事評価も、働いている姿が見えないためで成果を重視することになるとは思いますが、もともと成果で評価をすることには、成果としては失敗だった時にプロセスは見なくていいのか、成果さえ出していれば周囲と喧嘩してもいいのか、たまたま努力と関係なく売上だけ上がった時にどう評価するのかといった課題があります。成果へつなげるためにどういう取り組みをしているのか、目標達成に向けて何かサポートが必要かどうかなども常にみていく必要があると考えているのですが、簡単なことではないですね。」と金谷氏は今後の制度設計における課題を語った。