東京2020オリンピック・パラリンピックは、来年7月に開催されることになり、各競技の出場予定選手は、気持ちを新たに大舞台でのベストパフォーマンスを目指しています。
本企画では、そんな選手のお1人であるバレーボール女子日本代表登録メンバーの石井優希選手をゲストにお迎えし、選手たちを支えるメディカルスタッフの柱である整形外科の先生方とスポーツ障害について話し合っていただきました。
慢性の障害では練習を休んだり、中止しにくい
金子 「では次に、実際に治療やリハビリに当たってのお話をお聞きしたいと思いますが、林先生は、バレーボール選手のメディカルチェックでは、どのようなことに最も気を使っておられますか」。
林 「慢性に起こる障害というのは、ものすごく予防が難しいのです。というのは、障害が発生しつつある過程でも、一応、プレーはできてしまうからです。スパイクにしろ、レシーブにしろ、いくらかパフォーマンスは落ちていても、まったくプレーができなくなっているわけではありません。ですから、傍からは何か気持ちが乗っていないように見えるし、選手も体の異変と考えるより、頑張って乗り越えなければと思ってしまいます。ですから、こうした状態でいち早く体の異変に気付き、それを指摘して、練習量を減らすか中止させ、必要なら治療に導くというのが、まずドクターに求められます」。
金子 「石井さんにお聞きしますが、何か体の調子がおかしいと感じるときに、自分から練習を休むというのはなかなか言い出しにくいものですか」。
石井 「そうですね。練習を休むというのは、それで試合に出られなくなったりすることにもつながりますし、選手としては、なかなか自分から言い出しにくい面はあります」。
金子 「ただ、体に異変があるのに無理をして練習していると、大怪我につながる危険性があります。また、障害は軽度のうちに手当しないと、重度になってからでは治療しにくくなるということもあります。そういう意味から、ドクターは早め早めにストップをかけるというのは非常に重要なことだと思います」。
西尾 「大学生アスリートにおいても、スポーツの種類を問わず、アキレス腱炎や膝蓋腱炎を起こしているのに受診していないというケースが多いことに驚かされます。そして、その要因を探ってみると、やはり、多少の痛みはあっても頑張るのがスポーツ選手という意識が強いのですね」。
保存的治療と外科的治療の選択は今後の活動方針なども考慮して
金子 「スポーツ障害の治療は、急性の障害では手術が必要なことが多く、慢性の障害でも手術が必要になることがあります。石井さんは左足の疲労骨折を経験されているということでしたが、手術はせずにすんだのですね」。
石井 「第5中足骨骨折という診断でしたが、幸いにも手術はせずにすみました」。
金子 「第5中足骨の疲労骨折はジョーンズ骨折とも呼ばれていて、治療は手術になることが多く、西尾先生も得意とされています。スポーツ障害の保存的治療と外科的治療の判断基準について、西尾先生はどのように考えておられますか」。
西尾 「骨折に限らず、スポーツ障害はなるべくなら保存的治療で治したいというのが、スポーツ選手のサポートに当たっているドクター全員の気持ちではないでしょうか。ただし、保存的治療ではどうしても完治は難しいと判断されれば、手術に踏み込まざるを得ないケースもあります」。
林 「私もやはり、まずは保存的治療を考え、それでも難しいというときに外科的治療を選択するようにしています。スポーツ障害では、治療にどれくらいの期間がかけられるのか、治癒した後もスポーツを続けるのかどうか、選手はどちらの治療法を希望するのかなども、よく考慮することが重要です」。
金子 「手術にふみきるタイミングも非常に重要で、そこを見極めることがとても大切だと考えています。また、保存的治療では、患者さん自身の血液から血小板を取り出し、患部に注入する多血小板血漿(PRP)療法も、最近、話題になっています。これについて西尾先生から簡単にご説明いただけますか」。
西尾 「慢性的な関節の痛みには組織の破壊による炎症が関係していますが、血小板には、その組織の破壊を修復する作用があります。PRP療法は、その血小板を補充する治療法で、自己の血小板を注入することから、免疫反応や薬剤の持つ重篤な副作用も少ないわけです。メジャーリーグの田中将大選手がPRP療法を行ったことで、わが国でも話題になり、その後、治療に難渋しているアスリートで本療法を希望するケースが急増しています。障害の種類ごとの詳細な治療成績については今後も検討が必要ですが、アスリートの膝蓋腱炎を対象としたケースでは、その他の治療法を凌駕する成績が得られています。いずれにせよ、これにより保存的治療の選択肢が広がったのは喜ばしいと言えるでしょう」。