多くの人が悩み、苦しむものの代表格が、「人間関係」ではないでしょうか。人間関係に悩むと、その原因が自分の性格の欠陥にあると考え、思い詰めてしまう人もたくさんいます。そして、そんな自分の性格を直そうとして、ますます悩みが深まってしまうことも。でも、人間関係の悩みは、一概に性格の問題が原因ではないのかもしれません。そこで、脳科学者として活躍中の中野信子さんに伺いました。

  • 「言語の運用能力」アップが鍵。人間関係で心を病まないためのヒント/ 脳科学者・中野信子

人間の敵は人間。それゆえに、人は悩む

人間にとっての大きな悩みの原因を、仮にふたつに大別するなら、「災害」と「人間関係」ではないでしょうか。

前者は、地震、風水害、火山の爆発、飢饉などです。新型コロナウイルスなどの感染症も含まれるでしょう。これは人間の力では、対処しきれないインパクトがあります。それでも、なんとか自分たちでできることはないかと人間はあがいてきました。その戦いは、困難に満ちたものです。しかし、それ以外に、わたしたちにはすでに天敵がいないのも事実。つまり、「人間の最大の敵は人間」という時代なのです。

大規模な戦争が起き、多くの人口が失われる——。とくに、20世紀以降は膨大な数の人命が失われました。冷戦終結後も、小規模な戦争が何度も起こっています。「人間の敵は人間」だというと、シニカルな見方のようですが、同じように感じる人は、少なくないのではないでしょうか。

人間関係においては、誰が味方で誰が敵かを、確実に判別する方法はありません。状況によって変化するし、自分の不注意によって、味方を攻撃的にさせる場合もあります。他人はコントロールできないし、自分もコントロールされたくない。ときに、コントロールされるのが心地よくなる場合もあるなど、わたしたちは非常に複雑な絡み合いのなかにいます。

人間関係はとても繊細な扱いが必要であり、それがストレスフルになる最大の理由となっているのです。

人間関係の悩みは、性格でなくボキャブラリーの問題

複雑極まる人間関係にもまれて、ポキッと折れるように心を病んでしまう人もいます。

「それは心が弱いからだ」と、よく性格の問題として片づけられがちですが、そうではあ りません。

じつは、ボキャブラリーの問題なのです。

それこそ、人間関係で切羽詰まったときに、相手の気持ちをやわらげたり、怒りの矛先を逸らしたりできる言葉や表現を知っていれば、それだけで済むことなのです。性格の問題ではないのに、自分の性格の欠陥だと悩んで、思い詰めてしまう人がいるのはとても残念です。

そもそも、自分の性格を変えるのは、誰しも嫌なものです。自分ひとりなら、持って生まれた性格でそれなりに満足できる。でも、生きていくために、なぜ他人に合わせて性格を変えなければならないのか――。理不尽だと感じる人がほとんどではないでしょうか?

「自分の性格を変える」というアプローチは、心的コストがかかるし、時間もかかります。ならば、ボキャブラリーを磨いて、人と接する表面的なところで反応したほうが早いし、応用も利くので便利だとわたしは考えています。

面従腹背といえばネガティブなイメージになってしまいますが、多くの人は「本音と建 前」を使い分けて生きているのが実情ではないでしょうか。

自分の性格は、「言葉の使い方」で示すことができる

わたしたちは相手の性格を、かなりの程度「言葉のやり取り」で判断しています。話す言葉や話し方を聞けば、その人がどんな人なのかなんとなくわかるものです。逆にいえば、言葉のやり取りの部分さえ工夫すれば、相手に「自分の性格」を示すことができます。

他愛のない会話で相手を笑わせたり、その場の空気を和ませたりすれば、やさしく穏やかな性格だと印象づけることができます。鋭いひとことで切り返したり、本から引用したエピソードで説得力を高めたり、ことわざを織り交ぜて表現したりすれば、知的でスマートな印象を与えることができるでしょう。

人間関係を規定するのは、言語の運用能力なのです。

幸いにも、そんな言葉の力は、読書や勉強による知識や、コミュニケーションを積み上げてきた経験によって育まれます。しかも、年をとっても衰えず、積み上げれば積み上げるほどぐんぐん伸びていきます。

いわば、「やった者勝ち」の、人間関係の王道スキルなのです。

整形して顔の骨格から変えるのではなく、ヘアアレンジとメイクのスキルを上げて雰囲気を変え、印象をよくする。そんなつもりで、「言葉」を使えばいいのです。

構成/岩川悟(slipstream) 写真/塚原孝顕

※今コラムは、『悩みと上手につきあう脳科学の言葉』(プレジデント社)より抜粋し構成したものです。