完璧なゲームプランで藤井聡太七段の得意戦法角換わりを破る
第91期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第3局(主催:産経新聞社)が7月9日に東京都「都市センターホテル」で行われました。藤井聡太七段が3連勝でタイトルを奪取するのか、それとも渡辺明棋聖が底力を発揮するのか。将棋ファンのみならず、日本中から注目を集めた対局は、142手で渡辺棋聖の勝利となりました。
本局と同じく先手番だった第1局では矢倉戦法を採用した藤井七段でしたが、今回は得意の角換わり戦法を選択しました。渡辺棋聖としても角換わりになることは想定通りだったようです。
角換わりは近年急速に研究が進み、課題局面が絞られてきています。両者の研究と予定がかみ合えば、戦いが起きるまで猛スピードで手が進み、そこからが本番だと言わんばかりの進行をしばしば目にする戦型です。ところが渡辺棋聖と藤井七段の研究はさらにその先まで行き届いていました。
渡辺棋聖の採った作戦は待機戦術。自分の陣形を低く保ち、相手からの攻めを呼び込んでから反撃しようという作戦です。前例も多く、ここまでは両者ほぼノータイムの進行でも驚きはありません。ところが前例がどんどん減っていき、未知の局面を迎えても、両者の手は止まりませんでした。
先手は桂を成り捨て、角を打ち、金と刺し違えます。後手も金取りに、と金を作って反撃。その後、玉頭攻めに転じました。局面はすでに激しい終盤戦となっていますが、持ち時間の残り方が普通ではありません。74手目に渡辺棋聖が藤井玉に王手をかけた局面で、藤井七段の消費時間は43分、渡辺棋聖は32分でした。持ち時間が4時間のタイトル戦なのにです。
藤井七段は△8七歩の王手に対して初めてまとまった持ち時間を投入します。40分考えて選んだのは、自玉付近に馬を作らせる、一見危険極まりない進行。ところがこれも事前想定の形だったと局後に明かしました。自陣飛車と馬を交換し、馬取りに金を寄せた89手目までは研究と対局中の読みの範囲とのことです。
ところが、渡辺棋聖の準備はさらにその先を行っていました。90手目に△9九飛と王手をかけた手を、事前に考えたことがあったと言うのです。一方の藤井七段はこの手が読みになかったと振り返っています。83分の大長考で▲9八銀と受けましたが、ここで両者の持ち時間に大きな開きが出ました。
△9九飛を境に、次第に形勢は渡辺棋聖良しになっていきますが、藤井七段は驚異の終盤力の持ち主。少しでもミスをしてしまうと、たちまち逆転されてしまいます。しかし、渡辺棋聖には豊富な持ち時間が残されていました。この時間配分も渡辺棋聖のプラン通り。「想定を外れたところからいきなり終盤という将棋。時間がないと分が悪いなと思っていたので、(持ち時間を残す)方針で進めていました」とインタビューで答えています。
渡辺棋聖は慎重に持ち時間を使いつつ、藤井玉を寄せに向かいます。藤井七段の最後の王手ラッシュも冷静にかわして、最後は藤井玉を即詰みに打ち取りました。
周到な研究と、完璧な試合運びで難敵を下した渡辺棋聖。今まで34回のタイトル戦を戦い、一度もストレート負けのない勝負強さをここでも発揮しました。次局は有利とされる先手番なだけに、勝負の行方はまだまだ分かりません。
敗れた藤井七段ですが、初タイトルまであと1勝というのは変わりません。藤井七段は7月19日生まれ。16日に行われる第4局で勝利すれば、17歳タイトルホルダーとなります。