旭酒造(山口県岩国市)では7月1日より、全国の飲食店で「獺祭 純米大吟醸 夏仕込み しぼりたて」の提供を開始した。酒店には卸さず、飲食店にしか提供しない特別仕様の商品となっている。その狙いは、どこにあるのだろうか。今回のユニークな取り組みについて、旭酒造の4代目蔵元が説明した。
街に活気を取り戻せ
新型コロナウイルスの感染拡大にともない、日常生活において自粛や我慢を強いられる場面が増えた。この結果、街から人がいなくなり、飲食店は経営が困難に陥っている。こうした状況を受けて、旭酒造の社員からは「色んなことを我慢しつつも、毎日を少しずつ楽しくさせる、そんなお酒をつくれないか」という声が上がったという。そこで考え出されたのが、人気の獺祭シリーズの新商品だった。
「旭酒造としても初めての試みでした。オペレーションは大変だし、世間に受け入れてもらえるかも分からない。でも、挑戦する価値があると判断しました」と話すのは、旭酒造 取締役社長(4代目蔵元)の桜井一宏氏。活気を失くした飲食店を盛り上げる、ひとつのきっかけになれば、と意気込む。
新商品は、仕込んだばかりの"搾りたて"を楽しめるのが最大の特長。火入れ(加熱殺菌)をしておらず、そのため新鮮でフレッシュな味わいに仕上がっている。「火入れをしない搾りたての獺祭は温度変化に弱いため、本来なら、生産地の蔵まで行かないと味わえません」と桜井社長。今回は完全受注生産とし、すぐに瓶詰して出荷できる体制を整えたことで、新鮮な生酒の提供を実現できたと明かす。
容量は720mlの大瓶のほか、少人数で楽しめる300mlの小瓶も用意した。なお飲食店限定販売のため、価格は非公表(各飲食店で決定する)。北海道から九州・沖縄まで、全国の獺祭を取り扱う飲食店で注文できる。販売期間は7月1日から9月30日まで。
爽やかな味わい
筆者も試飲する機会を得た。なるほど匂いが豊かで、グラスを近づけただけで良い香りが漂ってくる。口にすると、軽くて爽やかな味わいで、後味もさっぱりしていた。とても飲みやすい。夏の暑い時期には食欲も減退して、つい簡単な料理で済ませたくなるが、そうした夏料理にも相性が良いと思われた。
ちなみに筆者が取材日(7月3日)に頂いたものは、6月26日に瓶詰めしたものだという。そのスピード感に驚いた。旭酒造では、毎週木曜日で注文を締め切り、搾って瓶に詰める作業をし、翌週の火曜日に蔵より出荷していくとしている。とは言え「毎週、受注生産していくやり方は、自分たちもまだ慣れないところがあります」(桜井社長)とのことで、手探りで進めている事情もうかがえる。
なお初回の出荷本数は720mlが約4,500本、300mlが約3,000本だった。桜井社長は「期間中、毎週3,000~4,000本の出荷を見込んでいます。今後は出荷本数で、街の賑わい具合が分かるようになるのでは」と話しつつも、次のように続けた。「でも本数を売りたいわけではないんです。ゆっくり、飲食店さんのペースに合わせて出荷していきたい。酒店からも『取り扱いたい』という要望をいただきましたが、街に出る人たちを楽しませたいという考えから、今回はお断りしています」。社会が賑わいを取り戻す形を、みんなで模索していけたら、と話す桜井社長。旭酒造の取り組みに注目したい。