S7グループ傘下での再出航

シー・ローンチに転機が訪れたのは2016年になってからだった。この年の9月、メキシコで開催された国際宇宙会議(IAC)の場で、同社の事業や船などを、ロシアのS7グループが買収することが発表された。買収額は約1億5000万ドルを支払い、15年間で70回の打ち上げを行うことを想定しているとされた。

S7グループは、ロシア最大手の航空会社S7グループなどを傘下にもつ企業で、この買収によりグループ内に「S7スペース」という新子会社が設立された。2017年12月には、同社の運用のもとで、ランド・ローンチでの最初の打ち上げが行われた。このとき使われたゼニートは、クリミア危機以前に製造され、保管されていたもので、なんとか打ち上げることができたとされる。

一方、肝心の海上打ち上げについては一向に行われることなく月日が流れた。買収時には2年後、すなわち2018年の打ち上げ再開を目指して、ロシアやウクライナの当事者と交渉しているとされたが、結局ゼニートの再生産は始まらなかった。

これを受け、2018年には新型ロケットを開発する方針が発表されたが、後述するように無理筋なもので、実現性には乏しかった。さらに同じころ、独自の宇宙ステーションを建造するという構想を発表するなど、やや迷走した。

同年末には、エネールギヤの母体であるロシア国営宇宙企業ロスコスモスにシー・ローンチの事業を売却しようとしたとされるが、のちに2016年の買収時の契約条項によりそれが不可能であることが判明し、断念している。

さらに、シー・ローンチが完全にロシア企業のものになったこと、また対露輸出規制もあって、コマンダーとオデッセイに使われていた米国製の機器を取り外す必要が生じ、運用が不可能になったことも停滞の一因となったとされる。今年3月にはコマンダーとオデッセイが改修のため、それまでの母港だったカリフォルニアから、ロシア沿海地方のスラヴャーンスク造船所へと運ばれている。

また今年4月23日付けの、ロシアのコメルサント紙は、「適切な時期が来るまでプログラムを凍結した」とする同社取締役会長のコメントを報じている。

そして6月10日付けのタス通信の報道によると、新型コロナウイルス感染症の影響で、S7航空をはじめとするS7グループの経営が大きな打撃を受けたことで、船の改修やロケットの調達など、シー・ローンチの事業継続に必要な資金が不足。S7グループは同事業を手放すことを決め、国営原子力企業ロスアトムと交渉しているという。

もっとも、後述するようにシー・ローンチには多くの課題があったこと、そして2018年にロスコスモスへの売却を行おうとしたことからも、新型コロナはそのきっかけになっただけであり、事業の断念や売却の検討は時間の問題だったと思われる。

なお、現時点で、S7グループ及びロスアトムから公式の発表はない。

  • シー・ローンチ

    打ち上げを待つランド・ローンチのゼニート・ロケット。ゼニートはロシアとウクライナの関係悪化で生産停止となっており、2017年12月の打ち上げを最後に、事実上退役している (C) S7 Space

シー・ローンチの課題と、今後の展望

シー・ローンチが今後どうなるかはともかく、いずれにしてもその将来性は乏しい。

まず、設立当時とは異なり、近年では静止衛星の打ち上げ市場は低迷している。さらに、静止衛星の打ち上げ市場では欧州のアリアンスペースが確固たる地位を築いており、米国のスペースXやインドなどの興隆もあって、再起の芽はほとんどないに等しい。そもそもシー・ローンチが一度破産を経験していることからも、競争力がないことは明らかである。

なにより、ゼニート・ロケットが再生産される見通しはきわめて薄く、ビジネス云々以前に、打ち上げ再開すら絶望的である。

前述のように、2018年ごろ、S7スペースはこの問題に対処するため、ゼニートに代わる新しいロケットの開発計画を発表している。まず最初は、ソ連時代に製造されたNK-33、NK-43というエンジンを国から譲り受け、また技術資料なども譲り受けて再生産し、さらに再使用可能なエンジンへと改良し、ロシアが次期主力ロケットとして開発している「ソユーズ5」の第1段に用いるとされた。

しかし、NK-33、NK-43の譲渡や再生産はともかく、それを再使用可能なエンジンにするのは難しい。また、ソユーズ5はRD-171というエンジンを使うことになっているため、別のエンジンを組み込むには改修が必要なうえ、再使用可能にするとなるとまったく別物のロケットにする必要がある。

その後、ロシアが開発を計画している、液化メタンを使う「ソユーズ7」ロケットを購入するという計画も発表されたが、ソユーズ7はいまだ影も形もなく、いずれの計画も絵に描いた餅だった。

さらに、これらのロケットが実現したとしても、それに合わせて設備を改修する必要もある。ゼニートは打ち上げ運用が高度に自動化されたロケットであるため、改修というよりは一新というほうが近いほどの作業になろう。

ひとつ可能性があるとすれば、ソユーズ5をそのまま使うという形だろう。ソユーズ5はゼニートをロシア製の部品だけで造り直した、ロシア版ゼニートとでも呼ぶべきロケットであり、シー・ローンチとの互換性、適合性も比較的高いものと考えられる。ただ、ソユーズ5にしても初打ち上げの見通しは立っていない。

したがって、シー・ローンチが誰のものになるとしても、打ち上げるロケットが存在しないという状況が今後何年も続くことは間違いない。

そもそも、シー・ローンチには海上打ち上げならではの難しさもある。たとえば船を維持するのにはコストがかかり、打ち上げ海域までの移動には時間もかかる。天候や波の状況によって航行や打ち上げができなくなることもあり、ロケットや発射装置というデリケートな機器を塩害から守る必要もある。さらに打ち上げ直前にロケットや衛星に大規模な問題が見つかれば、わざわざ港まで引き返して整備しなければならない。これらの短所は、赤道上から打ち上げられるという利点を潰しかねず、本質的には、大型で複雑な液体ロケットを海上の船から打ち上げるのは向いていないといえよう。

また、高緯度地域や、他国であるカザフスタンにしか発射場をもたないロシアにとって、シー・ローンチを維持することに一定の価値はあるかもしれないが、ロシアは長年、緯度の面での不利を補うべく、ロケットの大型化や上段の搭載などにより、赤道直下から打ち上げた場合と変わらないよう、帳尻を合わせるような工夫・技術を伸ばしてきたこともあり、シー・ローンチは是が非でも必要、あるいは維持する必要がある、というほどのものではない。

はたしてシー・ローンチはこのまま沈没したまま消え去るのか? それとも、ふたたび浮上することができるのだろうか?

  • シー・ローンチ

    港に停泊するシー・ローンチ・コマンダー(左)とオデッセイ(右) (C) S7 Space

参考文献

https://tass.ru/ekonomika/8690619
News & Events : S7 Group announcing an Agreement to Purchase Sea Launch
Sea launch(http://s7space.ru/en/launch-sea/) ・RSC "Energia" - Rocket Space Complexes
Sea Launch - RussianSpaceWeb