フェラーリといえば、世界を代表するスポーツカーやスーパーカーのブランドだ。そんなイメージから想像すると、今年発表された新型車「ローマ」はかなりエレガントな車種に思える。しかし、フェラーリの歴史を振り返ると、こうしたラグジュアリークーペも大事な役目を果たしてきたことが分かる。

  • フェラーリ「ローマ」

    フェラーリらしくない? 新型車「ローマ」はどんな系譜を受け継ぐクルマなのか

フェラーリのもうひとつの顔

フェラーリの新型車「ローマ」のコンセプトは「La Nuova Dolce Vita」(新しい甘い生活)。1950~60年代のローマを象徴するような、気ままで楽しい生き方を今に蘇らせたようなクルマだそうだ。スポーティーでありながらエレガントなフロントエンジンの2+2ファストバッククーペというデザインは、1960年代の伝説的なGTモデルからインスピレーションを受けたものだという。

この説明からも分かる通り、フェラーリはスポーツカーやスーパーカーだけを作り続けてきたわけではない。イタリアでは現在、マセラティの独壇場になっている感があるラグジュアリーなクーペも、フェラーリとってはブランドの柱のひとつになっているのである。

  • フェラーリ「ローマ」

    エレガントなラグジュアリークーペはフェラーリの伝統だ

フェラーリの第1号車は1947年発表のスポーツカー「125S」だった。車名の125は1シリンダーあたりの排気量を示している。125SはV型12気筒のクルマだったが、排気量は125×12=1,500ccとかなり小さかった。この車名の付け方は、その後のフェラーリの伝統となる。

当時のスポーツカーは、そのままでレースに出られるようなものが多かった。125Sの翌年に登場した排気量2リッターの「166S」は、イタリアの公道レース「ミッレ・ミリア」で優勝。それにあやかって「166MM」と名付けた高性能版は、次の年の「ル・マン24時間レース」で初出場にして勝利を収め、フェラーリの名前は一気に世界中に知れ渡った。

ラグジュアリーなフェラーリは、すでにこの時期には存在していた。フェラーリは166Sと同じ年、性能を抑えて乗りやすくした「166インター」を送り出しているのだ。

1950年には「F1世界選手権」が始まる。フェラーリは初年度から現在まで欠かさず出場する唯一のチームで、当時のルールに合わせて大排気量のV12を開発した。するとこれを北米向けの車種に積むことを決め、「340 アメリカ」「410 スーパーアメリカ」など、名前からしてアメリカンなラグジュアリーモデルを発売した。

過去の車名の復活も

一方、1954年には欧州向けのニューモデルとして、新開発の3リッターV12を積む「250GT」が登場する。この250GTはいくつもの派生車種を生み、レース専用車種の「250GTO」、華麗なオープンカーの「250 カリフォルニア」、後席を備えた「250GT 2+2」、ラグジュアリーという意味のイタリア語を与えた「250GT ベルリネッタ・ルッソ」といったクルマが登場した。

  • フェラーリ「250GT SWB」

    「250GT」の派生モデルのひとつ「250GT SWB」

その後も「330GTC」「365GT4 2+2」「456GT」など、イタリアならではの華麗なデザインと鮮烈な走りを両立した車種はいくつも生まれている。なかでも1972年デビューの365GT4 2+2は、「400GT」「412」と名を変えながら20年間販売されるロングセラーになった。

  • フェラーリ「412」

    フェラーリ「412」

こうした流れを受け継ぐのが、6.3リッターV12エンジンをフロントに積み4輪を駆動する「GTC4 ルッソ」、同じボディに3.9リッターV8ターボエンジンを搭載する後輪駆動の「GTC4 ルッソT」、同じエンジンをひとまわり小柄な電動開閉式ハードトップ内蔵の車体に積んだ「ポルトフィーノ」という、3台の4人乗り現行車種だ。

  • フェラーリ「ポルトフィーノ」

    フェラーリの現行車種「ポルトフィーノ」

GTC4 ルッソ/ルッソTの車名がかつての名車からフィードバックされたことは、ここまで読んできた方ならお分かりだろう。ポルトフィーノの先代に当たるカリフォルニアもそうだ。常に新しいネーミングを用いて先進性をアピールするミッドシップのスーパーカーとは対照的に、車名でも情緒的な世界を持たせようとしているのかもしれない。

  • フェラーリ「カリフォルニア」

    この「カリフォルニア」も過去の名車を踏まえたネーミングだった

日本で今年発売となったローマを見ると、メカニズムはポルトフィーノとの共通項が多い。3.9リッターV8ターボエンジンをフロントに積んだ後輪駆動であり、2,670mmのホイールベースも共通だ。しかし、デザインは大きく異なる。ポルトフィーノのクーペ版ではなく、まったく新しい個性を与えている。

スタイリングについてフェラーリ・スタイリング・センターでは、フォーマルなミニマリズムを強調するため、余分なディテールをすべて取り除き、クリーンに仕上げ、調和の取れたプロポーションとピュアでエレガントなボリューム感を共存させたとしている。

シンプルだからこそ美しさが際立つ

その言葉どおり、第一印象はとにかくシンプルだ。まず気づいたのは、フロントエンジンのフェラーリにはお約束のように付いていた、前輪とドアの間のルーバーやフィンがないこと。これだけで断然、フォーマルに見える。ドアハンドルもフェラーリでは異例のポップアップ式にしているので目立たない。

  • フェラーリ「ローマ」

    シンプルかつフォーマルな印象の「ローマ」

きれいなルーフラインにも目を奪われる。ポルトフィーノのような開閉式ではなく、GTC4 ルッソのように広いリアシートを用意する必要もなかったからこそ、理想的な曲線美を実現できたのだろう。

顔つきも目を引く。フロントグリルは最近のフェラーリとしては小振りで、太い格子は1950~60年代のラグジュアリーモデルを思わせる。ヘッドランプが低い位置にあることも印象的で、中を貫くウインカーがほぼ水平のラインということもあり、落ち着いた眼差しに感じる。

  • フェラーリ「ローマ」

    「ローマ」のフロントマスク

リアには驚かされた。多くのフェラーリが採用してきた、垂直に近い面に丸いランプというフォーマットから抜け出したからだ。スロープしてきたルーフの後端をフィンのように突き出し、そこに4つの薄いランプを埋め込んでいる。リアスポイラーを格納式にしたこともあって、とにかく無駄な飾りがない。

それでいて、キャビンをリアに向けて絞り込んでいるので、リアフェンダーの張り出しには目を奪われる。リアコンビランプはフェンダーの面の延長線上にあり、視線を下ろすと片側2本出しのマフラーがある。エレガントでありながら、スポーツカーらしい主張も欠かさないところがフェラーリらしい。

  • フェラーリ「ローマ」

    スポーツカーらしさも感じさせてくれるリア

インテリアもこれまでのフェラーリとは少し趣向が違う。フェラーリはインパネをシンプルに仕立てることが多く、センターコンソールも最小限としてインパネとつなげない造形が多かった。レーシングカーに近い雰囲気だったのだ。ところがこのローマでは、インパネからスロープしたセンターコンソールが降り、そこに縦長のディスプレイを埋め込んでいる。

装備が多くなったので、大型のディスプレイが必要になったという事情もあるのだろうが、かつての412や456GTは、今回のローマのようにスロープしたセンターコンソールを備えていた。ラグジュアリーモデルはインテリアにおいてもスポーツカーとは異なる造形を必要とする。そんな風にフェラーリは考えているようだ。

  • フェラーリ「ローマ」

    インテリアもこれまでとは少し趣向が異なる

筆者はそんなラグジュアリー・フェラーリに惹かれてきたひとりである。エレガンスを際立たせたローマはそんな、「もうひとつのフェラーリ」の魅力を広く伝えてくれそうだ。