日本マイクロソフトは6月19日、量子コンピューティングに関するオンライン説明会を開催しました。開発者向けイベントの「Build 2020」でも紹介された日本のベンチャー企業、Jijらによる事例紹介とともに、マイクロソフトの量子コンピューティングへの取り組みを紹介しました。

量子コンピューティングは、従来のコンピュータよりも複雑な計算をより高速に行える可能性があるとして、現在さまざまな研究開発が進められている技術、分野です。マイクロソフトでは、クラウドのコンピューティングを提供するAzureにおいて、「Azure Quantum」のプレビュー提供を開始。量子コンピューティングを利用できる環境の提供を進めています。

日本マイクロソフトの執行役員 最高技術責任者、およびマイクロソフト ディベロップメント社長の榊原彰氏は、「何でもかんでも速く計算できてすばらしいものというわけではなく、(従来の)古典コンピュータとのすみ分けで共存することが必要」と話します。量子コンピューティングは万能ではないものの、カーボンエミッションや機械学習のような大規模な計算が必要な分野で威力を発揮するとします。

  • マイクロソフトの榊原彰氏

これを利用して、Jijと豊田通商が実証研究を進めていたのが「信号機制御の最適化」。Jijは、量子コンピューティングに関するベンチャー企業で、東京工業大学 西森研究室の山城悠CEOらが設立した企業です。

Jijでは、都市交通や物流、エネルギー安定化といった大規模なインフラにおける最適化を計算するために量子コンピューティングを活用。特にその中でも量子アニーリングを活用しました。量子アニーリングは、選択肢が膨大になっても最適なものを選ぶという、組み合わせ最適化において威力を発揮する技術です。東工大の西森秀稔氏らによって考案された手法が使われています。

  • Jijが取り組むのは、大規模インフラにおける「計算困難な課題」に対して量子コンピューティングで解決を目指すというもの

山城氏によれば、こうした手法によってネットワーク構造の最適化、ガス発電の最適化、5G関連の最適化、都市間配送の最適化といった膨大な選択肢が必要な課題に対して、最適化をより早く行えるとしています。

  • 量子アニーリングを応用することで、様々な分野での最適化に取り組んでいきたいとしています

この原理を使って、ハードウェアとしての量子コンピュータを開発したD-Waveによって「空論ではなく計算機として実装できることが実証された」と山城氏。最適化計算の需要が「大きく掘り起こされた」と山城氏は指摘します。

この西森研究室で基礎理論を研究してきたメンバーによって設立されたJijは、2017年に科学技術振興機構によるJST START採択プロジェクトから東邦ガス、KDDI総合研究所、日立製作所などとも協業を開始。マイクロソフトとは2020年からパートナーシップを組んで研究が進められています。

豊田通商との研究である「信号機制御の最適化」は、自動車がスムーズに走れるような信号機の点灯パターン(オフセットパターン)を導き出す問題。一方向がずっと青なら自動車はスムーズに通り抜けられますが、対向車に加えて十字路の場合、別方向からの点灯パターンも考慮する必要があります。信号機が数十台になると、その点灯パターンは膨大になります。

  • 信号機制御の最適化は、最適な点灯パターンを導き出す問題

  • 量子コンピューティングによって従来手法よりも20%の改善が見られた

従来は、作成した点灯パターンに交通シミュレーションを適用して車両の待ち時間を計測し、それを繰り返して最適なものを選ぶという、局所探索とシミュレーションを使ったやり方でした。ただ、これだと時間がかかる上に「最もいい選択肢」を探すのが難しかったといいます。

ここで活用されたのがAzure Quantumです。量子着想最適化(QIO:quantum-inspired optimization)によって、今回のような高次の問題も最適化でき、シミュレーションが不要なため計算時間の短縮になったとのこと。その結果、従来以上に適した解を求められる可能性があるとしており、実際、既存手法よりも20%、車両の待ち時間が削減できたそうです。

「シミュレーションレスが大事」とは山城氏。アルゴリズムで交通の流れを最適化して、しかも信号の数が増えれば増えるほど結果はよくなっていったそうです。信号機の制御だけで渋滞緩和や環境負荷の軽減を実現できると、山城氏はアピールします。

今回は信号機の問題解決でしたが、もちろん他分野にも応用できる技術です。Jijでは、MaaS関連として大規模な都市間、国家間の配送に取り組んでいるほか、物体の構造の最適化といった分野にも取り組みたいとしています。

マイクロソフトは、量子コンピューティングのさらなる拡大に向けて、Azure Quantumをプレビューに加え、ハードウェアとしてパートナーのメーカーと提携。自身でも、トポロジカル量子ビットをベースにしたハードウェアを開発しているそうです。

さらに、Jijのようなソリューションパートナーを集めて、量子コンピューティングの普及に努めています。量子計算を行うための言語「Q#」、開発キットの「QDK」、動作原理や量子アルゴリズムを作成するためのコツが学べる「Quantum Katas」といった各種ツールも用意しています。ちなみに、「Katas」は日本語の「型」から取られた言葉だそうです。

ただ、こうしたマイクロソフトの量子コンピューティングへの取り組みは、まだビジネス的には成立していません。Azureによるスケーラブルなコンピューティング環境を用意し、クラウド、ソリューション、ハードウェアといったフルスタックのサービスの提供によって、将来的に量子コンピューティングをビジネス化していきたい考えです。