12日に放送されたNHK連続テレビ小説『エール』(総合 毎週月~土曜8:00~ほか ※土曜は1週間の振り返り)の第55回で、主人公・古山裕一(窪田正孝)の父・三郎が天に召された。口ばかりのお調子者である三郎を、軽妙に演じたのが唐沢寿明だ。三郎はダメ親父ながらも家族思いで、裕一の才能を心から信じ、“エール”を送り続けた。最後も息子2人の身を案じて旅立ち、視聴者の涙を誘った。SNSでは早速、“三郎ロス”が広まっている。

  • 古山裕一役の窪田正孝(左)と父・三郎役の唐沢寿明

『エール』の主人公・古山裕一は、全国高等学校野球大会の歌「栄冠は君に輝く」や阪神タイガースの歌「六甲おろし」などで知られる福島県出身の作曲家・古関裕而(こせき・ゆうじ)氏がモデル。二階堂ふみが演じる妻・音のモデルは、歌手の古関金子(きんこ)氏で、2人が夫婦二人三脚で、波乱万丈の音楽人生を生きていく。

三郎は、福島の老舗呉服屋「喜多一」を継ぎながらも商才がなく、人はいいが、やることなすこと裏目に出る感じで、よく人に騙された。弁が立つタイプではなかったが、父親としては、子どもの長所をきちんと見抜き、こと裕一においては、常に的確なアドバイスをしてきたように思う。

たとえば、吃音でいじめられ、勉強もできなかった裕一に「何でもいい、夢中になるもん探せ。それがあれば、生きていけっから」と、広い心を持って接してきたし、裕一が音楽に活路を見出した時も、常に応援体制だった。

裕一が国際作曲コンクールに入賞し、イギリス留学が決定した時も、「おめえは俺の自慢の息子だ。失敗ばかりの人生だが、唯一誇れんのはおめえだ」と、自分自身の至らなさをちゃんと認めたうえで、息子の成功を手放しで喜んだ。これは、なかなかできることではない。

世界的不況で、留学は中止になったが、その時でさえ、恩師の藤堂清晴(森山直太朗)と同じく、「音楽を諦めるな」と、背中を押した。母のまさ(菊池桃子)は、「あなたには無理!」と裕一を止めようとしたが、結局、裕一は家族を振り切り、音(二階堂ふみ)の元へ行くことに。その時の裕一と三郎のやりとりも味わい深かった。

三郎は、まさたちを説得できなかったことを裕一に詫びたうえで、「俺は何をやってもダメだけど、おめえだけは自慢だ。必ず成功する」と、裕一に力強く断言。そして裕一が「家族を捨ててきた」と申し訳なさそうに言うと、三郎は「おめえが捨てたって、俺はおめえを捨ててねえ。安心しろ」と、なんとも懐の深い表情で言い放った。

自分自身の人生には“失敗”というレッテルを貼ったうえで、「俺みてえになんな」と息子に言える三郎からは、切ない親心を感じずにはいられない。

また、最後に三郎が、次男・浩二(佐久本宝)と2人きりで話すシーンも心に響いた。浩二が、小さい頃から三郎と裕一が、音楽の話をするのが嫌だったと告白すると、三郎は、浩二とは、そういう共通の話題がなくても、いつも言いたいことを言い合えてきたと、微笑んだのだ。

まさも言っていたが、いつまで経っても子どもにとって、親はずっと親。三郎は浩二についても、裕一と同様に、心から心配していたようだ。そして三郎は、こじれていた裕一と浩二との兄弟の仲も取り持ち、天国へと旅立ったのだ。

前作『スカーレット』の北村一輝演じるヒロインの父親もそうだったが、朝ドラにおける父親のキャラクターは、とかく滑稽で、登場する度に一悶着起こしてしまうトラブルメーカーなケースがよくあるが、おしなべて非常に愛情深いことが多い。

特に裕一にとっての三郎は、恩師の藤堂と並び、どんな時も、ぶれずに味方をしてくれたサポーターであったことは間違いない。作曲家・古山裕一は、この父親なしでは、生み出されなかったのではないか、とさえ思ってしまう。きっと三郎は、今後の裕一の活躍を、天国から見守ってくれるに違いない。

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