大人の歯の中で最も遅くに生えてくる親知らずは、しっかりと歯磨きをしていても痛くなったり腫れたりする可能性がある厄介な存在だ。人によって生えてくる本数はまちまちで、0本の人もいれば最大で上下左右4本の親知らずを持つ人もいる。何かとお口のトラブルを招きやすいこの親知らずではあるが、実はごくまれに死に至らしめるような症状を招くことがあるという。
本稿では、中村歯科医院の院長で小倉歯科医師会の理事でもある中村貢治医師の解説のもと、「親知らずの痛み放置によるリスク」について紹介していく。
親知らずが引き起こす一般的な疾患
親知らずは「口腔内の最も奥まった場所」に「最も遅くに生える大人の歯」として生えてくるため、歯が通常通り生えてくるためのスペースが十分にないことが少なくない。狭いスペースのせいで真っすぐに成長できない親知らずは、斜めや横向きに生えて歯と歯肉との間に隙間を生じさせたり、手前の歯を圧迫して痛みを引き起こしたりする。
この隙間部分に食べ物のカスが蓄積すると歯肉に炎症が起こり、腫れや痛みが生じる「智歯(ちし)周囲炎」になる。炎症がひどくなると頬が腫れて口が開けにくなったり、飲食物を摂取する際に痛みを伴ったりする。また、たまった食物残渣(ざんさ)は口臭や虫歯の原因にもなる。これらの疾患が、親知らずに伴う一般的な悩みとして知られている。
親知らずは抜歯すべきなのか
親知らずが生えてくる思春期以降であれば、誰しもがこういったトラブルに巻き込まれる可能性がある。生涯にわたりトラブルゼロという人もいれば、40代、50代になって突如として親知らずが痛みだす……という人もいる。「これまでに痛みがないので、これからも大丈夫だろう」などと思っていると、ある日思わぬ痛みに苛まれるかもしれないので油断は禁物だ。
ただ、このようなリスクを避けるため、いっそのこと虫歯や智歯周囲炎に罹る前に親知らずを抜いてしまうという選択肢もあるにはある。この判断に関しては、ケースバイケースだと中村医師は解説する。
「奥歯と親知らずがしっかりとかみ合わさっている場合は、無理に抜かなくてもいい可能性があります。『生えている方向がずれている』『手前の奥歯との隙間が大きい』『炎症を起こして繰り返し腫れる』などの条件に該当する親知らずは、抜歯の対象となることが多いです。まずはかかりつけ医に相談するのが良策です」
親知らずが原因で死ぬことがある
万一、親知らずが原因となる痛みが発生した際は、痛みを放置しておくのは得策とは言えない。口腔内の細菌感染によって「親知らず周辺が腫れる」→「細菌感染が顎下に広がる」→「細菌感染が喉を通じて全身に広がる」という工程を経て、最悪の場合死に至る可能性があるからだ。
「親知らずによるトラブルで命に関わるケースは基本的にありませんが、稀に細菌感染し、その細菌が血管に入りこんで敗血症を引き起こしたり、血栓を作り出したりすることによって死亡する事例もあります」
親知らずによるトラブルを100%防ぐのは不可能だが、日頃から丁寧でこまめな歯磨きやマウスウォッシュの活用などでそのリスクを低減させることはできる。もしも痛みが生じた場合は、最悪の事態を避けるため可及的速やかに医療機関で受診するのが賢明と言えるだろう。