受動的な授業カリキュラムで育った日本人は、よく「プレゼンがうまくない」といわれます。実際、「人前で話をするのは得意です!」と自信を持っていえる人はどれほどいるでしょうか? 「人前に出た瞬間に頭のなかは真っ白。伝えたかったことの半分も伝えられなかった……」。 そんな経験は誰にでもあるはず。伊藤羊一さんは、「一対一の対話」と同じ感覚を持つべきと語ります。
相手の「心のキャンバス」に絵を塗り重ねていく
あなたが、自社製品のコーヒー飲料を、プレゼンによって広くアピールしたいとしましょう。そこでいきなり、「自分のいいたいこと(主観)」を並べても、相手の頭のなかには入っていきません。むしろ、その商品の説明や売り文句を並べれば並べるほど、聞き手はどんどん興味を失っていくでしょう。もっとていねいなアプローチが必要なのです。
そこで、なんらかのゴールをイメージしたうえで、相手のいまの状態を妄想(客観)し参照記事、相手の反応を見ながら臨機応変に伝えていくことになります。そこには定型的な「ストーリー(流れ)」は、基本的にはありません。
これもプレゼンのひとつのテクニックとして、「結論を最初にいったあとに根拠をつける」などの基本的な構成のフレームワークは存在しますが、僕自身は事前にストーリーの型をまったくつくらずに、その場その場で考えながらプレゼンをするようにしています。
では、どのようにその都度考えて話していけばいいのでしょうか? 僕はプレゼンの基本方針として、いつもこのように心がけています。
相手の「心のキャンバス」に絵を塗り重ねていくように話す。
わかりやすく、実際のプレゼンのシチュエーションを使って、順に説明します。まず、このような言葉からプレゼンをはじめていきます。
1「今日は飲み物の話をします。それはコーヒーなんです」
まず、もっとも大きな話のテーマを、聞き手に示すことからはじめます。これが、相手の心のなかのまっさらな「キャンバス」になります。
2「でもコーヒーといっても、コンビニで売られている100円コーヒーもあれば缶コーヒーもあれば、ペットボトルのコーヒーもありますよね」
続けて、相手のキャンバスに描いた「コーヒー」のイメージを、少しずつ絞っていくように話をしていきます。すると、相手はコンビニのコーヒーや缶コーヒーを、自分の感覚や記憶をもとに思い浮かべていきます。
3「ペットボトルのコーヒーにも、いまたくさんの種類があります。そのなかで僕がいちばんおすすめするのが、実はこれなんです」
ていねいに聞き手の頭のなかの情報をサポートしながら話すことで、聞き手の頭には「ペットボトルのコーヒー」という「ベン図」のようなものができあがっていきます。そうなると、次に聞き手は、ペットボトルのコーヒーを比べたくなります。
4「なぜなら理由が3つありまして、まずひとつめは「安い」。なんと500ミリリットルで100円なんですよ」
聞き手が「ペットボトルのコーヒー」を自分なりにイメージしながら、話を聞ける態勢ができてから、その商品のメリットをひとつずつ伝えていきます。
もうおわかりでしょうか?
つまり、ストーリー(流れ)というものは、聞き手のなかに、「いまからこの話をしますよ」「考えるときの枠組みは3つありますよ」「3つの枠のひとつめはこれですよ」と、まさにキャンバスに薄く絵を塗り重ねていくように、ていねいに伝えていくことなのです。
先に「定型的なストーリーはない」と書いたのは、テーマや聞き手やその場の空気感などによって、ストーリー(流れ)は常にリアルタイムで変化していくからです。そして、よいプレゼンと悪いプレゼンの分かれ目は、まさにここにあります。
その場にいる人すべての「心のキャンバス」に、同じ絵を描けるかどうか。
このことが、とても大切になります。同じ絵を描いてあげられるからこそ、最終的に相手がきちんと理解し、実際に「動ける」ようになるのです。
聞き手によって「受け取り方」はすべて異なる
この、相手の「心のキャンバス」を意識しているかどうかで、あなたのプレゼンでの話し方は決定的に変わります。
相手の心のキャンバスを意識するということは、当然ながらそのときの相手の表情やうなずきなども注意深く見ながら話すということです。
たとえば、先の例でメリットを伝えたときに、「へえ~」という雰囲気になれば、その部分をさらにエピソードで膨らませるという選択肢が生まれるでしょう。あるいは、このメリットはもう伝わったことにして、先に進むという判断ができるかもしれません。
逆の反応があったときも同じです。一応うなずいているけれど、なんとなく反応が鈍くて話についていけていない雰囲気を感じたら、すぐに追加の説明をしなければなりません。なぜなら、「絵の具ののりが悪い」ということだからです。
もっというと、相手がイライラしはじめたとしても同様です。そんなとき僕は、「いまちょっとまずいこといっちゃいましたかね?」「ひょっとしたらわけがわからないって思われたかもしれませんが」と、素直に言葉を投げかけるようにしています。つまり、相手の状態をうまく掴めないときは、素直に聞いてみればいいのです。
すると、必ずなんらかのフィードバックをもらえるので、「ごめんなさい。それはそういう意味ではなくて……」と返していくことができます。でも、多くの場合、そんな聞き手のシグナルを無視して話し続けるために、話し手と聞き手の距離がどんどん離れていくわけです。
大切なのは、「相手によって受け取り方はすべて異なる」ことをきちんと認識することです。
先に書いたように、聞き手の心のキャンバスすべてに「同じ絵を描く」ことは、プレゼンをする側にとっての大前提です。ですが、どれだけていねいにプレゼンをしたとしても、結局は、相手が持っている色でしかキャンバスに色は塗れません。
なぜなら、聞き手はその話を自分の体験や感情に変換して想像するからです。要するに、自分の人生のなかでしか理解できないので、同じ話でも三者三様の受け取り方になる。つまり、相手の彩りをきちんと観察しながら、絵を塗り重ねていくのがプレゼンだということです。
ただ、聞き手によって伝える内容まで変わってしまったら目的を果たすことができなくなるので、「最低限押さえておきたいポイントを強調する」くらいのイメージで、「キャンバス」に同じ絵をていねいに塗り重ねていくわけです。
心と心のキャッチボールを意識する
その意味では、プレゼンは事前準備をしっかりして、いろいろな選択肢を手元に置いておくことが重要になります。かつ、本番では準備したものをすべて話すのではなく、その場の空気感や聞き手の反応によって、その都度内容を変えていくことがとても大切です。
これは、実は特別難しいことではありません。なぜなら、みなさんは日頃から、同じことを様々な場所で行っているからです。それは、こういうことです。
プレゼンは相手との「対話」である。
「プレゼン」と気負って難しく考える必要はまったくないのです。その場その場で、相手と「対話」をするように、お互いの反応を交わし合っていけばいいだけのこと。そうすると、論理的に話すというよりも、心と心のキャッチボールをしているような状態に近づいていきます。
実は、みなさんはこれを毎日、一対一の関係では何度も行っているはずなのです。プレゼンは相手との「対話」だと考えて、勇気を持って自分の想いや考えをていねいに話していくこと。AIの音声が話しているかのように言葉を発するのではなく、常に相手の反応を見ながら、話す内容や声や表情も変えていく。その場にいる人たちと、そんな「対話」ができるかどうかが、まさにプレゼンの成否を左右します。
結局のところ、いくら論理的に話したところで、相手のなかにうまくイメージが湧かなければプレゼンの内容は理解できないし、ましてやそこから動くことなどできません。プレゼンのストーリー(流れ)というものは、相手の心のなかのキャンバスの描かれ方によって、1回1回変わっていくものなのです。
だからこそ、「人前で話さないといけない!」と気負わずに、「対話すればいいんだ」と、余裕を持っておくのはとても大事なことだと思います。
構成/岩川悟(slipstream) 写真/石塚雅人