手に汗握る矢倉の大熱戦の末、渡辺明棋聖を157手で破る
第91期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第1局(主催:産経新聞社)が6月8日に東京・将棋会館で行われました。タイトル戦初登場の藤井聡太七段が渡辺明棋聖に挑む、大注目のシリーズ初戦は157手で藤井七段の勝利。最年少タイトル獲得へ一歩前進しました。
挑戦者決定戦から4日後の開幕となった五番勝負。タイトル戦は和服で戦うのが通例となっていますが、藤井七段はスーツ姿で対局場に現れました。局後のインタビューでそのことについて問われると、「時間がなく、少し勝手が分からなかったので」と回答。しかし、第2局以降では和服を着用するとのことです。
番勝負の初戦は振り駒で先後を決めます。振り駒で先手番となった藤井七段の戦型選択は意表の矢倉でした。藤井七段が先手で矢倉戦法を採用したのは、デビューからわずかに4局のみ。用意周到に作戦を準備して番勝負に臨むことで知られる渡辺棋聖をもってしても、これは予想外だったようです。「(初戦は)振り駒なので、作戦を細かく詰めていたわけではなかったが、意表をつかれたところはありました」と局後に渡辺棋聖は語っています。
しかし、矢倉は渡辺棋聖の得意戦法の一つです。動じることなくすらすらと序盤は進行して、脇システムと呼ばれる定跡型に組み上がりました。中盤からは激しい戦いになりましたが、形勢は全くの互角。ギリギリのところでバランスの取れている局面がずっと続きます。
馬と金の協力で先手の攻撃陣を圧迫する渡辺棋聖に対して、藤井七段は端から渡辺玉を攻めていきます。飛車角で端の突破が確定したと思われた局面で、渡辺棋聖が大技を繰り出しました。まず、歩を捨てて角を金に近づけます。そして金をタダで捨てたのです! これが馬の利きを通して飛車取りになるとともに、金で角取りにもなっている妙手。藤井七段もこの一連の順は見えていなかったと振り返っています。
本来ならば腰を落としてじっくりと考えたい局面でしょう。しかし、すでに藤井七段の持ち時間は残り7分しか残っていませんでした。時間を使わずにズバッと飛車を捨て、金を角で取りました。これが王手になるため、細い攻めながらもつながっていたようです。
飛車を手にした渡辺棋聖も反撃に出ます。香の王手で先手陣を乱してから、飛車を打ち込み王手をかけました。この王手が厳しく、合駒をして受けるしかないように見えます。ですが、それではただでさえ細い攻めがより細くなってしまいます。これは渡辺棋聖が抜け出したか、と思われたそのとき、藤井七段の手は駒台を経由せずに盤上に伸びました。そして、金を引いて王手をしのぐ絶妙手が放たれたのです。この金には角1枚のひもしかついていません。危険極まりないように見えましたが、これでギリギリ耐えていました。依然形勢は互角です。
渡辺棋聖はこの手を見て、残りの持ち時間を半分以上投入し攻めを断念。自玉を相手の攻め駒から遠ざけます。ここで藤井七段が反撃。銀取りに香を打ち、その香を銀で取られた手に対して、なんと銀を取り返しませんでした。角を成り込んで王手をかけたのです。この角は先ほど引いた金の唯一の命綱。これを敵陣に突っ込んで危険にさらすというのは凄まじい踏み込みです。
ここでの応対が本局の勝敗を分けました。渡辺棋聖は強く馬を取りに行きましたが、玉を逃がしていた方がどうやら難しかったようです。本譜は飛車を竜にしつつ馬を取れたものの、瞬間竜の敵玉へのにらみがそれてしまいました。この隙を突いて藤井七段は金銀歩だけで巧みに後手玉を攻め、一気に受けなしへと追い込みました。
受けのない渡辺棋聖はもはや藤井玉を詰ますしかありません。ここからすさまじい王手ラッシュを繰り出します。ABEMAのライブ中継には勝率が表示されており、このとき藤井七段の勝率は99%。つまりどうやら詰まないのですが、その順が難解。正解は1通りしかなく、それ以外はすべて詰みで急転直下の負けになるという薄氷の99%です。渡辺棋聖の連続王手は16手続きました。それらにすべて正しく対応しきった藤井七段が、最後の王手に逆王手となる桂合でしのいだ局面で、渡辺棋聖が投了を告げました。ラッシュが始まる前は8八にいた藤井玉が、最後には3四にまで逃げ込むという大逃走劇でした。
初挑戦のタイトル戦でいきなり勝利した藤井七段。タイトル獲得まであと2勝です。しかし相手は棋界の第一人者の渡辺棋聖。そう簡単に勝たせてはもらえないでしょう。渡辺棋聖は局後のインタビューで「長い持ち時間で初めて藤井七段と指したので、それを対策として生かしていければ。次局は月末で時間が空きますし、手番も決まっているので、より準備して臨みたいです」と語っています。
激戦必至の第2局は6月28日に東京・将棋会館で行われます。