人生100年時代に大きな影響を及ぼすのが「年金」です。2020年3月に閣議決定した年金改革法案では、公的年金制度について大きく3つの改正のポイントがありました。これまでの制度と何が変わるのか、変わったことでどのようなメリットがあるのか、わかりやすく解説します。
ポイント1.受給開始時期の選択肢が拡大
公的年金制度の改正ポイントの1つ目として挙げられるのが「受給開始時期の選択肢の拡大」です。
今まで、年金の受給開始は60歳から70歳の間で選ぶことができました。原則65歳ですが、65歳前に繰り上げて受給すると年金額が減額され、66歳以降に繰下げて受給すると年金額が増額される仕組みになっています。
今回の改正で、この繰下げ受給が75歳まで延長されます。つまり、60歳から75歳の間で年金の受給開始の時期を選べるようになるわけです。
繰上げ受給は、0.5%×繰り上げた月数分減額され、最大となる60歳から受給を開始すると、30%減額され、この減額率が一生続きます。
一方、繰下げ受給は、0.7%×繰下げた月数分増額され、最大となる75歳まで繰下げると84%増額となり、この増額率が一生続きます。
例えば、本来は受給月額15万円の年金だった人が75歳受取りにすると27.6万円となり、以後この額をずっともらえることになります。
このように考えると、後ろ倒しにすればするほど、得をするように思えますが、自分が何歳まで生きるのかわからない以上、正解は出ません。
75歳に繰り下げた場合に65歳で受給開始した場合と比べて何歳まで生きれば得をするかを表す損益分岐点は86歳です。
これ以上長生きをしてようやく得をすると言うことです。男性の平均寿命は81.25年、女性の平均寿命は87.32年(平成30年簡易生命表の概況より)なので、男性の場合は75歳までの繰り下げは損となる可能性が高いと言えるかもしれません。
以上のことをまとめると、75歳まで年金を受給しなくても生活ができ、86歳以上長生きができれば得をすることができます。
ポイント2.在職老齢年金制度の見直し
2つ目が「在職老齢年金制度の見直し」です。
先程の受給開始時期が75歳まで繰り下げられることと関連して、政府は年金受給年齢に達しても働き続ける高齢者を増やしたい思惑から、在職中の年金受給についての見直しを行いました。
在職老齢年金の支給停止基準の引き上げ
60歳以降も厚生年金に加入しながら仕事を続けて、老齢厚生年金も受給している状態を在職老齢年金と言います。
この場合、仕事の収入と年金の合計額が一定の基準を超えると、年金の一部、または全部が支給停止となるため、たくさん働くと損をする一面がありました。こうした高齢者の就労意欲を削ぐことは問題であるとされ、支給停止となる基準を引き上げています。
60歳から65歳未満の人が受け取れる「特別支給の老齢厚生年金」について、現行の制度では基本月額(加給年金を除く老齢厚生年金÷12)と総報酬月額相当額(月給+直近1年間の賞与÷12)の合計額が28万円を超えると、年金の一部または全部が支給停止になる、となっています。
この点、改正案ではこの基準額が47万円に引き上げられます。現状の「65歳以上の在職老齢年金の支給停止となる基準額」と一緒になるということです。
この改正によって得をするのは、男性は昭和36年4月1日以前、女性は昭和41年4月1日以前に生まれた特別支給の老齢厚生年金を受給できる人に限られます。
在職中の老齢厚生年金の毎年改定
65歳以上を対象とした在職中の老齢厚生年金受給者の年金額について、現行では退職後、あるいは70歳到達時にようやく働いた分が年金額に反映されるのに対し、今回の改正によって、毎年改定(再計算)が行われるようになり、早期に年金額に反映されるようになります。働いた分年金が増えることを実感しながら働けるということですね。
短時間労働者の厚生年金加入の適用拡大
3つ目が「短時間労働者の厚生年金加入の適用拡大」です。
現在、パートタイムなどの短時間労働者が厚生年金に加入するためには、従業員501人以上の事業所で働いていることが条件としてあります。
この点、2022年10月からは101人以上、2024年10月からは51人以上と、段階的に適用となる事業所のハードルが下がることで、適用範囲が拡大されることになりました。
これまで国民年金の第1号被保険者であった人にとっては、保険料が労使折半となり、半分で済むメリットがありますが、会社員の扶養となっていた第3号被保険者の場合は、保険料の負担が増えることになります。
しかし、厚生年金に加入することで、将来受け取れる年金が老齢基礎年金と老齢厚生年金のいわゆる2階建てとなり、年金額が増えることを考えると長い目で見ればメリットとなるでしょう。
さらに、厚生年金加入は勤務先の健康保険の加入とセットとなるため、傷病手当金や出産手当金も受給できるようになります。
以上、年金改革の3つの大きなポイントを見てきましたが、厚生年金の加入者を増やし、65歳以降も長く働いてもらうことで、少ない現役世代で増える年金受給者を支える問題に対処する方針が見えます。できれば75歳までは年金を受け取らずに、支える側に回ってほしいというのが本音でしょう。
人生100年時代となれば、75歳はまだまだ若いと言えますが、健康であり働く意欲があってのことです。老後を見据えたライフプランを今から思い描いておくといいですね。
著者プロフィール: 石倉 博子
女性のためのお金の総合クリニック「エフピーウーマン」認定ライター/ファイナンシャルプランナー(1級ファイナンシャルプランニング技能士、CFP認定者)。"お金について無知であることはリスクとなる"という私自身の経験と信念から、子育て期間中にFP資格を取得。実生活における"お金の教養"の重要性を感じ、生活者目線で、分かりやすく伝えることを目的として記事を執筆中。エフピーウーマンでは、女性のための無料マネーセミナー「お金のmanaVIVA(学び場)」を無料開講中!