社会人生活を営むなかで、プレゼンテーションの機会は数多く存在します。とくに、営業職の人にとっては避けて通れないものでしょう。プレゼンにはたくさんのテクニック存在がします。たしかに、そこにあるポイントを掴み、スキルを上げていくことも重要な側面かもしれません。

2020年5月に澤円さんとの共著『未来を創るプレゼン 最高の「表現力」と「伝え方」』を上梓したばかりの伊藤羊一さんは、プレゼンにおけるポイントに関して、「生き様を伝えることが大事」だと語ります。

いまの一瞬の行動が、あなたの生き様になる

本気で仕事に向き合っていると、やがてその仕事にあなたの「生き様」がにじみ出てきます。あなたの打ち込み方、顧客に伝える言葉の力強さ、細部への気の配り方、そうしたこと一つひとつに、あなたという人間がにじみ出てくるのです。

プレゼンひとつとっても、そのプレゼンに、自分の「生き様」が表れているかどうかが重要なこと。もしそこまで思えないのなら、プレゼンで人の心を動かそうなんて思わなくていいのです。

ふつうに働いて、ふつうに生きていればいい。

誤解のないように書いておきますが、僕はそんな生き方がダメだというつもりはありません。誰にでも自由に生きる権利が与えられているのだから、そんな生き方だって全然アリです。会社では淡々と過ごし、なるべくエネルギーを溜めておいて、プライベートの時間で「いえーい!」と弾けるのも生き方のひとつでしょう。

ただし、もしそんな生き方を目指しているのなら、いまの時点ではプレゼンのレベルを上げるなんて考えないほうがいいかもしれません。そんなこと(プレゼンの技術向上)にエネルギーをかけるくらいなら、自分が燃えているものに多くのエネルギーを注ぎ込んだほうがいいからです。

あなたのいま一瞬の行動が、あなたの生き様になる。

常に、いまなにかに全力で取り組み、本気で生きているかという問題なのです。全力で生きるのが難しいかといえば、本来はそんなことはないはず。なぜなら、ご存じのように赤ちゃんは全力で生きているではないですか。

「やる気がない赤ちゃん」なんてどこにもいません。「歩きたい!」と思ったら、なんとしてでも歩いてやろうとがんばっています。そもそも、「やる気」なんてこと自体を考えてもいないでしょう。

僕たちは、かつてはみんなそんな存在でした。でも、いろいろな生育環境や人生経験を積み重ねるうちに、一生懸命生きることで逆に傷ついてしまったり、しらけてしまったりするようになっただけなのです。

もし、いままでそうであったなら、それはもう仕方ないことだと割り切りましょう。でも、「そうなった原因はなんだったのかな?」と振り返ることはいまからでもできます。「できればそんなことは繰り返したくない」と、自分で自分に問うことはできるのです。

そのようにして、自分の現在・過去・未来をしっかり掘り下げていき、人生の軸がしっかりしてくれば、プレゼンは必ず変わっていきます。なぜなら、プレゼンはあなたの「生き様」を、如実に表すものだからです。

そして、そんな生き様をもとに相手と「対話」する。

ここに至ってはじめて、プレゼンは話し手の魂を受け取るか受け取らないかというものになります。もはや言葉の流暢さなどはまったく問題になりません。スキルではなく、マインドの問題なのです。

自信を持って多くの人の心を動かすプレゼンをしたいのであれば、まず自分の生き様を、真剣かつカッコいいものに変えていくべきです。

自分が経験することに勝るものはない

僕は、プレゼンに苦手意識を持つ人に対して、それをなくしてほしいからメディアで取材に答えたり、本を書いたりしています。そして、そんな人たちに、「いつでも本番に立つ気はありますか?」と問いたい。

たとえば、取引先の社長にサービスの説明を数日後急にしなければならなくなったとします。そんなとき、上司に頼るかそれとも「わかりました」といってひとまず受けるか。そんなことで、その先の道が分かれていきます。もちろん、受けたら絶対に嫌なことばかりです。

「なんで受けちゃったんだろう……」
「上司からにらまれたらどうしよう」
「厳しい質問をされたらやばいかも……」

本番までに、そんなことをいろいろ考え悩むでしょう。本番で厳しい指摘を受け、挙動不審になってしまった経験なんて、僕も40歳を過ぎてふつうにありました。

でも、そんな経験が必ずあなたを強くします。だからこそ、まずはやってみることです。とにかく舞台に立ってみる。不安で仕方がないなら、徹底的に準備して本番でそれを跳ね返せばいい。僕がいえることは、とにかく「苦しくても舞台に立ってみようよ」ということです。舞台のレベルが大きいか小さいかなんて、どうでもいいことです。

自分がやることに勝るものはない。

自分がやるからこそ、自分が嫌な思いをするし、自分がつらい思いをするし、だから我が事として考えることもできるのです。恥ずかしさを感じる度合いは生来のものかもしれませんが、人間の話すもともとの能力なんてそれほど個体差はありません。

ならば、どうすれば上達するのか?

それは、「我が事として準備し、本番の場に立ち、あとで振り返る」こと。
このサイクルを回し続けるのです。

もし自信が持てないなら、家族や友だちを相手にたくさん練習してください。僕も慣れないころは、妻にプレゼンを聞いてもらったこともありました。すると、「ここがよくわからない」とフィードバックをもらうことができた。自分の妻がわからないのに、ほかの人がわかる保証などありません。だから、「この部分はこう言い換えたほうがいいかも」と客観的に、素直に考えられるのです。

みなさんも身近な人を相手に、本番前は必ずリハーサルをしてみましょう。練習をせずいきなり本番に挑んでも、簡単に通じるほど甘くないのもまた、プレゼンの世界の真実です。

世の中に貢献するために「伝える」

繰り返しになりますが、プレゼンとは「あなたの生き様を聞かせるもの」ということに尽きると考えています。

「生き様のようなたいしたものは持っていませんよ」

そんな人もいます。でも、それはちがう。

みんな多かれ少なかれ、がんばって苦労しながら生きているわけです。僕は、「その想い」をそのまま出せばいいと思っているのです。

多くの人は、様々な想いをすでに持って生きています。

「もう生きていてつらいんだけど、どうしたらいい?」 「経験はまったくないけれど、こんなことをやってみたいんだ」 「仕事でこの製品を扱ってるんだけど案外いいんだよね」

そんなことを誰しもが思うはずです。それこそが、あなたが話すべき言葉だということになります。

僕にとってのプレゼンの意味は、「自分が話したい言葉があるからこそ話す」ということ単に、なにかのサービスや商品の紹介や説明ではないのです。

伝えたい言葉がなければ、伝える必要はない。

伝えたい言葉があることは、僕がプレゼンをするうえでの大前提になっています。

また、自分の思うことがあるのだったら、他者とどんどん共有するべきです。なぜなら、共有すればたくさんの機会に恵まれ、実現が早まるかもしれないし、「それはちがうんだよ」とフィードバックをもらえるかもしれないからです。それを受けて改善点を見出せるし、「いちどきりの人生なのだから、やっぱりこれを実現したい」と覚悟が決まることがあるかもしれません。

他者に共有すると、自分ひとりで生きているときよりも、たくさんの動きが生まれていきます。

僕には、世の中をよくしていきたいという気持ちがいつもあります。もちろん僕のような想いで生きている人もいるでしょう。そして、どんなかたちでよくしていくかは、サービスで提供する人もいれば、商品をつくって広めていく人もいれば、社会問題に直接貢献する人もいて、人それぞれです。

僕の場合は、きっと言葉を使って自分の「生き様」を商品にしているのです。もし僕の話を聞いて元気になってくれる人がいたなら、その人はそのぶん楽しい人生を送る可能性が高まるかもしれない。そして、僕自身もかつては仕事でとても苦労したからこそ、仕事に悩む多くの人たちに「大丈夫だよ!」と伝えていきたい。

このような、自分ごとを超えた「世のため人のため」ということを思えたら、プレゼンをするうえでの細かいことはあまり気にならなくなってきます。社内プレゼンひとつとっても、うまくいったらある製品やサービスが世に出ることになり、世の中が少しよくなるでしょう。そういう素晴らしい事案に自分が携わっていると大きな視点で捉えることができれば、その場の恥ずかしさなどどうでもよくなってきます。

世の中に貢献するために「伝える」──。

人は社会という枠のなかで生きているので、自分自身の欲望や人生のことだけを考えていたら、結局はうまくいきません。パブリックな感覚を持ち合わせながら、自分のことを突き詰めて考えていく。自分の「生き様」をかけて、そういったことを思えるかどうか。

そんな生きる姿勢が、あなたのプレゼンをさらに素晴らしいものにしていくでしょう。

構成/岩川悟(slipstream) 写真/石塚雅人