今回、マンガを紹介してくれた土方隆さんは、これまで10レーベルのマンガ雑誌立ち上げに携わり、編集長も務めてきた永遠の熱血マンガ少年。「マンガはすべからく面白い」と、子供時代から約50年、現在も多くのマンガ雑誌を買い続けている。そこまで彼を引きつけるマンガの魅力とは何なのか、土方さん自身のマンガの思い出とともに聞いてみた。
1週間の活力をマンガでチャージした20代
「子供の頃からマンガ三昧。小学校時代も、人気のルパンやホームズ、文豪作品の児童版といった小説の類は一切読まず、ずっとマンガだけでした。80年代に入ると、少年マンガ、少女マンガ、あらゆるジャンルで作品の幅が大きく広がり、人生の様々なシーンで力になってくれるようになった。ずっとマンガに支えられて、救われ続けている人生です」
マンガ編集者になる前、土方さんは一般企業に勤めていた。今と違って服装はスーツ。ただし、足元はスニーカー、カバンはデイパックと、当時のビジネスマンとしては珍しいスタイルで、丸の内にそびえるオフィスに通っていた。
「おしゃれでもなんでもなく、デイパックは両手を開けておくため。なぜかというと僕、マンガを読みながら歩いていたんですよ」
朝、自宅の最寄駅でその日発売のマンガ雑誌を購入。満員の通勤電車ではページを開くのを我慢して、降りたら会社に着くまで、基本的にはずっとマンガ。ちなみに、「帰りはこの雑誌、明日の朝はこの雑誌」というように、1週間の予定はほぼマンガ雑誌の購入とそれを読むことで埋まっていた。
「まず、月曜日の朝は『週刊少年ジャンプ』。ある日、会社の目の前の信号を待ちながら読んでいたら、後ろからやって来た上司に『土方、お前何やってんだよ。ここは丸の内だぞ。スーツ着てマンガとか読んでんじゃねぇ』と言われました。思わず『ジャンプを月曜日の朝に読まなくていつ読むんですか!』と言い返しましたよ。『これで1週間の気力が湧くのに!』って。すっごい嫌な顔をされました(笑)」
新しいマンガと出会う終わりなきときめき
悩める若き土方さんに、1週間分のパワーを与えたマンガの魅力。「面白いから」というのは当然として、「自分の人生を生きるだけより何倍ものいろいろなことを吸収できる」と、土方さん。
「マンガには作者がそれまで歩んできた人生だったり、学んだことだったり、考えたりしたことが凝縮して詰まっています。だからこそ、あらゆる時に支えになる。また、ビジュアルと物語が一緒に届く点もマンガの特長です。映画やテレビのように時間を固定されることがなく、自分のペースで読める点もいい。大掛かりなセットが必要なわけではないので、隣席の人とのすごく小さな世界の話から宇宙規模の物語まで、すべてが同じ熱量で描かれているところも深いです」
今ではスーツにも丸の内にも別れを告げ、Tシャツ姿でマンガに関わる仕事をしている土方さん。転身の一番の理由は、常にマンガのそばにいたかったからだが、二番目の理由は「できれば、自分の近くから新しいマンガが生まれるといいなと思ったから」。
「ここ10年くらいは、ずっと新しいマンガが生まれる畑を作る仕事をしています。『コミックフラッパー』『コミックアライブ』、『コミックジ-ン』、『コミックブリッジ』など、様々な雑誌の立ち上げに携わって来たのもそのため。今後も、マンガを世に出す場をひとつでも多く増やし、『こんな作品があったのか!』と、新鮮な驚きを感じていきたいですね」
わが青春の『うる星やつら』
最後に、土方さんに若い頃の思い出の1冊を選んでもらったところ、二十歳の頃の愛読書として真っ先に挙がったのが『うる星やつら』。読んだことはなくても、ほとんどの人がそのビジュアルや内容を知っている、一斉を風靡したラブコメだ。
「『うる星やつら』はそれまでなかったタイプのマンガです。まず、女の子が可愛くて、ステレオタイプのキャラクターじゃない。当時の少年マンガは男の主人公がいて、誰かと戦って成長していくストーリーが主流。ヒロインは1択、もしくはヒロイン不在でした。それが、複数ヒロインの作品や、意志のある血の通ったヒロインの作品が描かれるようになって、その代表的作品のひとつが『うる星やつら』だったんです。以降、女の子がかなりのウエイトをしめる少年マンガが生まれ始めました」
主人公の諸星あたるも、従来のようには戦わない。エロいことしか考えていない、だらしない高校生だ。ラムという美少女宇宙人に愛されながら、他の女の子にもちょっかいを出し続ける。
「だらしない主人公というのは、読者としては共感しやすいんですよ。『自分でも主人公をはれる』と思える。能力値ではなく、宝くじに当たれば俺も主人公というわけです。この作品は、その後の少年マンガにすごく影響を与えました。『うる星やつら』がなかったら、ライトノベルだって生まれなかったかもしれません。あらゆる意味で大好きな作品です。雑誌掲載時に全部読んで、最終回を知っているのに、実は、いまだに単行本の最終巻のシュリンクを剥がしていないんですよ。開けたら本当に物語が終わってしまう気がして、これからも剥がせそうにありません」